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“影の騎士”の物語  作者: 夜夢
第六部 “其は何者か”
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第三章: 彼を取り巻く謎


 若き二人が “影の騎士” についての話を始めていた頃、王城の異なる部屋では、ぶつけようのない憤りに杯を投げつける者の姿があった。

「…………また……また、あの忌々しい貴奴めが――」

 投げつけられた杯をさり気なく避け、彼の女密偵はこの武官の命を待っている。あくまで冷静な様子の密偵の姿に、部屋の主は激昂する。

「貴様には、貴奴の――“影の騎士” の追跡を命じていたではないか!?」

「お言葉ですが……」

 猛り狂った感のある主の怒声に、女密偵は冷静に淡々として答える。

「……あの時、私は遺跡の近くに潜んでおりました。通常の手段では、戦場まで少なくとも二日以上はかかる位置になります。」

「では何故、ジョーナル等の動きを知らせなかった!?」

 淡々とした密偵の答えに、主は更に苛立ちを掻き立てられたように激した。

「あの方々の到着は両軍衝突の直前の頃です。その意図が戦局に直接関わるような性質のものと判断できませんでしたので――」

「畜生めが……っ!!」

 部屋の主は、そう言って杯を投げようとして、すでに投げ捨てていたことを思い出し、肘掛けを忌々しげに叩いた。

 女密偵はその様子を冷淡な目で見詰めていた。


 場面は再び変わる。ジョーナルの私室では、二人の若者たちが “影の騎士” から話題を変え、先の会戦についての意見の交換を行っていた。ショーネルは敵が戦場で見せた幾つかの布陣や戦術を、ジョーナルは全体的な戦略や、回収時に気付いた敵の兵器に関する所見等を話す。

 そのうち、ショーネルは疑問に思っていたあることを、彼に尋ねることにした。

「ところでジョーナル、前から疑問に思っていたのだが……あの時、よく遺跡の兵器を起動させてこちらに到着できたものだな。あの遺跡内の遺物が使えるようになるのは、もう少し先のことだと思っていたのだが」

 その問いに、ジョーナルは苦笑しながら頷き、こう答えた。

「ええ、普通なら後ふた月以上は、発掘と機動準備や整備調整に費やされていた筈なんですよね――」


 本来、遺跡から発掘される魔法機械は、第二次災害からこれらを保護する目的で設けられた幾層もの各種隔壁等によって封鎖されている。この為、魔法と機械が巧妙に組み合わされた隔壁や罠を無効化しなければ、新しい遺跡を利用することは出来ない。 更に、発見された物の殆どは主機関の凍結、もしくは何らかの損傷によって、機能停止状態で発見される。これらを使用する為には、機関の再始動や損傷の修復等を行わなくてはならないが、完全な魔法機械学が既に喪われている現在では、暗中模索の状況に陥ることも珍しくはない。

 そして時には、再起動した機械の機能を解析し、兵器としての利用価値やその方法を検討する必要も出てくる。

 即ち、遺跡の調査から一月も経過していないあの時、魔導技術師団が遺跡のドールによる航空編隊によって参戦したのは、まさに奇跡的な迅速さと言っても言い足りぬ状況と言えたのだ。


 ジョーナルは再び机の引き出しを開き、一片の便せんらしき物をショーネルに差し出した。それは古代アティス語で書かれており、彼には詳しい内容は解りかねたが、最後の署名は充分読み取る事が出来た。

「……第七代目魔導技術師団々長、F=ミゲラス…………誰だ?」

 聞き慣れない名に首を捻るショーネルに、ジョーナルは答えて言う。

「ファルト=ミゲラス、今から250年程昔に活躍した魔導技術者……いえ、魔導技術師です。当時、大陸に冠絶した技術者とも讃えられ、フォーサイト・セクサイト・トルヴシティ等における魔導機械修復の技法を確立したのも、彼のいたお陰だと言われています。」

 その署名の人物が何者かの説明を聞いたショーネルは、疑問を口にする。

「なるほど……しかし、そんな遙か昔の人物ならもう生きてはいないんじゃないか? いや、それとも彼の人物は亜人なのか?」

「いえ、ファルト師は人間だったと伝えられてはいますよ。半天使だったかも知れませんけど……そうだったとしても、未だに生きているとすれば、かなりの高齢と言えますしね。

 でも、彼の文と思わないと納得し難い手紙なんです。内容は読まれましたか?」

 ショーネルの疑問に答えたジョーナルの問い返しに、若き騎士は少し口惜しげな風情で答える。

「いや、こう込み入った古代文には慣れていなくてね――」

「そこには、“陰の騎士” より教えられたというあの遺跡の最深部へ至る道筋が書いてありましたよ。それに、その間にある隔壁などの装置の解除方法、深部に安置されている機械類の簡易目録と、それらの起動手順等を理路整然と書かれていましたよ。」

 淡々として語る彼の様子と裏腹に、ショーネルの方は驚きに目が見開かれる。

「……それは本当か!?」

「まぁ……事実、書かれた通りだったってことは、確かですよ。それは貴方もご存じでしょう?」

 何処か憮然とした調子でジョーナルの言葉に、ショーネルは呆然と頷いた。確かにあの迅速な参戦からは、その言葉は肯定するしかない。そして、ジョーナルの言葉は続く。

「……とは言え、それだけでこの手紙の主でファルト師と判断した訳でもありません。ただ、そこに書かれていた魔法機械に関する見識の高さや、王城に手紙を転送させる手法が取れる事等……それらを総合すれば、あの署名があながち嘘とも思えなくて――」

「しかし、この時期にそんな書面が送られてくるとはな……」

 ショーネルのこの言葉に、二人は再び沈黙してしまう。そうなのだ、この会戦には不可解な偶然が、自国の勝機を生み出しているように思えたのだった。

 そのような思いの中、ショーネルは呟く。

「あの時、グレムリンの一団が、あの上空に飛来したこと事態が偶然だったのか……」

「……そう言えば、あの時の上空にいたグレムリンたちは、私たちの存在に気が付いていた節がありましたね――」

 ショーネルのつぶやきに、ジョーナルもまたつぶやきを漏らす。そして、お互いに答えの出ない問いが頭を過ぎる。

「これらの事と “影の騎士” は関連しているのだろうか?」

「……どうでしょう?」

 それは、ただの気のせいかもしれない。しかし、もしかしたら――と、二人は思いを拭うことが出来ぬまま、夜は更けていった。



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