第四章:そして、出会いし者たち
「鉱油、酒精、黒影鋼鉱粉、魔力石、水晶粉…………それに、南方大陸産の薬草……えー、名前は――」
シェアナはファルト老のメモを開き直す。
彼女は今、ホルトの谷に近いある都市を一人で訪れている。ポルとシャーフィールの状態が、決して良好とは言い難い為である。
幸い、ポルの怪我は、ポール卿等のもたらした生命の精霊石等の薬類により、快方には向かいつつある。
問題は、彼女の愛馬の方だった。シャーフィールは、その装甲に用いられている魔法金属の性質上、魔法的手段による攻撃の耐性が脆かった。先の戦いの火球の一撃は、この鋼馬にかなりの損傷を残していたのだった。
彼女は、彼等の為に必要な物資を購入することを目的に、ここに訪れていた。
「もし――そこのお嬢さん。」
シェアナは、その声に一拍おいて振り返った。そこは人通りも少ない裏路地であり、それが自身のことだと分かり得た為だが……
「……何か?」
彼女は振り向いた先に、フードを目深に被った老婆らしい人物が、そこにはいた。
「……いや、何ね……面白い星をお持ちじゃと思いましてな。……ひとつ、占わせていただけないかな?」
その言葉に、シェアナは足を止め、老婆の方に向き直った。
「……“混乱の魔王”……“冥境の女王”…………お嬢さん、何か思いがけないことで死にそうな目に会ってなさるね。」
気が付くと、シェアナは老婆の扱う占札をじっと見詰めていた。この世界ではありふれた占札――神々を描いた32~35枚の札――を扱う老婆の手は、暗灰色の鱗に覆われており、独特の訛りを感じる……竜人族のようだ。
「……“戦神”……“冥界神”……“竜殺しの聖鳥”……その何かに挑む為に新たな力を手にしている――」
彼女の背に冷たいものがはしる。この老婆の射るような眼光しか見えぬ顔に、全てを見抜いていると言わぬばかりの瞳に……。何より、何故、竜人がこんな人間の都市で占師をしている?
「……“魔帝”の逆位置……“光神竜”……“海王”…………どうやら、災いは晴れるね、誰かの助けによって…………えっ? “侵略の魔王”……これは――?」
占いの結果を滔々と述べていた老婆が、並べた覚えのない位置に開かれた一枚の札を見詰め絶句する。その様子に、シェアナも何故かおののきを感じずにはおれなかった。
礼を言って立ち去る女剣士の背を眺めつつ、竜人族の老婆は何気無く占札の一枚を手に取る。九つの首を持つ大蛇の上で舞う、美しい踊り子の絵が描かれている。
「……“夢幻神”……。こうも、長く生きて面白い者に会うとは……我等が母なる闇神竜様に感謝せねばな――」
そう言って、天上の母神に祈りを捧げていると、傍らから声がかけられた。
「黒鱗のお婆、久しぶりだね。覚えてるかい?」
それは気取った装いに軽い口調の旅の詩人……
「おやおや、これはリュッセル坊やじゃないか……もう歌はちゃんと歌えるかい……?」
老婆はそこに立つ若者に向かって、まるで孫に語りかけるような穏やかな声音で語りかけてきた。その言葉にリュッセルは少々憮然とした様子で言葉を返した。
「酷いな~~。……そりゃ、お婆に比べりゃヒヨッコだけどさ…………今、創ってる詩があるんだ。聴いてくれるかい?」
「ほぉぉぉ。……それなら一つ、どれ程腕を上げたか聴いてあげるとしようかねぇ――」
リュッセルの言葉に、老婆はフードに隠れた顔から覗く目を細めてそう答えた。
ところ変わってシェアナは、幾つかの路地を通り、一通りの買い物を済ませ、表通りに出ようとして…………迷っていた。
実の所、魔法機械に関わる品は基本的に国が管理しており、個人的に入手するには非合法かそれに近い手段を取る場合が多く、メモ書きにあった幾つかの品は裏路地の更に奥まった所で売られていたのだ。その為、慣れぬ道に彼女は表通りに抜ける手前で、自分のいる位置を見失ってしまっていたのだ。
(……困ったな……建物の様子だと、表通りの近くまで出ている筈――)
そう心細い様子で首を巡らす彼女に、不躾に呼び掛ける声があった。
「へいへい、ネェちゃん……こんなとこに一人で何してんの?」
「おっ! イイ女じゃねぇか……俺達と酒でもどうだい?」
いわゆる『不逞の輩』という奴だった。昼の日中から酔眼で絡む姿に嫌悪感を覚え、彼女は無視した。そんな彼女に、男たちは更に絡んできた。
「おいおい、そうつれなくすんなよ……」
そう言って、男どもの一人が彼女の肩に手をかける。その手を彼女は素早い動きで振り払った。
「触るなっ!」
「……んなろっ! なめんじゃねぇぞっ!」
厳しい叱責とともに振り払われた手に、男たちは憤激した。腰にさしていた各々の得物を引き抜く。それらは大抵粗悪品の類であったが、一人に数人がかりとなったこの状況では、指して問題とは言えはすまい。しかし、囲まれた彼女は、特に臆する様子もなく自身の腰の物に手を掻け、逆に男たちに凄んでみせる。
「……後悔しても知らぬぞ――」
彼女は静かにそう言うと、腰の剣を引き抜いた。それは、酒で鈍った頭でも剣呑ならぬものを感じさせ得る業物であった。その業物と見える刃の光に、男たちは足を縫い止められたかに見えた。
しかし、恐怖に金縛りにあっていた男の一人が奇声を上げたことで、均衡は崩れる。
「う……、ぅわあああっ!!」
酔いに任せた無謀によって崩れた均衡は、やがて激しい剣戟へと姿を変えた。多勢に無勢の中、シェアナは軽やかな足取りで、男たちの一撃を躱していく……しかし、彼女自身の一撃もその振りの甘さから、いまだ満足に当てられずにいた。
(……魔鎧を操るのに慣れて、振りの感覚が変わってきている――)
そう彼女が舌打ちした時……
「お前たち! 多勢で女性を襲うとは不届きであろうっ!」
その場に轟かんばかりの声がした。一同がそちらへ首を巡らすと、白い鎧に身を包み、白き鋼馬に乗った騎士の姿があった。その姿を確認した男達は口々に声を上げる。
「……親衛騎士っ!」「やべぇっ!」「逃げろっ!!」
男どもは蜘蛛を散らすように去っていった。騎士は、肩で息をしているシェアナに近付き、声をかけた。
「お怪我はありませんか、お嬢さん?」
「え…………えぇ――」
顔を上げたシェアナの目に飛込んできたのは、かつての親友の顔であった。
(シ……ショーネル……っ!?)
その時、彼女は激しい胸の鼓動を自覚した。その時は、先の激しい切り合いの所為だと、思い込んでいたのだが――




