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第八話・「私の盾になって」

 生徒会室に入ると、和輝の予想通り、先に逃げ出した三人がいた。各々椅子に座って、暗い表情をしている。


「とにかく、無事で何よりだ。適当なところに座ればいい」


 生徒会長は俺たち三人を一瞥すると、つまらなさそうに告げた。


「正臣、座ろうぜ」


 和輝に言われて、俺はパイプ椅子に腰掛けた。

 当たり前のように香奈が俺の隣に腰掛ける。

 長方形のテーブルを、四つ寄り合わせた出来合いの大テーブルの一番奥には、生徒会長が陣取っている。おそらく、定位置なのだろう。それに向かい合う形で睦月さん。

 長方形の長い辺には、互いに三つ席が設けられており、俺たちは睦月さんの側から、香奈、俺、和輝の順に座った。香奈の向かいには水野さん。水野さんの隣は空席で、その空席の隣に佐藤という席割だった。

 ちらりと水野さんに目を向けると、松葉杖を壁に立てかけているところだった。椅子に座るにもぎこちない様子で、見ていて心配になる。

 ふと、目が合ってしまうが、二人で言い争ってしまった手前、バツが悪そうにすぐさま視線をそらしてしまう。


「……で、これからどうするかって、アンタたちが来るまで話し合ってたんだけど」


 睦月さんが腕と足を組んで不機嫌そうに切り出した。


「睦月、順番が違うだろう。私は今来た三人を知らない。まずは自己紹介をしてもらうのが先決だと思うが」


 生徒会長が睦月さんの発言を却下したことで、睦月さんは更に不機嫌になったようだった。


「勝手にすれば」


 組んでいた腕をほどいて、つまらなさそうに広げる。多少大袈裟すぎるようにも見える。それだけ苛ついているのだろう。


「じゃ、俺から」


 和輝が立ち上がる。

 パイプ椅子のこすれる音が、静まり返った生徒会室に響く。


「永沢和輝、一年。部活動は――」

「別にそんなことまで言わなくていい。最低限のことさえ知れればそれでいい」


 生徒会長の無慈悲な言葉。


「そうね。知ったところで明日があるわけではないし」

「そんな……」


 水野さんが思わず声を上げてしまう。


「本当のことじゃない。それとも明日があるとでもいうの? こんな状況で、元気よく登校? ありえない」


 水野さんの意気がしぼんでいくのが分かった。


「とにかく、永沢和輝です。よろしく」


 和輝は事務的な口調になって、さっさと座ってしまう。座り際に小さく舌打ちしていた。


「東城正臣です。同じく一年です」


 和輝と同じく最低限の自己紹介で座ろうとする。


「どこかで聞いたことある名前……。何だったかな。ま、いいか」


 睦月さんが首をひねる。おそらく香奈に聞かれた状況を思い出そうとしているのだろうが、所詮俺に対しての記憶なんてそんなものだ。分かってはいたけれども、現実に思い知らされるとなると、やはりつらいものがある。

 俺は力なくパイプ椅子に体を預けた。


「中井香奈、一年」


 ものの三秒もかからない自己紹介だった。

 昔、香奈の本名を知ったときの俺と和輝の反応が思い出される。

 前から読んでも、後ろから読んでも、なかいかな。

 失礼にも大笑いしてしまった記憶がある。

 無論、そんなことをこの場で気がつく人間はいなかった。今がそういう時ではないことは皆が周知している。


「私の番ね」


 颯爽と立ちあがる。

 長い漆黒の髪がそれにしたがって揺れた。


「私は、睦月雫。どうせ知ってると思うけど」


 確かに、一年の睦月雫といったら、おそらく全校生徒が知っている。

 美人であるということもそうだが、何よりスカウトの目にも留まり、芸能活動もしているというのが、一番の宣伝効果となっているからだ。

 どっかりとパイプ椅子に座りまた足を組む。太ももが大胆に見えるぐらい大袈裟に足を組むものだから、俺は目が釘付けになるのを押さえつけるのに必死だった。

 制服の上からでも分かるくびれたウエスト、一見華奢でありながらも存在を主張する胸、バレエダンサーのようにしなやかな足、シャンプーの宣伝で見るような、きめ細やかな髪質、黄金比と言っても過言ではない整った目鼻立ち。

 それらは確かにテレビに映えるだろう。スカウトが見逃せないのも分かる。


「水野! 夏美です……。スイマセン、一年です」


 いつの間にか睦月さんに釘付けになっていた俺の視線が、水野さんの大声で引き剥がされた。

 水野さんは、足を気遣いながらゆっくりと着席すると、表情を隠すように小さくなって顔を伏せた。


「佐藤達也……。一年です」


 虫の鳴くような声で自己紹介をする。俺は名前が聞き取れなくて、和輝にこっそりと聞いてしまった。

 最後になった生徒会長が、テーブルに手をつき、議場で発言する政治家のごとく自己紹介をする。


「三年、生徒会長の後藤俊史だ。よろしく」


 眼鏡の真ん中を持ち上げ、全員を見回すようにして着席する。


「やっと終わったわね。で、話の続きなんだけど」

「ああ、これからどうするか。途中だったな」

「あ、あの、一ついいですか」


 俺は意を決して立ち上がる。睦月さんには恨まれることになるだろうが、俺はこれだけは聞いておきたかった。


「正臣だっけ、アンタ。私、自己紹介が終わるまで待ってたのよ。更にそこから待てって言うの?」


 テーブルに勢いよく手をついて立ち、不満を露にする。

 いちいち大袈裟で芝居がかっている。


「悪いけど」


 嫌われただろうな、そう内心でがっかりしながら、俺は睦月さんに頭を下げ嘆願した。激昂するだろうと覚悟していたが、睦月さんは思っていたよりもあっさり身を引いた。


「話せば? 聞いてあげるわよ。ただし」


 安心したのもつかの間、睦月さんは条件を出してきた。


「私の盾になって。いいわよね、それぐらい。男が女を守るのは当然だし」

「睦月さん……」


 水野さんが信じられないといった表情で呟いた。


「……分かった」

「ハイ、決まり」


 手を叩いて、盾の件を終了させる。

 後は、どうぞ話しなさいよ、といわんばかりに手のひらを俺に差し出した。

 俺は気を取り直して口を開く。


「俺は……俺と香奈は、学校に遅刻したから状況がよくつかめてないんです。体育館に着いてみたら、皆が飛び出してきて、先生があんなことになっていて……。だから、分かるように説明して欲しいんです」


 生徒会長は目をつぶったまま、俺の話に耳を傾けていた。


「いいだろう」


 ゆっくりと目を開け、テーブルにひじをのせる。

 そして、顔前で手を組むと、落ち着いて話し出した。


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