第五章:追い詰められし……
「ふう、危ない、危ない――」
クリックは、チュザーラ邸の近くの路地裏で、漆黒の右腕を手にそう呟く。
「……これが見付かればいろいろと厄介なことになるっていうのに……シェアナさんは――」
「何が、厄介になるって言うのかな……クリック?」
次の瞬間クリックは、恐怖にも似た驚きの表情のまま振り返る。あの黒騎士の襲撃をポルたちに “言葉送り” で報せて以来、“姿隠し” の魔法をかけたまま一部始終を見、人知れず魔鎧の腕を回収してここまで来た筈なのに――
「……!」
振り返った先に立っていたのは……
「リュ、リュッセル――」
「……やぁ、クリック。僕としては、その腕とシェアナさんとの関係に興味があるんだ…………教えてくれない?」
笑みを浮かべて歩み寄るリュッセルに対し、クリックはただ目を見開き凍りつく。
「……さあ、話して貰おうか。」
静かにそう言った彼の瞳は、普段の人の瞳ではなく、針の如く細まった竜の瞳へと変貌を遂げていた。
その時 “影の騎士” は、夜闇に紛れて街を離れ、郊外の目星を付けていた廃屋に入っていった。
シェアナは魔鎧を脱ぎ去ると、その具合を確かめ……渋面を浮かべた。
「……これは――」
その時、階上よりポルが駆け降りてきた。そして、彼女の見ているものを見て、同じように痛ましい顔になる。
“影色の魔鎧” の右腕は悲惨な状態になっていた。飛槍は肘関節部に被弾したらしく、その部位は完全に大破し、上腕より無残に千切れた鋼線や薬液管が露出している。無論、下腕部は喪われていた。幸いにして、魔鎧の腕部は完全な機械腕であり、シェアナ自身には怪我はなかったが。
「……これは、ファルト老でも治せそうにないかな――」
そう彼女が呟いた時、廃屋の扉が開いた。不意の出来事に驚き、彼女は振り向く。
そこに立っていたのは、騎士ショーネル=ヴァルターであった。
今回にて第七部“影を討つ影”は終了となります。次回より第八部“伝説に消えし影”が始まります。




