「遅刻のハツカ」
父親と娘ハツカの忙しない掛け合い
ほとんど誰も見ない裏側に、あの戦争の記事が書いてある新聞紙を見ながら
朝っぱらからリビングで酒を飲む一人の男性。
黒く縁取った眼鏡の向こう側は、酔っているのか目蓋が半分下がっている。
その容姿からして日本人であろう男性は、一口二口酒を飲むと
机の上にコップを置き。
「ふぅん、あの野球選手引退したんだぁ……まぁ歳だもんね」
呟きながら再びコップを手に取る、彼が見ている記事は当然些細な
スポーツドキュメントの一端であった。 彼も裏側の記事には、何の感心も向けていない。
酒をまた一口、その時2階の部屋の方から、バタバタとリビングに繋がる階段から響く足音。
そして男性とは対照的な忙しない音とともに一人の女の子が階段から降りてきた。
男性はその女の子の方へ顔を向けて。
「おぉ、おはようハツカ」
男性は軽くコップを持ち上げて挨拶をした、だが帰ってきた言葉は
少しキツイ高鳴り声。
「おはよう……なんかじゃなぁい!何で起こしてくれないのパパ!」
黒いスカートは白く汚れ、針金の入ったリボンもグニャグニャな上
ボサボサの髪が顔の所々が隠れた状態で怒る。
ハツカと呼ばれた少女は鞄を持ち上げて、黒い眉を怒らせながら
自分の父親に向かって叫んだ。
父親はコップを下ろして、軽く困った顔をしてハツカを見つめて。
「ん~?それは君が自分できちんと起きてるじゃないかぁ」
「そうだけど……!時計が止まってたの!」
そう言って持ってきた目覚まし時計を大きく前に突き出して見せた。
時計は軸だけが石になってしまったかのように針が止まっている。
「電池を入れ忘れたんだねぇ、でも僕はその時計に何もしていないんだぁ」
それでも父親はおっとりした表情で娘をなだめるが。
「……もういいよ!まずい遅刻するぅ!」
髪もスカートの汚れもリボンも直す暇も無く
ハツカは靴を履いてかかとを踏んづけたまま少し遠くにある出口まで走った。
父親はそれを目で追う、視線はずっと足元を見て。
「ふむ……まるで少女漫画だねぇ」
父親は何となく思って呟くと、それを聞いてハツカは振り返り。
「飲酒男……っパパのエッチ!!」
何かを勘違いしたハツカはそう言って、父に向かって舌を伸ばし
直ぐに外に飛び出して行った。
家に残された父親は、軽く目蓋を閉じて顔を下げる。
そして軽くコップを持って、再び酒を一口飲もうとしたが。
父親は心の中で、先ほどの娘の言葉を思い出す。
「そんなに気に入らなかったかなぁ、僕の酒癖は」
父親は言い終わり、半開きの目でいつの間にかカラになったコップの中を見た。
そして視点は、強制的にハツカへと切り替わる。
父親は酒を飲んでもほぼ酔わないようだ
以上遅刻のハツカでした