婚約破棄されたガサツ令嬢ですが、なぜかヒモクズ王子に迫られてます
「ユエル、僕たちはもう終わりだ」
ユエル・リアリス、24歳。伯爵家令嬢。
あたしは今、最愛の婚約者に別れを告げられています。
「君は……何というか、ガサツすぎる。将来僕の伴侶として過ごしていく気概を感じられない。貞淑に、慎ましく生きろと常日頃から言っているだろう? 君の適当さ加減はまるでアイツを見ているようだ」
ハァとため息を吐く目の前の金髪の青年──ハイル・フェルベル殿下の瞳は、婚約者に向けるものとは思えない程冷たかった。
「っ、公式の場ではちゃんとしていたじゃない。それじゃあダメだったの……? 婚約者と二人きりの時くらい、素のあたしを見せたらダメなの……!?」
ガサツ。そう言われる心当たりはある。
けど、ありのままの君で良いってハイル殿下はあの時──あたしと出会った時に言ったでしょ……? どうして今になってそんなことを言うの……?
「ハァ……。僕の婚約者になるということは、将来国を背負う男の伴侶になることを指す。僕だって成長しているんだ。なら君だって成長してくれなきゃ道理がなってない」
「あたしの素の性格が未熟だって言いたいの!? あなたはっ、我慢して我慢して自分の心の声を押し殺して……そんなお人形さんみたいなあたしが見たいわけ!?」
ハイル殿下は王国の第二王子だ。
けれど、第二王子でありながら度重なる《《諸事情》》ですでに次期国王として即位することが決まっている。
将来の王妃になる覚悟──そんなものはとうに決まっていた。
周りの重圧に耐えながら、拷問に等しい貴族教育を必死に必死にやり続けて、殿下の隣に胸を張って立てるように頑張ってきた。
それを理解していないはずがない……のに、ハイル殿下が私を見る目には面倒臭さが映っていた。
彼は頭に手を当ててまた息を吐く。
「……君の声は頭に響く。……そもそもなぜ我慢という話になる? 落ち着きをもって正しく成長すれば、人は誰しも"完璧"になれる? そうだろう?」
「はっ……?」
あたしは愕然とした。
ずっと、そんなことを思っていたのかと。
甘い言葉を囁いてきたのは、あたしが"完璧"なんて悍ましいモノになれることを信じていたから……?
「そっ、そんなの……人間じゃない……っ」
「じゃあ君の限界はそれまでという話だ」
ハイル殿下はあたしを一瞥もせずに部屋から出ていった。
その足取りには13年間の感情なんて何一つ籠もってやいなかった。
ただただ、期待外れだと言わんばかりの冷めた足音だった。
「あたしもう、24よ……?」
もうとっくに結婚して子供を産んでいる年齢だ。
処女でもないキズモノに貰い手なんて現れるわけがない。
「…………」
遣る瀬無い。そんな感情に浸されていた。
13年も身を捧げてきた。
あたしの世界にはハイル殿下しかいなかった。
それなのに、身勝手な期待を背負わされて捨てられた。
もうどうでも良い。
◆◆◆
「や、随分と……うん、ヤサグレてるね」
「なに? あんたの弟に婚約破棄された情けないキズモノ令嬢を笑いに来たってわけ? 趣味が悪いわね。元々か」
「はははっ、オレの前でその口調になるのも久しぶりだね。ゆーちゃん」
「うるさいクソガキ」
あたしが婚約破棄をされたという噂はあっという間に広まった。
誰が広めたかなんて一人しかいないけれど、外聞のためか大きく脚色されて世間で私は王子を騙した毒婦だなんて言われている。
幸い両親はあたしの味方になってくれた。
けれど今のままじゃ到底外に出られやしないと、実家で軟禁状態だった──のに、コイツはそんなこと関係ないと言わんばかりに窓から入ってきた。
──さらりと額にかかる濡羽色の髪と、通りすがりの男女問わず誰もが振り返るような甘く整った顔立ち。
左目の下にポツリと落とされたホクロに、一体どれだけの女子が落とされてきたことだろうか。
ハイル殿下が正統派の美形だとしたら、コイツ──リュエルは圧倒的な色気を纏った──いけ好かない美形だ。
「何しに来たわけ? わざわざ不法侵入までして」
「ゆーちゃんのことが心配で来たって言ったら?」
パチリとウインクをする仕草は堂に入っている。
そこらの女の子なら頬を染めるところだが、コイツの本性を知っているあたしからするとドン引き以外の何物でもない。
「うわー、オレの笑顔でそこまで嫌な顔できるのゆーちゃんくらいだよ」
「あんたの笑顔ほど信用できないものはない」
「そう言いながらちゃんと会話してくれるもんね、ゆーちゃんは」
「それはあんたがハイル殿下の兄だか、ら……うぅぅ……」
「ほーら、泣かないの」
脳内を駆け巡る殿下との思い出。
悔しさと怒りと、僅かな悲しさで涙が出てしまう。
いつもは何するんだと弾き返す、コイツの髪を撫でる手を受け入れてしまうほどあたしは静かに追い詰められていた。
「……慣れてんのがムカつく」
「泣いてる女の子がいたらナンパのチャンスだからね〜」
「くず王子」
ははは、となんてことないように笑うコイツ──リュエル第一王子は不覚ながら──謂わばあたしの幼馴染というやつである。
──ヒモクズ王子、リュエル。
その名をこの国で知らない人間はいない。
第一王子でありながら全ての教育から逃げ、女遊びとギャンブルに明け暮れる放蕩王子。泣かせた女は数知れず。
王城からは実質的な追放宣言を受けているため、適当に引っ掛けた女の家に泊まり込んでいるという噂まである。
……まあ、どこまで噂が本当なのかは知らないけれど、少なくとも女好きなのは確かってこと。
昔は結構あたしとも関わりがあったけど、ハイル殿下の婚約者になってからは彼がコイツと関わるのを嫌がったから、自然と会う機会は少なくなっていった。
こうして面と向かって話すのはいつぶりだろうか。
遠目に見ることはあったけど……こんなにニヤニヤ笑ってるヤツだったっけ? 昔は確かにそんな感じだったけど、最近は陰のある表情が良い……みたいな噂が流れてたはずだけど……まあ良いや。
どうせ会いに来た目的は分かってるし。
「にしても、弟は何考えてるんだかねぇ。こんなイイ女を捨てるなんて、さ」
あたしの頬にリュエルの手が伸びる──のを、ペシッと叩いて阻止をした。
「節操なし。くず。かす。……なんて冗談。そんな真似しなくたって、あんたがあたしを心配して見に来てくれたのは分かるし」
「…………っ。ゆーちゃんには何でもバレるよね」
「幼馴染舐めんなし」
膝を抱えているからリュエルの表情は分からない。
ふっ……けど目論見がバレて悔しがってるに違いない。
コイツはそんな顔が見れれば少しは溜飲が下がるだろうと、少しだけ顔を上げて表情を伺おうとした瞬間──パッと視界がリュエルの手らしきものに遮られた。
「ちょっと、何すんのよ」
「今は見ないで」
「なんでよ」
「見せられる顔してないから」
「そんな謙虚なこと言うやつじゃないでしょ」
「そういう意味じゃなくて……はぁ、もういいよ」
パッと視界がひらけた。
改めてリュエルの顔を見てみるけど、特に変わり映えのしない相変わらずいけ好かない美形だった。
「ま、思ったよりゆーちゃんが元気そうで良かったよ。塞ぎ込んで自殺でもしようもんならどうしようかと思った」
あたしは少し図星を突かれて斜め上を向いた。
一瞬実行に移そうと考えたことだった。
もう疲れて、自分の人生って何だったんだろうって虚しくなって窓の縁に足をかけた。
けれど、これで死んでやるのはムカついた。
どうせあたしが死んだ報がハイル殿下に伝わったところで、「やはり完璧じゃなかった」なんて思われるのがとーーーっってもムカついた。
「ゆーちゃん? しようとしたの? 自殺」
「……シテナイヨ」
「ちゃんとこっち見て」
斜めに向いた顔を無理やり正面にさせられた。
真正面から見たリュエルの目はどこか据わっていた。
怒られる気配を感じたあたしは、わー、まつ毛長いなー、綺麗な目だなー、なんて現実逃避をする。
けれど、据わった目から唐突に雫がこぼれ落ちたことにあたしは驚いた。
「わー!! あんたが泣いてどうすんのよ!! 泣きたいのはこっちよ!!」
言った瞬間、リュエルに抱き寄せられた。
頬張った手の感触。体重の重み。広い背中。
何もかもあの頃とは違う成長したリュエルに、あたしは思わずどきりと胸が高鳴った。
「ちょ、何してっ……」
「──じゃあ一緒に泣こうよ。オレはゆーちゃんが死んじゃうかもって思ったら泣きたくなったよ」
その言葉は、私の胸に淀っていた想いを決壊させた。
「……ぐすっ、あ、たしもぉ……ハイル殿下が好きだったぁ……愛してたのにぃ……!! ひぐっ……うぅ……」
「うん」
一緒に泣こう。そんなことは初めて言われた。
涙は押し殺すものだと習ったから。人前で見せてはいけないものだと思っていたから。
私は泣いた。泣き喚いた。
静かに涙をこぼすリュエルは、ただ静かに寄り添ってくれた。
◆◆◆
「ここ2年くらい、殿下があたしに愛を囁くこともなくなった。けど、心は繋がってるって……思ってたのに……」
「ゆーちゃんはどうしたい? ハイルと元の関係に戻りたい?」
その言葉に少し悩んで、私は首を横に振った。
「あんなこと思われてて、あんなこと言われたらもう無理。スッキリした今──あたしにはムカつく心しかない!!」
「ははは……」
立ち上がってふんすっ、と言うあたしにリュエルは笑った。
それにしてもどうしてそんなことを聞くんだろうか。
「もしあたしが元の関係に戻りたいって言ったらどうしてたの? 手伝ってくれたの?」
絶対的に仲悪いからどうしようもないと思うけど……と思いながら聞いてみると、急にスンッと真顔になったリュエルが右手を顔の前で振った。
「え、どうやってゆーちゃんからハイルを消そうかなって」
「あんたね……」
「そりゃ大事な幼馴染を傷つけられて黙ってられる色男がいるもんですか、って話でしょ」
「色男は余計」
「事実でしょ?」
「……うっさい」
ニコニコ笑いおって……。
とはいえ、リュエルのお陰で少しスッキリしたのも事実だ。
「……ありがとね。……あんたもさ、いつまでも遊び歩いてないでいいコ見つけなよ」
「オレはゆーちゃん一筋だからなぁ〜」
「どの口が言ってんのよどの口が」
鼻で笑ってやると、少しムッとした顔をしたリュエルが立ち上がる。
そして不意にニヤリと笑うとあたしに向かって手を差し出した。
「ねえ、ゆーちゃん。オレと結婚してアイツを見返さない?」
そんな爆弾発言をして。
続きが思いつき次第連載します。
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