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第二十四話・「地域担当者」

「冗談では済まされないのよ、そこに書いてあることは」


 俺はカルテに目を通す医者のように、文字を丁寧に追っていく。


「全てがそこに書いてある文章どおりに運んでいる。仕組まれていたのよ、これは」


 体育館に先生を含めた全員を集合させる時刻。集会の開始時刻。携帯電話、その他通信機器、電気機器が使用不能になる時刻。

 それらのスケジュールが、分単位で組まれている。


「それで電話も、教室の電気もつかなかったのか……」

「それだけじゃないわ。次のページを開いて」


 人差し指を立てるジェスチャーは、次のページをめくれという指示だ。

 俺は言われた通りにページをめくる。


「封鎖、地域? これは……俺たちの町全体じゃないか!」


 俺たちの町を囲うように、地図に赤線が引いてあった。各方面に抜ける道路という道路が、集会の開始とともに封鎖される手はずになっている。


「そ。町の中心であるこの学校が、事の発端ってわけ」


 見れば見るほど現実味が薄れていく。


「その『スクール・オブ・ザ・デッド』とかいう、生物実験だかなんだか知らないけど、それは明らかに、私たちを犠牲にして行われている。この国で、容認せれている出来事なのよ」


 俺たちの町を犠牲にするほどの大規模な計画が、ここ日本で実行されているということに驚きを隠せない。

 日本は平和の国ではなかったのか。

 安全神話はどこへ消えたというのか。

 町ひとつを実験場にしてしまえる、残酷な国に成り下がってしまったのだろうか。

 ましてや、日本は欧米と違い、一般人は銃も刀も持つことを許されない国だ。蜘蛛や、蜘蛛をまとった化け物に対抗する手段を、持つことすら出来ない。


「そこにひとつ気になる記述があるわ」


 プリントから目を離して、床に座ったままの睦月さんを見下ろす。


「化け物の記述のところよ。そこから二ページくらいめくってみて」


 一度読んだだけで把握しているのだろうか。だとしたらかなりの記憶力の持ち主だ。


「そこに、蜘蛛の解放について、っていう記述があるでしょう?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 雫の脳内のページに追いついていけない。雫はため息をついて立ち上がると、学年主任の椅子を引いて、背もたれを前にする格好で座った。


「あ、あった。蜘蛛の解放について……これだな?」

「そこ、音読してみて」

「分かった。えっと、蜘蛛の解放については――」


 発表の場でもないのに緊張する。

 俺の音読を、背もたれの上で腕を組みながら聞き入っている雫。


「――体育館、集会開始時を見計らって、地域担当者の責任において解放される」

「何か引っかからない?」


 音読したばかりの一文を、もう一度の頭の中で読み返してみる。


「……地域担当者?」

「それよ。つまり、あの蜘蛛は、自然発生的に現れたんじゃないってわけ。第三者が、そこの指令書にある通りに、体育館に蜘蛛を放ったのよ」

「それって、つまり……」

「集会が始まったときには、地域担当者とやらは、私たちの近くにいたってことになるわ。体育館内、もしくは外に。体育館の中から出てきたのは、私を含めて五人。……正臣、名前挙げてみて」


 雫が、学年主任の机に手を伸ばす。


「雫に、和輝、生徒会長、佐藤、そして夏美」


 雫は学年主任の机の上にあったメモ帳とボールペンを取り、そこに名前を書き込んでいく。


「そして、外にいたのはアンタと香奈。もちろんそれ以外にもいるかもしれないけど、蜘蛛を放つタイミングからして、あんたたち二人に見つからないようにするのは、至難の業ね」


 俺と、香奈の名前も書き込んでいく。


「俺は、職員室と教室を行ったり来たりしていたから、誰もいないことは確認できた」

「てことは」


 雫のペンの動きが止まる。


「ここから、一人抜いて……」


 夏美の名前にバツが付けられる。その瞬間に、胸が痛んだ。


「残った六人の中に、地域担当者がいるってことね」

「雫、何を言ってるんだ?」

「簡単なことじゃない。犯人が私たちの中にいるってこと。私たちの町をめちゃくちゃにした、憎むべき犯人がね」


 俺は首を横に振る。誰かを疑うことをしたくなかった。


「もちろん犯人は私かもしれないし、アンタかもしれない」


 雫の細い指が、俺と雫を行ったりきたりする。犯人を特定する指針のように。


「アンタの親友の和輝かもね。もしかしたらあの女かもしれないわよ?」


 ノック式ボールペンの、ペン先の出し入れを繰り返す。ノックするカチカチという音が、次第に耳障りになってくる。時間制限のあるクイズに、答えさせられているような気分だ。


「俺たちの中に犯人がいないって可能性も、まだ残されているだろ」

「それはそうだけど、現実的に見れば、可能性は極端に低いわね」


 俺は悔しさに歯噛みするしかなかった。

 ――俺たちの中に犯人がいるかもしれない。

 雫はいとも簡単に言ってのけた。


「いい加減認めたらどうなの? もし私たちの誰かでないとしても、生き残っている他の誰かを疑うことに変わりはないのよ?」


 ボールペンを俺に突きつける。それは俺の首元に突きつけられたナイフのように、鋭く俺の願いを切り裂いた。


「いざってとき、正臣、アンタは偽善者であり続けられるの?」


 もしも、俺たちの中に犯人がいるとしたら。


「そいつが生き残った誰かを殺そうとしたら?」


 雫が席を立つ。俺の周りをゆっくりと歩き始める。


「誰かが殺されてしまったら?」


 容疑者を尋問する刑事のように、威圧感を増した瞳で、俺を周回する。


「答えなさいよ」


 俺の目の前で立ち止まると、俺を下からのぞきこんでくる。

 うつむきかけていた俺を、逃さないために。


「俺は、犯人が俺たちの中にいるなんて思ってない。そんなこと、考えたくない」


 まだ可能性が残されているなら、俺はその可能性に賭けたかった。

 クラスメイトとして、同じ学び舎で生きる学生として、今までともに生活してきた仲間が、仲間同士で殺しあうことなんて、狂気の沙汰だ。


「ま、いいわ。そう思いたいなら思っていればいい。ただし」


 俺の胸に、雫が人差し指をつきたてた。


「もしも、あんたの願いが最悪の形で裏切られたとき。そのときは覚悟しなさいよ。私は、裏切り者には容赦しない。アンタが偽善者として、犯人でさえかばうようなら、私はアンタに対しても容赦はしない」


 雫の指から、言葉から、残酷な意思が伝わってくる。雫は、自分以外の何者も信用してはいない。自分自身を信じることが出来るだけの、過去と経験を持っている。


「アンタは、そうなったときの覚悟を決めておきなさいよ。そうならないことだけを祈るんじゃなくて」


 指が俺の胸から離れる。それとともに、雫の威圧感が消えていった。


「……これは、私の勝手な思い込みなんだけど」


 他の教師の机をあさり始める雫。


「アンタは、犯人じゃない気がするわ」


 生徒指導の教師の机の中から、おそらく没収したものと思われるナイフを取り出す。

 刃先を確認して、満足そうにポケットにしまった。


「アンタが犯人だったら、馬鹿らしくて笑っちゃうもの」

「信じてくれるのか?」

「信じるっていうか、勘よ。女の勘」


 手を振って、信じる、ということを否定する。


「ま、背中を任せるとまでは言わないけど、背中を向けてもいいかなって、思えるのよ」

「喜んでいいんだよな?」

「喜びたいのならね」


 腕を組んだ雫が、ニヤリと笑う。俺はその笑みを見て、喜びを抑えるしかなかった。馬鹿にされているように感じたからだ。


「私がこんなことを言うのは珍しいんだから、素直に喜びなさいよ」

「そんなこと言うから、素直に喜べなくなるんだろ」


 唇を尖らせる。雫はそんな俺を見て楽しそうに笑っていた。馬鹿にするような笑いだったが、そこには、あざけりも、さげすみもない。ただ、楽しいから笑っているようだった。


「とりあえず、この後は、みんなと合流するのか?」

「それなんだけど」


 雫が、プリントの束を渡せと言わんばかりに手を差し出したので、俺は黙って従った。


「これを見る限りでは……」


 雫の目が、プリントの文字列を高速スキャンする。


「蜘蛛を解放した後の、先生達の脱出方法は記載されていないのよね」

「逃げるつもりはなかったってことか?」

「分からない。ただ、学年主任の机の中から出てきたってことは、学年の先生達には伝達してあるんでしょうね。私、集会のとき最後尾のほうにいたんだけど、後ろにいた先生は騒ぎが起こっても慌ててなかったもの」


 俺が香奈のバッグを教室に持っていった頃だ。

 職員室に置き忘れていて、香奈の携帯電話にメールをした。香奈の携帯はバッグの中にあって、俺の厚意は無駄に終わった。


「犠牲になることを承知で、あの場にいた。もしくは、想定外の出来事があったのか。体育館にいた教師も、他の生徒同様殺されたんだし……。ま、そんなことはどうでもいいけど」


 あの時、机から落ちた香奈のバッグの中に、卵の黄身のようなものが大量に付着していた。赤くて、どろりとしていて、触ると指と指の間で糸を引いた。


「脱出する経路、方法が見つからない以上、合流したほうがよさそうね。犯人が誰か突き止める必要もあるだろうし、あわよくば脱出する方法を知ってる可能性もある」


 あれは何だ。嗅いだことのない強烈な異臭。


「悔しいけど、今はそれしかないようね」


 それ以前に、なぜ落ちたプリントを整理する必要があったのか。なぜ俺を先に行かせたのか。そして、俺がその後に職員室に行ったとき、プリントは整理されてなかった。

 それはなぜか。


「そうと決まったらさっさと行くわよ、正臣」


 雫は俺に背中を向けて、職員室を出て行こうとする。

 だが、俺がついてきていないことが分かると、振り向いて首をかしげる。


「何ぼうっとしてるのよ? 死にたいのなら止めはしないけど」


 プリントの束を持った手を腰に当てて、呆れたように言ってくる。


「あ、ああ。スマン」


 俺は頭を二、三度小突いて、邪念を振り払う。そして、大きく息を吐き出す。邪念が、息と共に出て行ってくれるのを願った。


「まったく、しっかりしてよね。足を引っ張るようだったら、切り捨てるわよ。それと、これ、持ってて」


 月光の光で銀色に輝くそれは、鍵だった。下手投げは予想外にハイスピードで、俺は落としそうになりながらも、何とか両手でキャッチした。


「学校のマスターキーよ」

「何で俺が?」

「信じてるってわけではないけど……とにかく! アンタが持ってて、なくしたりしたら殺すわよ」


 雫は咳払いすると廊下に出て行く。

 照れ隠しのようなものが、混じっているように見えた。

 俺も続いて廊下に出ると、雫は廊下の奥を、真剣な表情で見つめていた。


「どうした?」

「何か聞こえる……足音」


 雫の手が俺の口を覆っていた。


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