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第四十一話・「馬鹿な女!」

 香奈は驚いたように右手を確認するが、どうやら携帯電話だけを撃ち抜いたようだ。

 携帯電話を貫いた一線は、さらに香奈の背後にあった集会用の大きな花瓶をも撃ち抜いていた。

 割れた花瓶からは大量の水がこぼれ、壇上に付着した俺の血を洗い流す。


「最高級のカーボンファイバー製、きっと十万はくだらないわね」


 壇上に横たわる萎れた花。


「弓具に金がかかる弓道って、だから好きになれないのよ」


 そのそばに落ちているのは、一本の矢。


「『スクール・オブ・ザ・デッド』の地域担当者、中井香奈。やっと、正体を現したわね。やっぱりアンタが、この事件の元凶」


 壇上から見て最奥の入り口。

 開け放ったドアの向こうには、月光を一身に浴びた雫が、右手に弓を携えて立っていた。

 足元には黒いボストンバッグ。


「アンタの携帯電話だけが使えるのも、地域担当者だって事の決定的な証拠ね。周囲の状況に左右されない最新機種?」


 馬鹿にするような口調は健在だ。


「睦月さん……。生きていたんだ」


 香奈の声は俺と会話するときのものではない、冷徹なものに変わる。


「死ぬわけないでしょ。私を誰だと思ってるの? 睦月雫よ」


 ボストンバッグを肩に提げながら、俺のほうに大股で近付いてくる。

 蜘蛛は香奈の指示もあってか、襲い掛かる素振りは見せず、雫の放つ異様な自信を警戒しているようだった。

 巨大な蜘蛛でさえも、香奈の前面に移動しつつ、雫の動向を探っていた。


「正臣、私が言ったこと覚えているわよね?」


 俺の傍にボストンバッグを下ろすと、重量感のある音がした。


「私達の中に犯人がいるって言ったときのことを。アンタはそれを否定した。でも、現実は違ったわ。この女が犯人で、佐藤も殺された」


 俺の傍で眠る佐藤の亡骸に、一瞬だけ視線をくれる。


「覚悟を決めろって、私は言ったはずよ。でないと、アンタ自身が死ぬってね」


 言葉だけを刃物のように俺に突きつけながらも、雫は両肘を曲げ、親指を腰骨に当てて、ひじを張る。

 弓道で言うところの、執弓の姿勢。


「……ま、私がいる限り、そんなことにはならないけど」


 まるで熟練者のように、スムーズに一連の動作――射法八節を行っていく。

 足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け。

 蜘蛛に周囲を塞がれ、いつ襲われても不思議ではない極限の状況下で、雫は明鏡止水の境地に至る。

 狼狽することも無く、ただ大きく息を吸い込み、吐き出しながら、ゆっくりと自らを高みに持っていく。


「動かないで!」


 ――会。

 

 引き分けた状態、つまり、矢を引き絞ったままの状態を保ち続ける。

 その指を離すだけで、矢は一閃と化すだろう。


「蜘蛛に命令した瞬間、アンタの額を射抜くわよ」

「私を殺した瞬間、正臣は蜘蛛に食べられちゃうよ」


 香奈の携帯電話を、寸分の狂い無く撃ち抜いた雫の腕だ。はったりではないだろう。

 しかし、香奈も負けてはいない。

 俺を人質のようにすることで、雫の苦渋の表情を引き出した。

 互いに譲れない一触即発。

 平行線をたどると思われた膠着状態は、香奈の意外な言葉によって破られる。



「……けど、もう食べていいよ」

「馬鹿な女!」



 離れ――残心。


 そうして、射法八節は終わりを告げた。


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