第一章:騎士を追う旅
証言一、キルテ村々民
「はい、あの時はもう……何と申しますか……私どもの住むこの村は些少ですが、原石の露天堀を営んでおりますから、よく山賊の類に目を付けられるのでございます――
あの時も、村で採れます僅かばかりの原石を狙って、山賊が襲ってきたのでございます……この地で採れる原石は私どもの大切な収入……しかし、命には代えられません。泣く泣く今年採れた原石を根刮ぎ持っていかれるところでした――
その様な暗憺たる気持で迎えた夜明け間際……村の外れより黒い影がやって来られまして……最初は、その恐ろしげな御姿に村の者一同、皆おののいておりましたが、あの御方は『山賊どもを成敗した』とおっしゃって…………それからは、山賊に襲われることもなく……あの時のことは、本当に有り難いと思っております――」
キルテ村は小高い丘に囲まれた盆地にあり、丘の上には枯れた小規模な遺跡が散在している。それらが山賊の格好の隠れ家となっていたと思われる。私の赴いた遺跡の一つには、そこで最近激しい戦闘が行われた形跡があり、殆んどの遺跡が再び悪用されないように焼き払われた後がありありと残っていた。
証言二、辺境都市ホルネスト商人
「あの日はちょうど、一巡りの内の流転神の日でありました。娘は毎巡、この日になりますと、供を連れて遠乗りに出かけるのが習慣で――は? いやはや、ごもっとも、お転婆に育って御恥ずかしい……ですが、あの日は娘がいつもの時間になっても帰ってきませんで……心配しておりますと、供の者の一人が血まみれで戻ってまいりまして……娘を賊に拐われ、身代金を寄越せと脅されたとのこと――
娘の命を案じて金の工面を始めた頃、店の前に一頭のドールホースが娘を乗せてやって来たのです! ……本当に驚きました……しかも、そのドールホース、娘を下ろした後、騎手もなしに去っていったのですっ! あのようなドールホース……今まで聞いた事もありません――
後から思い返すにあれは、噂に名高い “影の騎士” 様の仕業であったのでしょう。」
証言三、同商人令嬢
「えぇ……あの日は色々な意味で刺激的な一日でしたわ――
あの日は、近くの森へと遠乗り出ましたの……そこは何時も行き慣れた所で、私の供の者たちも油断をしていたのでしょう。森から無頼の輩が襲って来たのですわ……その時、私、怖くて震えてましたの……
無頼の輩に縛られようとしているその時、黒い霞とともにあの方が助けに来られたのです――」
ホルネスト駐在の騎士及び衛士隊の証言によると、彼等が商人の通報を聞き森を捜索したところ、誘拐団の現れたらしき場所の近辺で、一味の頭目と見られる者数人の惨殺体と、昏倒した上で縛られた一味の者が発見されたと言うことだ。
証言四、辺境小都市ユッフェント領主館執事
「確かに、あの方はシェユラス様に間違いありません――
あの夜、シェユラス様はボルラ様に聞きたい事がある、とおっしゃっておいででした……しかし、あの樣な仕儀になり…………いえ! あれはシェユラス様の仕業ではございません! あの切口……騎士の剣ではなく、密偵等の好む短剣によるものに見えました。
勿論、ボルラ様は丁重に弔わさせていただきました……シェユラス様の御指示で――」
ユッフェントを訪れた “影の騎士” を目撃した者は少なく、彼がボルラ卿を殺害したとの噂が根強かったが……調査を進めると、これが噂が広まる際に改編されたものだと思われる。……ただ、そこに何者かの作為的な意図を感じたのは気のせいか――
伯父である団長への報告書をそこまで書いたところで、ショーネルは筆を置いた。
彼がこれまでの調査で掴めたのは、“影の騎士” なる人物の行動が夜間に限定されていること、彼の騎士に魔法の心得のある者が付き従っている可能性が高いこと、彼の騎士の言動がかつての親友のそれに酷似していること、そして、彼の騎士の現れる前後に共通して現れている人物がいること――等である。
「…………さて、向こうでどれ程の収穫があるか……」
ショーネルは今、“陰の騎士” がらみの噂を調査しようと向かう途上にいる。
その噂とは、先頃 “陰の騎士” が “影の騎士” によって浄化され、彼の守護していた遺跡が解放されたというものだ。“陰の騎士” の浄化については、王都より大規模な調査隊が派遣されたとの話もあり……事実であろう。しかし、そこに “影の騎士” がどのように関与していたかは不明である。
彼としては、その顛末に関わる詳細を調べておこうと思っている。
「……しかし――」
この一月ばかり、“影の騎士” が現れたと言う話を聞かない。……今までも、その出現は数巡りおきのことではあったが、“陰の騎士” とともに昇天したとの噂もなくはない……
「……ただ考えているだけでは、結論は出ない――か。」
若き騎士は、そう言って一度伸びをして、席を立った。
明日は早い、早々に眠りに就くとしよう……そう呟いて、彼は床に付いた。




