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“影の騎士”の物語  作者: 夜夢
第三部 “陰の騎士”
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第六章:深き闇が晴れし時

 黒装束の男たちの出現に、二人の騎士とその従者たちに全く動揺はなかった。この事態を予測していたことと、彼等の殆んどが動揺する等と言う感情を持ち合わせていなかったからである。

「……!!」

 しかし、黒装束の男たちに動揺は存在した。“陰の騎士” が二人いる! この予想外の事態に、半数の者が怯んだ。

(……ユケ…………!)

 その動揺に乗じて、“陰の騎士” は配下に号令をかけた。骸骨戦士は、声無き鬨の声を上げ、怒涛の如く敵に迫った。機を見計らい、二人の騎士も突撃を開始する。


 一方、負傷したポルは “影の騎士” の命を受けた彼の鋼馬に乗せられ、少し離れた場所からその光景を見詰めていた。痛みと疲労で霞む視界の中、怯んだ敵に怒涛の如く迫る様子は、彼女の目にも “影の騎士” 達の優勢に映った。


 しかし、それも、敵の中の長衣を纏った男が棒杖を掲げた時に覆った。

「『偉大なる魔力により亡者どもに命ず……我に従え!』」

 その叫びは “古代魔法語” あるいは “帝国魔法語” と呼ばれるものであった。この叫びに呼応して、棒杖は怪しき暗き光を放ち出した。その暗き光は、戦場に立つ者たちに等しく降りかかった。

 次の瞬間、骸骨戦士たちの動きが一斉に止まった。

(……ウウウッ……グゥゥゥ――)

 更に、“陰の騎士” も頭を押さえて蹲る。痛みを忘れた死せる者らしくもなく、その声には大きな苦痛の響きがあった。

 暫し後、やや疲労を窺わせながらも “陰の騎士” は立ち上がり、敵に剣を構えた。しかしその時、彼の眷属は皆、彼に刃を向けていたのだった。


 ……それは “亡者支配の棒杖” と呼ばれる魔法具である。杖に付与された魔力により、アンデッドと呼ばれる存在たちを持ち主の意の侭にするのだ。

 セクサイトはこれを入手する為、最高品質の鉱石や魔法機械類多数を北方大陸の貿易商に支払っていた。

 その効果は絶大であった。流石に “陰の騎士” 当人は支配しきれなかったものの、その眷属数十体をこちらに引き込み、“陰の騎士” も杖の魔力に抗う為、全力を出し切れずにいる。形勢は見事に逆転していた。

 セクサイトの密偵たちは策の成功に勇気付けられ、二体の “陰の騎士” を追い詰めるべく更に勇戦する。


(……ウグッッッ…………!)

 自らの眷属である骸骨騎士の一撃を受け、“陰の騎士” の甲冑にヒビが走る。

「……アルバート殿……大丈夫……ですか……?」

(…………シンパイハ……ムヨウ……ダ!)

 声をかけてくる “影の騎士” に言葉を返し、“陰の騎士” は一撃を放ってきた骸骨を一刀の下に切り捨てる。しかし、間断なく攻め寄せる骸骨たちを粉砕する為、二人の騎士はお互いの様子を深く窺うことさえ難しくなってきている。加えて、先程までの一騎打ちの影響が、両者の腕を増々鈍らせていた。

 このままでは殺られる…………その言葉がシェアナの脳裏を霞めた時、ある鋼の塊が躍り込んで来た。


 この時より少し遡る。形勢の覆った情景を少女は青褪めた顔で凝視していた。そして、決意を込めて鋼馬から降りた。怪訝な様子の鋼馬をよそに、彼女は四肢を指先までピンと伸ばす。それは彼女が舞いを始める構え……

 シャーフィールは思わず停めようと駆け寄る。しかし、彼女の瞳に宿る決意に射抜かれ、それを断念した。……そして、鋼馬は戦場に向け駆け始める。さながら天を翔ける天馬の如く――

 駆け去る鋼馬を横目に見ながら、彼女は踊り始めた……その周りを一つ、また一つと赤き輝きを放つものが集まってくる。夜闇の中、仄かに赤い光を纏わせながら、少女は艶やかで畏るべき舞を舞い続ける。


「シャーフィール!」

(……しゃーふぃーる?)

 思わぬ援軍に、シェアナは驚きと喜びの声を上げる。その声に “陰の騎士” から一瞬怪訝そうな呟きが漏れる。

 その主の言葉に答えるかのように、影色のメタルホースは骸骨たちの囲みに駆け込み、それらを轢き倒し、踏み潰し、蹴り上げた。一陣の鋼の風は、心無き敵を瞬く間に打ち砕いていった。


 この不意打ちは、密偵たちの虚を突く物であった。突如彼方から現れたドールホースのこともあるが、そのドールホースが主に命ぜられもせずに敵陣に乗り込み、蹄を振るう等……戦闘用のドールビーストならともかく、騎乗用のそれが自ら戦闘を行うなど、彼等の常識外の話であった。

 しかし、彼等も素人ではない。すぐ気を取り直して陣形を組みかえる。そして、魔法の炎が鋼馬を焼く。

 身を焼かれ、鋼馬は血色の煙を上げて苦しげな嘶きを上げる。


 シャーフィールの参戦により態勢が持ち直しつつあった時、シェアナの耳にその悲鳴が届いた。愛馬の方へ振り向く彼女の耳に、とどめとばかりに紡ぎ出される次の呪文の詠唱が響いた。

 魔法を放った杖の男の視線の先には、苦痛に呻くシャーフィールと、その援護まわっていた “陰の騎士” の姿があった。男は再度の形勢逆転を確信し、その顔を微かに歪ませる。

 その時 “影の騎士” は、“陰の騎士” と鋼馬の元に駆け寄る。

「危ない!」

 “影の騎士” が駆けつけた次の瞬間、男の呪文は完成した。

 圧倒的な紅蓮の爆炎が、二人と一体を包むかに見えた刹那、その炎を闇色の霞が覆い隠した。

「何……!?」

 魔術使いは、この不可解な現象に目を見張った。

 そして一刹那後、我を忘れ立ち竦む魔法使いの目前に闇の霞より黒鋼の鬼神が現れ、彼を一刀の元に叩き斬る……断末魔を上げることも――いや、恐怖を感じさせる暇も与えられず、魔法使いはその命脈を絶たれたのだった。


 音もなく崩れ落ちる “魔法使いだった” 二つの物体を横目に見ながら、密偵の一人は思考を巡らせる。

 すでに骸骨は少なく、切札も絶えた今、それ等を操る事も叶わぬ……

 敵は負傷しているとはいえ、戦力的にはこちらが不利なのは先の斬撃を見れば明らか――

「……撤退だ……撤退するっ!」

 そう指示を出し、彼等はすぐさま退き始める。……しかし、その決断は一刹那遅かった。

 無数の赤い光球が撤退し始めた彼等を包み込み、次の一瞬紅蓮の炎となって彼等を焼き尽くしたのだった。


 長い長い夜が明けようとしていた。

 遺跡を背にした異形の騎士は、もう一人の騎士に声をかけた。

(……ソナタノオカゲデ、ニンムヲハタスコトガデキタ…………カンシャスル……)

 一方の騎士は、炎の舞を舞って消耗している少女を気遣いつつ、騎士に答えを返す。

「いえ、私はフォーサイトの騎士として当然と思うことをしたまでです。」

 その言葉を黙って聞いていた “陰の騎士” は、“影の騎士” の傍らに控える彼の愛馬を見詰めながら、呟く。

(……ソノドールホース……しゃーふぃーるトイッタカ……?)

 その問いに一瞬首を傾げながら、シェアナは答えを返した。

「……? はい。私の家、ロフト家に代々伝わってきたドールホースです。」

(…………ヤハリ……ソナタニトウ、イマ、ナンネンニナル……?)

 騎士の問いに、シェアナは息を呑んだ。そして彼の騎士の放っていた狂気が、出会った時に比して明らかに少なくなっている事にも気付く……

 彼女は正直に事実を答えた。

「今年で、新王国歴542年になります。」

 すると、異形の騎士は驚きを隠せないように言葉を漏らした。

(……オォ……おぉ……あの時からすでに五百年近い月日が過ぎていたのか…………そうか、もうそんなに――)

 彼の内から狂気が去ったように、シェアナには見受けられた。

「お気付きに……なられたのですか……?」

(あぁ……私の名はアルバート=ロフト。シャーフィールはこの遺跡で見付けた私の愛馬だ……)

 そう言うと彼はシャーフィールの首を撫でる。鋼馬もかつての主人と悟ってか、騎士に首を刷り付けてきた。

 その情景を眺めながら、何故聖霊は自分を頼ってきたのかを深く納得していた。


 一時かつての愛馬と戯れた後、アルバートは “影の騎士” へと向き直る。

(……もう一度、名を聞いておこうか。)

「私は、シェユラス=ロフト……」

 そう言った後、“影の騎士” は魔鎧の胸甲を開く。そして、自らの身を曝しながらシェアナは名乗りを続ける。

「……今は、ゆえあってシェアナ、と名乗っております。」

 アルバート卿は暫し呆然としてから、笑った。最初に感じた不気味さの漂う声音でなく、豪放で悠然とした騎士らしい笑い声で……そして、一頻り笑った後、彼は彼女に向けて声をかけた。

(……気が付かなかった。大抵の物を見通す亡者の視界もその鎧の中までは見えなかった…………そうだな、その鎧の力なのだろう……冥界に旅立つ前に、そなたのような男に会えて光栄だ。……さらば。)

 そう言うと、彼の肉体は本当の陰の如く実体を失い、その鎧は崩れ落ちた。そして、崩れ落ちた彼の鎧や剣は、悠久の時を思いだしたかのように急速に朽ち果てていった。

 気が付けば、周りにいた骸骨の騎士達も風塵と化した後だった。

 憐れな運命を過ごしていた亡者たちが去った遺跡を目にしながら、シェアナには聖霊クレアの感謝の言葉が聞こえた気がしていた。


 こうして、後の世に “アルバート卿の遺跡” と称される大遺跡は解放された。この経緯は、あの炎の中唯一生存したセクサイト密偵と、夜明けに “影の騎士” の訪問を受けたこの町の町長によって、フォーサイト及びセクサイトの二国に知れ渡ることとなる。



 今回にて第三部“陰の騎士”は終了となります。少々間が開きますが、次回より第三部“出会い、あるいは、再会”が始まります。

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