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第二十六話・「頼りない返事」

「それにしても、なんで化け物はいろいろ変化してるのよ」

「そのプリントには書いてないのか?」


 俺は雫が持っているプリントを指差す。


「書いていなかったわ。蜘蛛の生態なんて」

「僕にも見せてくれ!」


 やっと鼻血が止まったのか、ハンカチを投げ捨てて、雫のプリントを乱暴に奪い取る。


「何だこれ……?」


 佐藤は食い入るように見つめて、プリントをめくっていく。


「何だよこれ……何なんだよ!」


 ばら撒かれたプリントが空中を漂う。雫につかみかかる佐藤。雫の制服をつかんで揺り動かす。


「……離して。殴るわよ」

「説明しろよ! 何で僕がこんなことに巻き込まれなくちゃいけないんだ!」


 聞く耳も持てない佐藤の豹変ぶりに、雫の右腕があっけなく振り抜かれた。

 どうやら、二度目の忠告はなったようだ。

 言葉では言い表せない声をあげて、佐藤はのけぞり、仰向けに倒れた。


「あが……かが……」


 佐藤の鼻骨は折れているのではなかろうか。一度目はまだ手加減していた。

 しかし、雫の逆鱗に触れた今回は手加減なしだ。骨にぶつかる鈍い音がしたことからも、それが理解できる。


「佐藤、大丈夫か?」


 俺は仰向けになって苦しむ佐藤の肩に手を置こうとする。


「うるさい!」


 慈悲のない言葉によって、俺の手は払われてしまった。佐藤の力任せな払い方に、腕がひりひりと痛む。


「ほっときなさいよ、そんな奴。足手まといになるだけよ」

「雫、悪いのはお前だろ。俺たちは仲間だ。今は仲間内で争っている場合じゃ……」

「さすが偽善者。言うことも理にかなってるわね」

「俺は自分の正しいと思うことをしているだけだ」

「もういい加減、それは聞き飽きたわ」


 興味がないというふうに、肩をすくめて見せる。


「……復讐して……やる……復讐……してやる……殺してやる……」


 自分自身に催眠術でもかけるかのように、体を丸めた佐藤が繰り返している。俺に背中を向けるように体を丸めているので、良くは分からないが、目元には光るものが浮かんでいた。

 悔しさのあまり、泣いているのだろうか。


「やってみれば? 弱虫のアンタなんかには出来ないでしょうけど」


 地獄耳の雫が、馬鹿にするように鼻で笑う。その言葉を耳にした佐藤は、ぶるぶると震えるばかりだ。

 恐怖におびえて震えているわけではない。

 手のひらに食い込んだ爪が、それを物語っている。


「雫!」


 俺は立ち上がって、床に足を投げ出して座る雫を見下ろした。


「私を見下ろさないでくれる?」


 不機嫌な顔を俺に向ける。


「雫……敵ばかり作っても、疲れるだけだと思う」


 見下ろされることが嫌で仕方がないのか、雫は立ち上がって同じ高さに視線を持ってきた。


「仲間ばかり作ろうとしてるアンタにすれば気に入らないんだろうけど、私はこれでいいと思ってるわ」


 不機嫌は加速する。


「仲間は、馴れ合いと甘えしか生まない。いつもみんなで仲良しこよし。そんなに仲良しなら、手でもつないでピクニックにでも行けばいいのよ」


 俺の鼻先に突きつけられる指。


「俺はそうは思わない。仲間がいるから、励まし合える。仲間がいるから、喜びを分かち合える。仲間がいるから、優しくなれる。仲間がいるから……」

「仲間が何だっていうの? 他人の顔色をうかがって、愛想笑いを浮かべて、当たり障りのない意見を言い合う――」


 俺に突きつけた指で、仲間のデメリットを指折り数える。


「――自分の意思がまったくない、ただの協調性だけの集団じゃない。心の中ではまったく正反対の考えをしていても、嫌われたくないから、自分の意見を押し殺す。個性も、自主性も、積極性もない、馴れ合いだけの集まりなんて、まっぴらごめんよ」

「俺は雫を仲間だと思ってる」


 俺の言葉を聞いた雫は、腹を抱えて笑い出した。


「止めてよね。そういう歯の浮く台詞。笑い死にそう」

「俺は本気だ」

「分かってるわよ。アンタはいつだって本気で偽善者をやってる。だから、私は笑うしかないのよ」


 目に涙をためて笑う雫。


「結末がひとつしかないから」


 笑いをこらえて、剣のような言葉を俺に突きつけた。


「そのままだと確実に死ぬわね、正臣」


 図書室の奥の窓ガラスが割れる音がした。

 音は二方向。

 西側と、東側の窓ガラス。


「意外と早いじゃない」


 雫の舌打ちが、何が侵入してきたかを物語っていた。

 俺たちは読書スペースにいる。机と椅子に囲まれていて、周囲を良く見渡せる。

 それに比べて書棚が整然と並んでいる奥は、薄暗さも手伝ってほとんど状況を把握できない。本棚が碁盤の目のように並べられているから、本棚と本棚の隙間は迷路のようだ。


「ここまできたら、やるしかないわね」


 奥から、化け物が移動する細かい音が聞こえてきた。

 本棚と本棚の間、狭い通路を高速で移動している。

 雫は読書スペースの隅にある、掃除用具が入っているロッカー開けた。そこからモップを取り出すと、一本を俺に投げてよこす。


「自分の身ぐらい自分で守って」


 雫は、モップの拭き取る部分を外して、柄の部分だけにする。俺もそれに倣う。


「佐藤!」


 俺が振り向くと、佐藤はだらしなく股を広げて、がたがたと震えていた。


「机の下にでもいてくれ! そこだと化け物の目に付きすぎる!」


 大声にびくりと反応した佐藤は、這うように奥の机の下に逃げていった。

 俺は、モップとしての機能を失った棒を握り締めて、雫の横に並ぶ。


「私のことは気にしなくていいわ。アンタは自分のことだけ心配してればいい」


 図書室が暗闇に覆われていく。

 太陽のように周囲を照らしていた月が、黒く大きな雲に覆われた。

 光源を失った俺たちの視界は、限りなくゼロに近い。

 暗闇と化け物、俺たちは二つのものと戦うことになりそうだ。


「正臣、アンタは右。私は左から来るのをやる」

「分かった」

「あらかじめ言っておくけど、いくら私でも、一人で二匹は相手に出来ないわ。私たちが生き残るには、各個撃破が絶対条件。折を見て、二人対一匹の状況を作って」

「……やってみる」

「頼りない返事」


 化け物の赤い目が、本と本の間を駆け抜ける。


「嘘でもいいから、任せろ、ぐらい言ってほしいんだけど」


 雫が不満を漏らすのと同時に、二匹の化け物は本棚から姿を現した。


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