第二章:廃屋にて
街の郊外、ある廃屋へ密かに向かう荷馬車が一台……
そこには四人の人影が乗っている。
一人は女性。四人の中で一番優雅な物腰の美女……惜しむらくはその身は痩身で、女性らしい柔らかな起伏に欠けている。一人は女性。四人の中でもっとも長身の女性……しなやかに鍛えられた身体と凛々しさを放つ視線の合間に、その美しさが仄かに煌めいている。そして、残る二人は背も低く、その身を厚手のマントに、顔はフードを目深に被って窺いみることもできない。
フードを被った一人が、黙々として馬車をある廃屋へと御していく。
「ふゅにゅうぅぅぅぅるぃゅゅゅゅ」
「ぶぅうぅ~」
廃屋に入ってすぐ、フードを被っていた者たちはそれを払い除けた。
「良く辛抱したわね、二人とも。良い子だわ……」
「きゅにゃゅぅ!」
「ぞんなに苦じゃないし……」
くつろぐ二人に女性――セラーがいたわりの言葉をかける。
二人は照れ臭そうにその言葉を受け取った。二人とも褐色の肌と先の鋭った耳を持っている。一人は唇から八重歯の様な牙の見える少女、その背には畳んでいた大きな皮翼を思い切り広げている。もう一人は醜い鷲っ鼻と禿げ上がった頭の男、しかし、その目は純粋な少年の心を残しているのが良く分かる澄んだ輝きを映している。
この一見ちぐはぐな面々は、多少変わった間柄だが、一応は家族と呼んで良い仲の者たちだ。痩身の美女セラー、妖魔の子ポルとブルクル……皆、迫害され居場所を失っていたところを隠者ファルト老に拾われた者たちだ。
三人が細やかな団らんの時を楽しんでいる時、一人それを眺めている女性があった。シェアナである。シェアナこと騎士シェユラス=ロフトは奸計により死地に追いやられ、辛くもファルト老に助けられた者であり、彼女もまた彼等の家族と言えた。しかし、彼女は老たちの制止を振りきって、こうして旅に出ている。その蟠りが、彼女に彼等へ近寄る一歩を躊躇わせていた。
そんな彼女の心を知る愛馬は、冷たいながらも自らの頬を主に刷り寄せた。彼女にはそんな愛馬のけなげさに瞳を潤ませる。
その姿を見た有翼の少女は、細やかな憂いと微かの嫉妬を含んだ思いを心の隅に感じていた。
一息付いた所で、セラーは改まった様子でシェアナに語りかけた。
「シェアナさん、貴方のことは風の噂で幾らか伺っていました。貴方の活躍を、私たちは嬉しさと心配とを胸に聞いていました。……それで、貴方に改めて贈り物を持ってきたんです。」
「……そ、そんな――」
シェアナは改まったセラーの様子に、ただ面食らっていた。そこに、ブルクルが声をかける。
「シェアナざん……これ、俺が造った……」
おずおずとそう言って彼が差し出したのは、一振りの細身の長剣であった。
「……これは?」
「俺がファー爺から金屑貰って、一人で造った……」
彼女は差し出された剣を受け取り、鞘から抜いてみた。その刀身は幾種もの金属の融合された結果複雑な模様が浮かび上がっている。よくよく見れば、その芯は軽く粘りのある飛行金や神銀等、刃は堅固な固さを誇る剛鋼や神銀等と場所に合わせて高価な魔法金属まで使われた、魔力を帯びた業物である。その見事な剣に彼女から感嘆の色を帯びた感謝の言葉が漏れる。
「ありがとう……」
シェアナの言葉に、感謝の言葉はまだ早いとばかりにセラーから言葉がかかる。
「まだあるわ……これを見て」
その声に彼女が振り向くと、荷馬車よりセラーが幾つかの品物を取り出していた。それ等は、一つは水晶球であり、他はドールの外装に見えた。しかし、ファルト老の手による物にしては、その外装は錆の浮いた古びた物に見える。首を傾げるシェアナに、セラーは説明を始める。
「その水晶球はユロシア産の純正の魔法のかかった品で、対の水晶を持つ相手と交信できるの。対の水晶はファルト様が持っておられるから、困った時は相談なさい。」
ユロシア――北方大陸の魔道具は、西方大陸で如何に貴重な品かシェアナは知っていた。隠れ家を飛び出した自分に、魔鎧の他にもこのような高価な物を贈る老の心に驚きを禁じ得なかった。
「それから、この甲板は魔鎧とシャーフィールの偽装用に使うようにとのことでしたよ。」
「…………」
その言葉に、シェアナは驚きと感謝の念で一瞬言葉を忘れた。
この偽装には、大きな意味がある。
西方大陸において、各地で古代王国期の遺物は発見されているが、その殆んどは王国に兵器として徴収される。よって、ドールを個人的に所有するのは、貴族や豪商、もしくはそれらを扱う兵器商人や冒険者と呼ばれる発掘請け負い人など一部の者に限られる。
“黒き鋼馬” シャーフィールの名は、騎士シェユラスの名とともに広く知られており、その事実を割り引いても、このような上質のドールホースがを市井の者が連れ歩くのは不自然と言えるし、当然人々の注目を集めやすい。……まして、“影色の魔鎧” のような特殊な魔法機械ならば尚更である。
故に、街道を避け、郊外に繋ぐなどしてシェアナは愛馬と魔鎧を人目に付かせぬよう細心の注意を図っていたのだ。
偽装は、ブルクルの手によってなされていった。このブラウニー族の少年は巧妙に、しかし容易に行えるように外装を鋼馬達に合わせて微調整して行く。
暫くしてそこにあるのは、使用限界に達したドールとドールホースに見えるものたちがあるばかり……




