第三章:工房にて
小屋と聞いていた割に廊下は長く、彼女は先を行く老に声をかけた。
「ファルト老、失礼ながら、ここは思いのほか広いのですね」
「はははっ。いや、広いのは地下を広く掘り下げておるでな……」
「地下を?」
「ふっ……まぁ、儂にも色々事情があってな。」
廊下を暫し歩いた彼女は、大きく開けた部屋に通された。そこは金床や鎚の音が響き、炉の火や鋼から飛ぶ火花が輝き、時に力強くもしなやかにも動く、いわゆる古代の物とも見える作業機械も働いていた。それ等は、この大陸のどの強国も保有してはいない程の規模と技術水準を持つように見えた。
「ここは……」
「驚いたかね? まぁ、当然じゃがな。お前さんのメタルホースを診るのに、久しぶりに工房の全ての灯をともしたんじゃ。こちらもやり甲斐があることじゃよ。」
その工房の中央に置かれた、彼の――いや彼女の愛馬を見つつ、シュユラスは聞き慣れぬ呼び名を聞いた。
「メタルホース?」
彼女の怪訝な声に、ファルト老は傍らに立つ彼女の方に首を廻らす。
「おや? お前さんは知らんかったのかね? あいつはドールホースなんぞじゃなく、メタルホースという代物じゃよ。」
「シャーフィールは我が家に代々伝わるドールホースですが、そんなこと何も――」
「まぁ、並の者では知らぬのも仕方ないか……メタルホース、メタルビーイングと言うのはな、古代アティス王国末期に創られた物でな、ただのドールと違って自らの意志を持ち、時に成長もする、人の創りし鋼造りの新たなる生命体とも呼べる物じゃよ。」
「……そんな、そんな物が本当に?」
彼女の口から、驚きの呟きが漏れる。
「まぁ、並の者は知らんし、それを知る大抵の輩はただの伝説としか思っておるまいよ。じゃがな、おるんじゃよ確かにな。……儂としてはな、究極のメタルビーイングたる金属人、メタル・ヒューマノイドを見付ける事が夢なんじゃ。」
老の語った内容がどこまで本当のことかは、彼女には知りようがなかった。それでも、夢見る瞳をしたファルト老を見つめる彼女は、何か眩しい物を見たような気がした。
そんな時、ファルト老に声をかける者があった。
「ファー爺、ごんなんでいいがね?」
それは工房からやって来た一人の少年であった。その姿を見てシェユラスは一瞬ギョッとした。その子は子どもには違いないが、人間ではなく妖魔ゴブリン族の子どもだったのだ。忌むべき妖魔の姿と、まるで孫にでも語りかけるファルト老の様子に訝しげにならざるを得ない彼女だった。
そんな様子に気付いた老は彼女に呼び掛け、近くにある椅子に勧め、自身も腰を下ろした。
「やれやれ、これは些か迂闊じゃったわい。シェユラス殿、儂はな……アティス文明と呼ばれる古代文明を探求を求めとる者じゃ。じゃがな、今の戦ばかりの世には正直、余り良いとは思ってはおらん。それで、ここに隠れ住んでおるんだが、まぁ……それで、ついでにはぐれ者を引き取ったりして暮らしておるんじゃよ……
ブルクル、あの子はゴブリン族でも珍しい善良な心を持つブラウニー族の子でな。その事を知らぬある村の者達にあの子の一家が殺されての、それを偶然知った儂が、ここに引き取ったんじゃ。今では儂の可愛い弟子じゃな。
それに、あんたを介抱しとったポル・ポリーという娘は、妖魔のグレムリンとフェアリーの混血じゃよ。……あの子は口も利けず、両親を失って、一族の者達もにも疎まれ捨てられてな。それで、ここに引き取ったんじゃ。他にもおる何人かの子も、大方そんな事情があって、儂が引き取った子達じゃよ。」
広い工房の中で時折見られる幾人かの人影を眺めながら、ファルト老が語る話の内容に、彼女は思わず息を呑んだ。
そして、改めてシェユラスの方に顔を向けた老は、優しげな視線で彼女に語りかける。
「お前さんも行く当てがない者じゃとも言えるし、良ければここで暮らしてみるつもりはないかね。」
シェユラスは目を閉じて、物思いに沈む。
まず、ボルラの言葉を思い返せば自分はもう死んだとされているだろう。それに、今の自分の姿では、シェユラスと名乗ってもそうと納得させる事は難しい。ならば、ここで新しい自分の生を考えてみても良いかも知れない。
「はい、シャーフィールが元に戻る間だけでも、こちらにご厄介になることにします。」
暫しの黙考の後、彼女はそう返事をした。
「そうか、そうか、それは良かった。では、その女の姿にあった名に変えるとしようかの…………ふむ、シェア――シェアナというのはどうかな?」
「はい……」
老の言葉に、彼女は頷いた。この時から、彼女はシェアナとなった。老は満足げの頷きながら立ち上がり、工房奥の方に向かって声を掛ける。それは、メタルホース修復のために集まったファルトの養い子たちの視線を集めさせた。
「……おーい、皆の衆よ。新しい家族のシェアナじゃ。仲良くしてやってくれよ。」
老の言葉を聞き、シェアナはやや呆れていた。しかし、ややお節介とも言えるこの言葉は、彼女に何とも言えぬ安心感をもたらしていた。
こうして彼女は、ここで暮らし始めた。