第一章:戦場にて
※この作品は、少年少女文庫等にて掲載させて頂いた『影の騎士』を転載した物になります。
「シェユラス様、そろそろホルトの谷が見えてくる頃です。」
「そうか。御苦労……」
「今度こそ、あのセクサイトに一矢報いてやれますな!」
「確かにな……この作戦が成功すれば、我が軍の劣勢がひっくり返せる。」
鋼造りの騎馬に揺られた二人の青年騎士は、朝も明け切らぬ薄闇の中、その先にあるなだらかな丘に目をやった。
彼等は西方大陸の、「フォーサイト」と呼ばれる名の国の騎士だ。
ここ西方大陸は、複数の国が連立し、互いに覇を競い合っていた。そしてその争いを凄惨となるを和らげ、煽る物こそが、魔法機械仕掛けの人形達や各種魔法弾射出機等、古代文明の残せし数多くの兵器だった。
彼等はそんなドールの戦士団を率いる、鉄騎騎団の部隊長と副長である。
この部隊を率いるシェユラスの目的は、敵国セクサイトの切り札の一つ、大火球砲を設置されてあるホルトの谷の制圧することにあった。この砲の火球にフォーサイトは幾度も苦汁を舐めさせられており、シェユラスはこの砲の強襲制圧を提案し、自身の部隊で密かに赴く途上にあった。
彼等の背後には鋼の肌の心なき戦士達が続いている。あの丘の向こうには目的の砲があるはずだ。そこに詰めるのは少数の技術兵と幾らかのドール達でしかないことは調査済みだ。浮かれる副官のボルラに目で注意を促しつつも、彼もこの戦の勝利を内心は確信していた。
朝日が遙か東に聳える山脈より姿を見せる前に、彼等騎団は丘の陰で陣形をすでに整えて終わっていた。
「シェユラス様、確かに見張りはドール二体のみのようです。我ら二十騎なら容易く制圧できましょう。」
騎団でたった二人の人間の一人であるボルラは、偵察の結果を報告する。臨機応変な事態や複雑な命令のこなせないドール達には無理だからこそ、これらは指揮する者達の仕事になる。
「よし……陣形は整っている。このまま突入する。……無抵抗な者は殺すな! これは可能な限り実行せよ!」
シェユラスは剣を掲げ静かに、されど部隊に響き渡る声で叫んだ。
前半は自身の副官に、後半は配下の魔法人形達に。
「了解しました!」
「「「「リョウカイシマシタ……」」」」
配下の諾の声を聞き、彼は先陣を切り駆け出した。彼の信仰する戦神に自らの勝利を祈りながら……
砲は盆地に設置されており、通常戦場となる北西の平野には視界が広く取れ、側面は急な坂に挟まれ、背後には深い渓谷であるホルトの谷が開いている。シェユラス達の潜んでいた丘の先は急な坂となっており、並のドールホースでの降坂は無理とセクサイト側は判断していた。その油断は、見張りのドール達の警戒の死角となっていた。
それ故に、そこから突入したシェユラス率いる部隊への対応に、魔導砲の防衛の任にあったセクサイト兵士達は後手後手に回らざるを得なかった。活動を休止していたドールの戦士達を緊急始動して、体勢を立て直そうとするセクサイト兵士をよそに、数の上ではほぼ同数の敵ドールにぎこちなく動く味方のドールは次々と屠られていく。
シェユラスの巧みな用兵の前に、勝敗の行方はすでに決していた。
『勝ったな……この戦』
そう彼が心の中で呟いた時、副官のボルラが駆け寄ってきた。
「シェユラス様!」
「ボルラか……」
「我が隊の勝利は確定しましたな!」
「そうだな……これで陛下や団長殿の厚意に報いることができたな……」
「まったく……そうです――なっ!」
そう答えたボルラは、不意に剣を彼に向けて振るった。その剣撃を自らの剣で間一髪受けたシェユラスは、驚きとともにボルラに叫びを向ける。
「……! 何のつもりだっ、ボルラっ!?」
「貴方がこれ以上名声を得られては、困る方がおられましてね……その方に依頼されたのですよ」
勝ち誇るような言葉とともに、剣は振るわれ続ける。シェユラス自身決して剣が弱いわけではない。しかし腹心の部下の裏切りは、彼の太刀筋を曇らせ、相手の剣圧に押されるように徐々に後退を余儀なくされた。
「シェユラス様、いやシェユラス! 幸いここには心ないドールどもしかおらん。貴様はここで名誉の戦死をして貰おうっ!!」
そう言ってボルラは剣を振るった。その一撃には必殺の威力であった。シェユラスは剣を受け流しきれずに後ずさる。しかし、そこに彼の騎馬が踏みしめるべき大地は存在しなかった。シェユラスとその愛馬たる漆黒のドールホースは、底深き谷底へと静かに落ちていった。
「チッ……撃ち漏らしたかっ。まぁ良い、こんな谷底へ落ちたんだ。もう生きてはいまい。
者ども! 命令は変更だ! 敵は全て皆殺しにせよ! 繰り返す、敵は皆殺しだっ!!」
目的を遂げた満足感と、この先に起こる紅き夢に彼の心は酔っていた。
この戦において、フォーサイトは敵魔道砲の一機を入手、敵軍の壊滅に成功した。
これは戦いの序盤に “戦死” した部隊長シェユラスの後を引き継ぎ、部隊を指揮したボルラ副隊長の手腕による……と公文書には記載されている。と同時に、シェユラス=ロフト部隊長の「戦死」も記載されている。