第一章:酒場より
…………
彼は騎士……
彼は若き騎士……
彼は強き騎士……
彼は賢き騎士……
彼は優しき騎士……
黒き駿馬に跨りて……
人形どもを率いて駆け行きて……
類稀なる勇士とならん……
されど、天命報いなく……
彼は背臣の刃に倒れ伏す……
冥穴護りし聖獣の猛き遥かな咆哮と……
冥界神の優しき囁きが……
彼を冥府へ誘えり……
しかれど、彼は冥神の使いの御手を振りきって……
冥境の女王に請い願う……
そして、彼は報えぬ思いを叶えんと……
彼はこの地へ帰り来る……
その目は禍々しき火を宿せども……
その身は影闇に堕ちようと……
彼は優しき騎士なれば……
彼は賢き騎士なれば……
彼は強き騎士なれば……
我等は彼を称えよう……
彼は影の騎士……
彼は騎士シェユラス……
「…………」
酒場に響くその詩に、シェアナは思わず苦虫を噛んだような顔になる。ふと顔を巡らすと、そこには見知った詩人の姿があった。
彼女の顔が更に渋い物になる。
(……また、あいつか――)
渋い顔のまま、不味くなってしまった杯の中身を飲み干す。喉には果実酒独特の甘く芳しい香りではなく、酒精の嫌な喉越ししか感じられない。
詩人の名はリュッセル、彼の『影の騎士』伝説の編纂者である。様々な意味で、彼女は彼と会いたくなぞなかったのだが……
不満気に酒を呷る彼女に向かい、不意に声がかけられる。
「随分とご機嫌斜めのようですね、シェアナさん。」
その声に彼女ははっと身構える。そして、そこに座した人物を目にして肩の力を抜く。
「……セラーさん、驚かさないでくださいよ。」
行商人風の、質素だが洒落た衣装のその女性は軽く微笑む。彼女はカウンターに向かって軽い食事を注文した後、シェアナの方へと向き直った。
「そう身構えない方が良いですよ。なまじ美人がピリピリしていると、変な勘繰りをする人が出るものですし……私も経験ありますからね。」
「……はぁ、そう言うものですか――」
セラーの忠告に、シェアナは少し呆けたような返事をした。その様子に微苦笑を浮かべたまま、セラーは言葉を返した。
「そう言うものです。でも、色々と武勇伝は広まっていまますよ。」
「…………」
セラーのその言葉に、シェアナはあの詩人の詩が耳に入った時と同じような、渋い表情を浮かべていた。それに気付いてか、気付かずにか、セラーは話題を変えてきた。
「ところで、ポルたちが見えませんが?」
「ポルはここの二階に、他は郊外の空き家に……」
シェアナの返事に、セラーは軽く頭を上下させて、呟くように言葉を漏らす。
「……そう、その方が良いでしょうね――」
「セラーさん、貴方はどうしてここに?」
それを聞くとセラーは軽く笑い、一息してから答えた。
「……私がこうして出てくると言えば、決まっているでしょう。それと、貴方たちに渡す物があったからですけどね……ま、それも後にしましょう。」
きり良く、そこに二人の食事が運ばれてくる。
「……詳しいことは、食後に――」
そう言ってセラーは、優雅な物腰で運ばれてきた料理を口にし始めたのだった。
食事も一段落しようかと言う頃、二人の座る卓に、何処か無遠慮な声がかけられた。
「いやぁ~あ、これはシェアナさんではあ~りませんか! ここで出会えとは光栄の至り。天上の神々の裁量に感謝の言葉が尽きぬ思いです。」
(…………)
声を聞いたシェアナは、半ば憮然と、半ば冷然として声のした方を振り向いた。彼女の目に映ったのは、一詩吟じた後で彼女に気付いた、くだんの詩人が声も高らかに近付いてくる姿であった。
「シェアナさん、本当に貴女のようにお美しい方との出会いは、まさに人生最高の喜びと言う……」
「黙れ」
「……そ、そんなぁ~、私と貴女の仲ではありませんか――」
「うるさい」
そんな二人の掛け合いが交わされる中、一人取り残される格好になった人物から問いがかけられた。
「シェアナさん、こちらの方はどなたなのかしら……?」
その言葉で、二人はその場にもう一人の人物がいたことを思い出し、彼女の方へと首を廻らす。その人物は、二人の掛け合いを優雅な笑みを浮かべて眺めていた。
「セラーさん……この男は吟遊詩人のリュッセルと言う奴です。……こちらは私の知人で、セラーさんです。」
セラーの問いかけに、シェアナはセラーとリュッセルをお互いに紹介する。その言葉に呼応して、二人も互いに向けて軽い自己紹介を行う。
「はじめまして、兵器商を営むセラーと申します。」
「こちらこそ……いやぁ、類は友を呼ぶと申しますか、また貴女もお美しく……私、リュッセルと申す旅の詩人でございます。どうぞお見知りおきを――」
「詩人とおっしゃいますと、どのような詩を……?」
「恋歌、英雄伝、昔語りに先頃事、お望みなら叙事詩も叙情詩も歌わせていただきます。ただ、今は “影の騎士” についての詩を編纂中でございまして……」
こうして、シェアナ以外は和気あいあいと語り合い、シェアナは渋い顔で酒と料理を呑み込む……そんな時が暫し流れた。




