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第四十三話・「俺は助けたいんだ……!」

 駆け寄りたい。

 助太刀したい。

 雫を守りたい。


 思えど、願えど、俺の体は意思についていかない。

 肩にのしかかってきた化け物によって、雫が床に押し倒される。

 雫は頬を強張らせながら敵の腹を蹴り上げると、空中に浮く化け物をバットで振り抜いた。

 化け物は縦回転しながら、巨大な蜘蛛の懐から飛び出して、加勢に向かおうとする蜘蛛に激突する。

 片手でバットを振るという荒業を披露しながら、もう一方の手に持った木刀で、さらに蜘蛛の腹を突き上げる。

 更なる蜘蛛の悲鳴が轟く。

 身を切るような思いをしてまで、雫は戦い続けている。

 腹部の怪我さえなかったら。

 怪我がもっと浅かったなら。

 出血さえしていなければ。

 雫の背中を守ってあげられたかもしれない。

 あの馬鹿にしたような皮肉を、そばで聞いてあげられたかもしれない。

 自信満々の表情を、間近で見ることが出来たかもしれない。


「動けよ……俺は助けたいんだ……!」


 まともに動いてくれない足。

 まともに見ることさえ出来ない視界。



 ――馬鹿。なんで泣いてんのよ。



 雫は戦闘中なのにもかかわらず、口だけを動かして俺を馬鹿にする。

 滝のように漏れ出し続ける消化液の袂で、雫は縦横無尽に駆け回る。

 刺していない箇所を探し、そこに木刀を突き刺す。木刀も、ボストンバッグから取り出したときの半分の細さになってしまっている。雫は、マスコットバットを防御に回し、木刀を攻撃に回していた。

 見事に作戦が成功する理由。

 それは、自分の体が傷つくのを厭わない、神風的な行動が故だ。

 巨大な蜘蛛も、それをやっと理解したのか、はたまた、化け物や小型の蜘蛛に任せておけなくなったのか、口から吐き出した触手で雫をけん制しつつ、体を回転させて、雫から腹部を遠ざけようとする。

 口から吐き出した触手が、雫の足元に襲い掛かった。

 捨て身の攻撃であることは、雫も分かっているようだった。

 簡単によけられるはずの触手の攻撃をよけずに、腹部に木刀を突き刺すことに専念している。

 力を失いつつある巨大な蜘蛛は、最後の力を振り絞るように、触手を雫の足に巻きつかせた。

 人間の腕ほどの太さの触手が、消化液を浴びた雫の右足を締め上げる。


 雫の表情が、今までに見たこともないほど歪んだ。


 強大な力が、右足を締め上げる。

 まるで細い枝でもへし折るかのように、雫の足は潰れていった。

 それでも、雫は鬼の形相でそれを耐え、さらに腹部に木刀を突き刺そうとする。

 しかし、木刀はついに耐久力を失い、真っ二つに折れ、床に転がった。

 雫はすぐさま木刀を投げ捨てて、マスコットバットを両手で握り締める。


「ふざけるんじゃ……ないわよ」


 フルスイングのバットが直撃した先は、雫自身の足。

 消火ホースのように太い触手が、千切れ飛ぶ。それに伴って、右足を解放された雫が、支えを失って倒れこんだ。

 好機と見てか、取り囲んでいた蜘蛛が、雫に押し寄せる。

 潰された右足をだらしなく床に伸ばしながら、雫は残った両手と左足で、蜘蛛を撃退していく。

 右足の至る所から、深紅の液体が流れ出している。

 複雑骨折では済みそうにない重症。

 左足で微妙に位置を変えながら、体勢を維持し、小型の蜘蛛を血祭りにあげていく雫。



 ……だが、そこまでだった。



 小型の蜘蛛は撃退できても、進化を遂げた化け物に対抗する手段はない。蜘蛛に寄生された生徒の瞳が、妖しく輝く。

 ショートカットになってしまった雫の頭部に、膨張した拳が振り下ろされるのが見えた。

 雫は背後に迫っていた化け物に気がつく様子はなく、完全な直撃を受けてしまう。

 雫の体が、頭から吹き飛ばされて、床を滑っていく。


「調子に……乗って……!」


 殴り飛ばされた先も、最悪だった。

 背中から足が生えた化け物の口元に、雫はいる。

 雫はそのことに気がつくと、自嘲気味に笑った。



 ……自分の運命を呪うように。



 化け物の口が大きく開かれる。

 背中から足が生えていることを除けば、俺が今日初めて出会った化け物、生徒指導の教師に似ている化け物だった。

 生徒の口の端が裂けて、血が滴る。

 これから訪れるであろう最悪の結果に、俺は目をつぶることしか出来ない。


 化け物の口が、雫の喉元を強引に噛み千切った。


 雫の喉から鮮血がほとばしり、生徒が新鮮な血を満足そうにすする。

 雫は力を失ってぐったりとなり、右手に握り締められたマスコットバットが、持ち主を失って床に寂しく転がる……。



 俺は、そんな錯覚を見た。



 俺が目を開けると、化け物は顔面に強烈な一撃を受けて、仰向けに転がっていた。

 ハンマー投げの、回転力を込めた一撃を受けては、化け物といえど、起き上がるのは無理だろう。




「――追いつくって言ったろ? 親友」




 錯覚は、懐かしい声によって吹き飛ばされた。


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