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“影の騎士”の物語  作者: 夜夢
第四部 “出会い、あるいは、再会”
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第五章:汲み交わせしは……

 この時、ショーネルはその美しき女剣士に見惚れていた。その強さを窺わせつつも優美な身のこなしに、その鋭利な刃に似た誇りある眼光に……そして何より、何故とも知れぬその懐かしき雰囲気に目を奪われていた。

 両者の見詰め合いは、客観的にはほんの一息もない間だったかも知れないが、当事者たちにとっては、それこそ一大叙情詞が奏でられる程の時を感じていたのかも知れない。

 しかし、その夢の如き一時は女性の側から覚めさせられることとなる。女剣士は、騎士に謝意を示す会釈の後、傍らに放置されていた小振りの荷車に手をかけると、さっさとその場を立ち去ろうとしたのだった。その様子にショーネルは思わず、彼女を呼び止めた。

「……お、お待ちください。」

「な、何か……?」

 その呼び止めに、シェアナは動揺を隠しきれぬ様子で振り返った。しかし、ショーネルもまた、不意に出た自分の言葉に動揺する余り、彼女の動揺を察することができていなかった。

 ショーネルは自身の言葉に困惑しながらも、次の言葉を何とか捻り出す。

「……こ――この辺りは物騒です……良ければ、表通りまでお送りしましょうか?」

 言ってから、彼は密かに舌打ちをする。

 ここが物騒なことは、ここに来た彼女の様子を見るに、十分承知の筈……更に言えば、先程の身のこなしだけでも、それら危機から身を守れるのは自明ではないか。逆に、このような呼び掛けは、彼女に対して失礼に当たりはしないか? ……そんなことが彼の脳裏に過ぎた。

「……では、表通りまでの案内をお願いできますか?」

 しかし、返ってきたのは、拍子抜けする程あっさりとした承諾の言葉であった。


 そして、その夕暮れ……二人はまだ別れてはいなかった。

 ショーネルは彼女の持つ宮中の女官等とも異なる雰囲気に呑まれ、シェアナは旧友との再会という予想外の事態に面食らっており、終始身のある会話もなく、沈黙と言う伴を引き連れたまま、表通りにある彼女の宿まで来てしまっていた。

 その時、二人の目に飛込んできたのは、宿屋の隣に灯った酒場の明かりであった。そして今、二人は酒場の卓の一つに向かい合って座っている。

 シェアナにとって、この事態は不本意な筈だった。かつての知り合いに会うことで、自分がシェユラス=ロフトだと発覚するのは正直好ましくない……筈である。まして、学問所、騎士見習い時代から特に親しかったショーネル=ヴァルターには、こんな姿となっても自分のことを悟られるのではないか、と言う危惧が脳裏で大きな警鐘を鳴らし続けている。しかし、同様に懐かしい彼の姿を今一時見ていたいと言う願望が、その警鐘を中和していた。

 先程と同様の沈黙を伴とする二人に、注文をききに給侍の者が駆け寄る。

「では、蜜酒でも貰おうか。後は適当に……そちらは?」

「じゃあ、私も同じ物を…… …………」

 ショーネルを一瞥した後、人指し指で弧を描くようにして語るシェアナの言葉と仕草に、二人は暫し硬直する。ショーネルにとって、その仕草と台詞は彼に強烈な既視感を与えるものであった。彼女にとって、それは彼とともに呑みに行った時に何気無く見せていたシェユラスの癖であり、彼を前にして思わず出てしまった仕草であった。

 そんな二人の沈黙に、ある種の好意的な誤解をした給侍は、暫くして酒と料理を差し出した後、そそくさと立ち去った。そして、二人を励ますようにウィンクをするのを忘れなかった――


 そんな給侍の様子に、二人は始めきょとんとし、次に赤面し……そして、笑い合った。

「……そういえば、名乗るのがまだでしたね。私は親衛騎士団の騎士でショーネル=ヴァルターと申します。えー、ゴホン――」

 声に硬さが残る様子で口を開いたショーネルに、シェアナも同様に何とか言葉を紡ぎ出す。

「……シェ――シェアナ、とお呼びください、ショーネル卿。」

 そして、何処かぎこちなさの残る様子ではあったが、二人は会話を交わし始める。

「ショーネル、でも構いませんよ……シェユ――シェアナさん…………いや、貴方が私の知っている人物に似ている気がして……」

「……そう……ですか。ところで、親衛騎士の方が何故このような所に……?」

「詳しくは申せませんが、ある事件についての捜査をしておりまして……では、シェアナさんは何故あんな場所に?」

 シェアナは、ショーネルの言葉に直感的に悟る。彼は私を追っているのだと――しかし、それについての動揺は思いの外薄かった。彼を目にした時から薄々感づいていたのかも知れない。

「私はある方の使いで、買い物に……」

「ある方?」

「兵器商を営まれるセラーと言う方です。私はその方にお世話になっておりますので……」

「兵器商の……なるほど、それで――」

 そうして、会話を楽しみながら幾杯目かの酒杯を傾けた頃、彼女の記憶は薄れていった。


 ……眩しさに彼女は顔を手で遮る。そこは自分が頼んでおいた宿の部屋だ。その隅に背を壁にもたれて休む一人の男――ショーネルの姿……

 それらを目にした後、急に昨日の出来事が思い出される。

(確か、二人で酒を汲み交わして……昔みたいに酒に強くないから、すぐ酔いが回ってきて……それで……それで……)

 彼女はそこで急に青褪めた……記憶が無い。その先どんな話をしたか分からない。もしかしたら、自分の正体を示す致命的なことを口走っていたかも知れない。

 暫くして、もう一つのことで更に彼女の顔は曇る……貞操の問題だ。酔った女の部屋に男がいたのだ。ショーネルの事は信じているが……もし……もしかしたら、何かあったかも知れない――と言う心配が彼女をより不安にさせる。その不安から、着物の乱れがないかを丹念に確かめたい衝動に彼女は駈られていた。


 結局、シェアナの心配は杞憂に終わった。酔いが回り、寝入ってしまった彼女を、ショーネルがここまで運び、ついでに自身も寝入ってしまっただけらしい。

 婦女子の部屋に無断で入り、あまつさえ、そこで寝入ってしまったことに彼は恐縮していたが、彼女はあっさりとそれを許した。起き掛けの悪夢が、ただの杞憂で済んで安堵した為である。


 二人して、そんな居心地の悪い気分で宿を出た時、表通りを駆ける一騎の騎士が見えた。不審に思ったショーネルが、駆けるその騎士に向け叫ぶ。

「待たれよ。私は親衛騎士団騎士ショーネル。何用で急がれる?」

 その叫びに騎士は赤茶けたドールホースを操り、ショーネルの前に立った。

「ショーネル卿、トルヴシティの軍が我が国に侵攻する模様との国境警備隊の報があり、王都では親征の準備が進められている。よって、我が軍の騎士兵士の多くに対し、招集がかけられている。貴卿も王都へ向かわれることを薦める。」

 そう早口で語り終えると、騎士は再び、駆け出した。彼の行く先にはこの都市の騎士の詰め所がある。駆け去る騎士を目で追いながら、ショーネルは苦々しい様子で言葉を漏らした。

「……トルヴシティの侵攻……」

 ショーネルのその呟きを聞きながら、彼女の脳裏をよぎったのは……血まみれの鉾槍を片手に持ち、もう片手に乙女の生首を持つ真紅の甲冑を纏う騎士の絵姿……


 ―― 侵略の魔王、ヴィールスリード ――


 ……であった。



 今回にて第四部“出会い、あるいは、再会”は終了となります。次回より第五部“影と鋼達の戦場”が始まります。

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