第二章:戦時は終わり……
ところ変わって王都フォーサイトの王城フォースフォート。その広間では戦勝を祝し、その論功行賞を祝う宴がささやかに行われている。華やかに――と行かなかったところに、フォーサイト側の被害の大きさを窺うことが出来た。
この宴の主役たちは、敵空襲にいち早く対処し、敵本陣への一番乗りを果たした王直属部隊の親衛隊騎士たちと、序盤における自軍の瓦解を防いだ右翼部隊の騎士たちだろう。そして、制空権を奪取し、戦局を一変させた魔導技術師団等を上げることが出来よう。
反面、この宴で居心地の悪い思いをしている者たちもいる。序盤において敵の罠に乗せられ壊滅寸前に陥り、その後挽回の機会無く終わった前衛隊を務めた鉄騎騎団の部隊隊士たちである。彼等の浅慮を蔑む視線は所々から突き刺さり、上官たるクルレム団長等は、烈火の勢いで彼等を罵倒したものだった。
ともあれ、宴は概ね静かに進行した。それは、宴の主役たる者たちの何人かが物思いに耽るなどして、盛り上がりに欠けていたこともある。自然、宴の参加者たちは夜が更けるのを待たずして、その多くが席を外していった。
そんな閑散とした宴の行われた広間の奥で、杯の紅い酒に目を落とすトラム王の姿があった。一人の老文官が、その元へと歩み寄る。
「……陛下」
「オーボル……か――」
若き王は物憂げに近付く老文官を見返す。オーボル老は遠慮がちに声を掛ける。
「……王、改めて御生還をお喜び申し上げます」
「…………」
その老文官の言葉に、若き王は返す言葉もなく、その視線を杯に落とした。
「王……?」
「……助けられたよ……あの “影の騎士” に――」
怪訝な表情を見せた老文官に、王は小さなつぶやきを漏らした。その言葉に、老文官は驚きを隠せぬ声を漏らす。
「……なんと!? それは――」
「……彼は――シェユラスは予を、身を挺して護ってくれた…………だが、正直、予は彼が怖かったのだ……」
「…………」
絞り出すように紡ぎ出した若き王の言葉に、その場は暫しの静寂に包まれた――
そして、早々に席を辞した者の一人であるショーネル=ヴァルターは、同様に席を辞していたある人物の私室の扉を叩いた。その者の名をジョーナル=ミッドリールと言う。
「……どうぞ」
部屋の主は静かに来室を促した。ショーネルはやや怖ず怖ずとした様子で入室した。部屋の主――ジョーナルは文机に向かい、なにやら古代書を読み解いているように見えた。彼は眼を通していた古代書から、部屋へ訪れた親衛騎士の方へと目を移した。
「これはショーネルさん、どうしたんです、こんな夜更けに……?」
この若き魔術師は、遠縁の縁者でもある彼の来意を問うてみた。彼は暫し逡巡した後、口を開いた。
「……ジョーナル……聞きたいことがあるのだが――」
「はい、何でしょう?」
逡巡しつつも口を開いた親衛騎士の様子に、ジョーナルは身を彼の方に向け、姿勢を正して次の言葉を待つ。
「…………実は……死人を、魔導機械術で……甦らせることは、出来るものなのか?」
ショーネルの問いの言葉には、否定して欲しいとも、肯定して欲しいとも取れる思いが窺えた。
「……そうですね…………確かに、あると言えばありますよ。」
「何っ!?」
ジョーナルの言葉を聞き、身を乗り出さんばかりになった騎士を見詰めながら、ジョーナルは言葉を続ける。
「ある古代の魔導機械技術の名匠が、亡き息子の魂を、自らの創造したドールに封じ込め、甦らせた――と、言う伝説が残っていますね。それがメタル・ヒューマノイドと呼ばれる存在の発祥とも言われますが、当のメタル・ヒューマノイド等の存在が確認されていない以上、お伽話の域を出ませんしね……」
「…………」
「あ……あと、半機械化体と言うのがありますね――何らかの事情で身体の一部を失った者が、魔導機械を用いて失った器官を補わせたものです。それに……古代王国後期には、戦士階級の者が戦闘能力強化の手段として、半機械化体となったとの記述も残っていますしね…………ショーネル、貴方の聞きたいことって、“影の騎士” についてのことですか?」
「……! 何故それを!?」
ジョーナルの最後の言葉は、彼の内心に顕れていた疑惑を突いていた。その問いかけは、ショーネルを驚かせていた。そんな彼の驚きを余所に、ジョーナルは話を続ける。
「“影の騎士” が亡者の類ではなく、魔導機械技術による存在ではないかと、つい最近になって思い始めていたんです。」
そう言うジョーナルは、机の引き出しから小さな硝子瓶を取り出し、ショーネルに見せた。その瓶の中には、白い微細な粉末が入っていた。その瓶の中身を覗き込み、ショーネルは尋ねた。
「それは……?」
問いかけたショーネルの言葉に、ジョーナルはその粉末のことを説明を始めた。
「“ブラック・ミスト” ……古代アティス王国後期に開発された対魔法防御煙幕――の残骸です。“ブラック・ミスト” は、黒鱗の竜族の使う “魔力吸引の闇球” を参考に開発されたと言う代物で、出土例は稀な部類の遺物ですけどね……」
「これを、何処で……?」
説明したジョーナルに、ショーネルは問いかけた。その答えを半ば予想しながら――
「……御察しの通り、あのリラーズ渓谷で見付けました。しかも、“影の騎士” の出没した地帯で……」
「…………」
予想通りのジョーナルの答えに、ショーネルは暫し言葉を失った。
ジョーナルの答えを聞き、ショーネルはジョーナルに全てを話す決心をした。あの明け方の戦場で見た “彼” のことを――
話を黙って聞いていたジョーナルは、暫く考え込む様子を見せた後、口を開いた。
「陽光を浴びて闇色の霞が消えたと言うのは、それが ”ブラック・ミスト” なら説明がつきますね。“ブラック・ミスト” は、魔法を中和する際も消耗しますが、陽光や銀鱗の竜族が放つ光で急激に消耗するとされていますからね……しかし、貴方の話を聞いていて思ったのですが、貴方の言う “彼” の姿では、『半機械体』と言うのとは違うようにも思えます――」
二人は、見えたと思えた光明が離れて行くかの如き感覚に陥り、沈黙した。




