第四章:シェアナ立つ
公開初日でユニークPVが100を超え、既に1,000PVに到達しました。ご覧になって頂いている皆様、ありがとうございます。
あれから……彼女が「シェアナ」として目覚めてから、もう二~三巡りの時が過ぎた。
最初の頃は戸惑いが多かったが、次第に今の生活に慣れ始めた――そう彼女が思え始めていた頃……
「ふぅ……ゴルダム、もうこれぐらいで終わろうか。」
シェアナは剣の構えを解き、向かいの巨漢に声を掛けた。
「むぅぅ……ぅわかったぁ……。」
そう言うと、巨漢も振り上げていた斧を静かに下ろす。
二人の持つ得物はどちらも本物ではない。ブルクルが手すさびに作った木製の物だ。
シェアナは、この巨漢の青年に武術の手ほどきをしてやっている。
この巨漢、ゴルダムは牛頭人身の亜人、ミントール族の若者だ。ただし、普通のミントールの者と違い、その頭部に生える角は側頭の一対ではなく、額の一本のみなのだが……
長い髪や細くなった四肢、これらに馴染む意味でも、年若い青年の教えがいのある成長ぶりにも、彼女は充分な満足感を感じていた。
そこへ羽ばたく音も高らかに、ポル・ポリーが飛んできた。その手には白い石版が掴まれている。そこにはこう書かれていた。
-セラー姉様が帰ってきたよ-
「そうか、セラーさんが帰って来たのか。……では、小屋に戻ろうか。」
「ぅうん……」
渓谷のやや開けた広場から、彼女たちは帰路に着いた。
ファルトの隠れ家の前には数人の人集りができていた。もっとも、その数人がこの家の残り住人全てである……
そこに囲まれているのは、一人の女性――いや正確には女性とは言えないのだが。
「セラー、お帰りぃ~」
「お帰りなさい、セラーさん。」
「ただいま、ゴルダム、シェアナさん。」
彼女は遠くから掛けられた声の主へと微笑み返した。
素朴ながらも清楚な美しさを持つ女性セラーは、実の所、男性でも女性でもない。彼女には性別がないのだ。故にファルト老の元に身を寄せることとなり、今ではここに住む皆にとって長姉的存在である。
ホルトの谷の外へと買い出しに出ていた彼女が数日ぶりに帰って来たのだ。小屋に近付くシェアナの目には、子どもたちに囲まれつつも、養父のファルトに帰宅の報告をしようとしている彼女の姿が見えていた。
その日の夜、シェアナはファルト老に呼ばれた。
何事かと訝しく思いながらも、彼女はファルト老の私室に訪れた。そこには老とセラーが待っていた。老はともかく、何故セラーがいるのか計りかねているシェアナの前で、ファルトは席を勧め、言葉を開く。
「シェアナ、ここに呼んだのは二つの事を伝えておく為じゃ。」
「……はい、何でしょうか。」
「ひとつは、シャーフィール――じゃったかな? お前さんのメタルホースが治りおった。拾った時は直るかどうか怪しく思ったが、さすがメタルホースじゃな。三、四割方は自力で治してしまいおった。それにな、今日帰ったセラーが手に入れたくれた幾らかの鉱石と薬液で、些か厄介じゃった箇所も何とかなったことじゃし、明日にでも馴らしに乗ってみても良いじゃろう……」
「それは、ありがとうございます。」
シェアナはこの朗報に顔を明るくしたが、反面、他の二人は少々難しい顔をする。表情を引き締め、ファルト老は言葉を続ける。
「それでじゃ、もう一つと言うのはな……シェアナ、いやこの場合はシェユラス殿と言うべきじゃな……シェユラスよ、そなたは以前の騎士としての生活に未練があるかね、ここでの安楽な生活を続けるつもりかね、まずそれを聞いておこうかの。」
「な、何を……私には別に――」
その不意の問いにシェアナは一瞬、狼狽の色を見せる。
「儂等に気を使わんでも良い、本当のところを言ってくれんかね。」
「…………確かに、未練はあります。しかし、些細な事です。それに、ここの生活は楽しいですが、このままで良いとも思えません。今はシャーフィールが元に戻ってくれれば、ここを出て傭兵にでもなるつもりです。」
一息で言葉を吐き出した後、言い過ぎたかと思い、二人を窺っていると……老が暫し瞑目してから言葉を紡ぐ。
「実はな、セラーがこの前の戦ついての噂を聞いてきておってな……聞く気があるかね。」
彼女はすぐ否と答えようとしながら、暫しの間の後に出た言葉は正反対の意味を表すものであった。
「教えて下さい、お願いします。」
その言葉を聞き、ファルトとセラーは顔を見合わせる。そして、セラーが語り出す。
「シェアナ――シェユラスさん、私は貴方の国の隣国トルヴシティに行った時に聞いたので、詳しい事は分からないんですが、やはり、貴方は戦死した事になっていました。それで、実は言い難い事なんですが……」
「なんです……?」
言い澱むセラーの言葉を、シェアナは促す。それに少し躊躇いを見せながらセラーの言葉は続いた。
「戦の勝因はボルラという人の手腕だと言われていました。それに、貴方が死んだのは功を焦ったからだ、とも言われているんです……」
「言うべきかは迷ったんじゃが、今のうちに言っておくべきかとも思ってな――」
「…………」
予想していなかったと言えば嘘となるが、シェユラスはこの話に動揺と、何かどす黒い物が心に沸き上がってくる感覚を感じずにはおられなかった。
「ファルト老、セラーさん、言ってくださって感謝します。」
押し殺した彼女の声を聞き、老の顔に陰りがさす。それに気付く事なく彼女は言葉を続けた。
「……数日のうちにここを出ることにします……今までありがとうございました。……では、失礼します。」
そう言うと、シェアナは部屋を出た。彼女の出た扉を見つめ老は呟く。
「…………儂は間違ってしまったのかもしれんのぅ……」
セラーは、何か申し訳なくただうなだれるのみであった。