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けものまち  作者: Aldog
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有難い人

 庭の桜が満開になっていた。

 ここしばらく忙しかったからか、そんな事実にたった今気がついたのだ。

 お陰様で今日は休業。縁側でのんびりと陽を浴びながらの花見というのも悪くない。

 腰を下ろし胡座をかく。準備はそれだけ。

 昼過ぎの陽の光は心地よく、時折吹く風で桜は少しだけその花びらを散らしていく。

 昨日までが嘘のような緩やかな時間だ。

 庭に植えられた桜の木は自分が生まれる前から毎年花を咲かせているらしい。

 樹齢が何年なのかは知らないが、それなりに立派な樹である事に間違いはない。

 昔はよく登っていたが、その度に父親に怒られていたものだ。

 日本家屋の庭に桜の木というとえらく贅沢なように思えるが、肝心の家は老朽化という問題に直面している。

 近代化の波に中途半端に食いついたおかげか、我が家は微妙な不便さと電化製品の便利さとが混在していた。

 台所周りは真っ先に改修されたが、ふすまで仕切られた各部屋は空調機器と縁がない。

 そんな我家でもこの時期は過ごしやすく、今日のように晴れているのなら縁側は最高の昼寝場所となる。

 そんなことを考えながらぼんやりと桜の花を眺めていると、不意に目の前に湯呑みが差し出された。

 無地の湯呑みからはかすかに湯気が出ていて、お茶特有の良い匂いが鼻腔をくすぐる。

「今日は良い天気ですね、ユウキ様」

「そうだね。サヤさんも一緒にどうだい?」

 お茶を受け取り、自分の隣を手で叩く。

 初めからそのつもりだったのか、サヤさんはお盆に自分の湯のみとお茶うけを一緒に持ってきていた。

 サヤさんは自然な動きで隣に正座する。浅葱色の和服と艶やかな黒髪も相まって、その場だけが違う世界のようだ。

 庭の桜も合わせれば、絵画や写真といった趣がある。

 透けるように白い肌も、整った目鼻立ちも、引きこまれそうになる瞳も。

 全て僕の好みど真ん中で以前はどうしたものかと思っていたのだが、どうも意図的にそういう姿をとっているらしい。

「どうかしましたか?」

「いや、サヤさん美人だよなぁと思って」

 思わず口から本音が漏れる。

「ありがとうございます。貴方にそう言われるのは嬉しいものですね」

 そう言って微笑むサヤさんは普段のどこか冷たい印象とは異なりとても優しげだ。

 二人だけの時にしか見せない表情。そんな響きになんとなく優越感を覚えてしまう。

「カメラ無かったかな、カメラ。親父の一眼は倉だよなー……。サヤさん今の笑顔キープしててね」

「時々変な事を言い出しますよね。ユウキ様落ち着いてください」

「僕よりサヤさんの方が落ち着くべきかなー。さっきから耳出てるよ耳」

 サヤさんの黒髪から、フサフサした黄色い毛並みの獣耳が飛び出している。

 普段はクールな態度を崩さないが、褒められる事には慣れていないらしい。

 もっと感情が高揚した時などは、耳だけでなく尻尾まで飛び出してくるびっくりギミック搭載だ。

「人の醜態を指摘して楽しむとは……少し性格が悪くなったのではないですか?」

 半目でこちらを睨んでくるが、耳は先程から細かく動いて自己主張を続けている。

「前から思っていたんだけど、サヤさんはなんで普段は耳と尻尾を隠しているのかなー、と。

 寝るときは隠してないしさ、何か理由でもあるの?」

 そもそも初めて出会った時は、人の姿ですらなかった。何年か前に狸の化生が暴れているのでどうにかして欲しいという依頼を受けた際、怪我をしていたサヤさんを保護したのが始まりだ。

 最初はえらく美人な狐だと思っていたが、まさか人に化ける程の妖狐だとは思いもしなかった。

「意地の悪い人には教えません。ついでに言うなら今日の夕飯もおやつも抜きにします」

「ごめんごめん、ってかホントごめんなさいお願いだからお茶菓子もっていかないでー!」

「変なことを言わなければ良いのです。ただ私を褒めるだけに留めておけばよかったのに……」

 相変わらず小さい事で拗ねる人だが、まあそれもご愛嬌。

 なんだかんだ言って、サヤさんがウチに居候するようになって助かっている事ばかりなのだ。

「あ、これ河原近くの和菓子屋のヤツだね。一つ目の旦那さんが作ってる」

 奥さんは普通に人間なのだが、子供は一つ目なので優性遺伝のようだ。

 結構な歳の差カップルだった記憶があるが、二人のなりそめとやらは記憶に無い。

「それは最近弟子入りした不定形の青年作の羊羹ですね。あの青年は分類上何になるのでしょうか」

「どうだろう。割とこの街は特定の種族名、みたいなものが無い人の方が多いんじゃないかな。その不定形の青年って他に特徴とかはある?」

「色は綺麗な翠色で半透明ですね。反対側が透けてみえる類の方です。こう、器用に体の一部を伸ばして手のように形を変えた上で作業をしているようでしたね」

「あー、それなら隣町の米村さんとこのお爺ちゃんが近いのかなー。2、3年前に亡くなったけど」

 老衰だったと思うが、肝心の種族は覚えていない。昔スライム爺と呼んだら弾力のある体をフルに使った体当たりを食らって意識が飛びかけたのも良い思い出だ。

「思えばあのお爺さんには迷惑かけてばかりだったなぁ」

 立派な髭を蓄えた素敵な紳士だったような気がする。怒ると無闇矢鱈に怖いが。

「ユウキ様の子供時代というのも興味ありますね。どうやらワンパク小僧だったようですが」

「そういえば昔の話なんてしたこと無かったっけ。倉でも探せばアルバムくらいはあるかもしれないな」

 父親が趣味で一眼のカメラを持っていたので、普通の家庭より写真は多いだろう。ただ、

「両親が死んだ時にウチの爺さんがあらかた倉の中に押し込んだからなー。ちょっと取り出すのは苦労するかもしれない。まあ今度、長い休みがとれたら探してみようか」

「休みだと言っても結局仕事が舞い込んでそれ所ではなくなる、といういつものパターンですね」

「僕だって別に狙ってやってるわけじゃないんだけどね? ただまあ仕事の性質上仕方がないというかなんというか」

 急に仕事が舞い込む、なんて事はよくある話で、むしろ飛び込みの依頼が収入源だ。

 定期的な仕事もあるのだが、そちらは月に一度や年に一度といった頻度。我が家の家計を支えるにはやはり飛び込みの依頼も受けざるをえない。

「都合の良い便利屋扱いになっているのが多忙の原因だと思うのですが、依頼は多少選んでも文句は言われないのではないですか?」

「まあそこはご近所付き合いも兼ねてるから。ただちょっと最近は考えなしに受けすぎたとは思うけど」

 緑茶と羊羹という組み合わせは良いものだ、と思いつつ桜を眺める。

 お酒を入れた宴会じみた花見もいいが、こうして落ち着いた雰囲気の花見もありだろう。

 そんな事を考えていたら、不意に睡魔がやってきた。

 疲れが溜まっていたのか、それとも気が緩んだのか。大口開けてあくびをひとつ。

「お疲れのようですね」

「最近は普通に寝るだけじゃ疲れが抜け切らないみたいでね。なんか歳を重ねるっていうのはこういう事なのかなーなんて考えちゃうよ」

 世間的には若輩者だが、学生時代よりも回復力が落ちているのは間違いない。

「まあ、今日くらいはいいでしょう」

 二人の間に置かれていたお盆と湯呑みを退かし、サヤさんが膝をポンポンと叩く。

「なんというサービス」

「無駄口を叩く元気があるならサービスは必要ないですね」

 素直にサヤさんの膝に頭を置く。すっと眼を隠すようにサヤさんの手が置かれ、視界が閉ざされた。

 柔らかなふとももの感触と、不思議と冷たい手の心地良さ。

「あー、ごめん、本当に寝そう」

「折角の休日なのですから、お好きなように」

 本当に有難い人だ。

 眼を閉じているからか、風に桜がさざめく音が耳の奥底まで届いてくる。

 意識を手放すまでに、そう時間は掛からなかった。

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