よく来たな勇者よ。ワシの味方になればお前に弊社株式の半分をやろう
この世界に魔族が現れ幾百年。
聖剣の勇者として選ばれた俺は苦難の道を越えて魔王城へと辿り着き、今、人類の悲願だった魔王討伐まであと一歩というところに迫っていた。
目の前にはおどろおどろしい玉座に座る魔王がただひとり、尊大な笑みに口を歪めて俺を見下ろしていた。
二メートルを超える巨躯を鋼のような筋肉が覆い、紫の肌の至る所から鋭利な角が突き出ている。
ニヤリと笑う口元にはぞろりと生えた牙が並び、黒く染まった瞳はまるでそこの見通せない奈落のようだ。
「よく来たな、勇者よ」
地の底から響いて来るような迫力ある声。俺は気圧されるまいと聖剣の柄を強く握りしめた。
「貴様が魔王か! 人類の怨敵たる貴様も今日で最期だ。この聖剣にかけて、俺は貴様を撃ち滅ぼす!」
「ククク……よい気迫だ。このまま倒してしまうのは惜しいな。どうだ、勇者よ……ワシの味方にならんか?」
「断る! 誰が貴様なんぞの軍門に下るか!」
口八丁で甘い言葉を繰り出し、人心を惑わせるのは魔族の常套手段。
そんな手に乗る俺ではない。
しかし魔王はその答えすら予期していたかのようにクククと笑い、「まぁ聞け」と俺を諫めるように手のひらを向けた。
「拙速に答えを出すのは愚かだぞ、勇者よ。この提案を聞いてもまだワシの誘いを断れるかな……?」
「ふん、魔族の考えそうなことだ……貴様が次に吐く言葉などお見通しよ!」
不気味な余裕を見せる魔王に、しかし俺も余裕を見せる。
相手は魔王。
魔王が勇者を口説き落とす殺し文句など、世界に一つしかない。先代も、先々代も同じ言葉で誘惑され、そしてそれを跳ね除けてきたのだ。
剣を交える前の前哨戦ではあるが――この舌戦を制する者こそ、この後の死闘を優位に進めることができる。その予感があった。
果たして、魔王は口を開く。
「勇者よ。もしワシの味方になれば弊社株式の半分を貴様にやろう」
「フン、やはりそう来たか。世界の半分などという甘言に踊らされる俺ではない!!」
俺は聖剣に魔力を込め、その刀身に光を纏わせる。もはや問答は無用。この先に語るはこの剣の一太刀のみだ。
と、そこまで覚悟を決めた俺はふと違和感を覚える。
「……待て魔王、貴様今何と言った?」
「聞こえなかったのか? もしワシの味方になれば弊社株式の半分をくれてやると言ったのだ」
株式?
「おい……そこは世界の半分と言うところだろう?」
「何を言っとるんだ貴様は……ワシに世界の半分をくれてやる権限などあるわけないだろう」
「!!」
「まるでワシが世界の支配者かのような物言いだな? ククク……気持ちは嬉しいが、まだそのような器ではないぞ」
魔王は照れたように頬をかいた。
「し、しかし貴様は世界の支配を狙っているのだろう!?」
「否定はせぬ」
俺の問いに、魔王は臆すことなく即答する。
「物流、販売、飲食、娯楽……王国のあらゆる産業に喰い込み、やがては弊社抜きには回らぬ世を作る……それこそがワシの思い描く究極の野望! ククク……王国内に顔の利く貴様を手中にするのは、その第一歩というわけだ」
「弊社……そう言えば株式がどうのと言っていたな」
「うむ」
先ほどから、まるで奴が会社を経営しているかのような口ぶりではないか。
そしてそれはどうやら口ぶりだけではないらしかった。
「時価総額にして13億円、売上高は40億円。既に手広い産業に参入し、昨年の利益成長率は驚異の21%を記録した……ワシが心血を注ぎ作り上げた『マオウ・コーポレーション』! その発行済み株式の半分を貴様にくれてやろうというのだ」
「時価総額……13億だと!?」
魔王は誇らしげに自らの会社について語った。
投資なんてネズミ講しかやったことのない俺でも分かる。時価総額13億ということは、半分の株を貰えば6億5千万が俺のものになるということだ。
正直、「世界の半分」よりずっと具体的で心が揺さぶられる……!
「し、しかし騙されんぞ……! 魔王が経営する会社など非合法の塊だろう。株を貰ったところですぐに不祥事が発覚し、紙切れになるに決まっている!!」
そんな俺の糾弾にも魔王の余裕が崩れることは無かった。
「ククク……弊社は過去に二度、税務調査に入られたことがあるが……」
ニヤリ。
その笑みに、「ま、まさか……」と背筋がぞっとするものを感じた。
「どちらも問題なく終えておる」
「な、なんだと!?」
あの悪魔のごとき所業、税務調査を!?
「税務調査って、絶対に何かイチャモンつけられて延滞税をむしり取られるものじゃなかったのか!?」
「ククク……弊社は元国税局員だった税理士さんに対応をお願いしているからな……」
敵の手の内は知り尽くしているということか……!
魔王……恐ろしい相手だ。
「だ、だがいくら税務が完璧だろうと実際の事業内容が合法とは限らないだろうが!!」
「IR(投資家向け)資料あるけど見る?」
そう言うと魔王は一冊の冊子を魔法で俺の手元へ送った。
厚さは50ページほど。全面カラーでなかなかいい紙を使っているのが分かる。
俺は聖剣を魔法で手元に浮かせ、その冊子を開いた。勇者たるもの、敵前で鞘に納めるような真似はしない。
「地方コンビニチェーンの展開、食品輸送、アニメグッズの下請け製造……おいおい、託児所や介護施設の運営までやってるのか。かなり手を広げているな……」
「ククク……弊社は利用者の心に寄り添ったサービスをモットーとしているからな……G●●gleレビューの評判も結構いい」
「なんだと……!? 飲食店以外でG●●gleレビューが参考になるのか!?」
「結構なる。ワシはパソコンとかメガネとか高いものを買う時のお店選びに使っている」
何ということだ……俺はG●●gleレビューと言えば飯の美味いか不味いかしか見ていなかったというのに……!
魔王……ここまでできる奴だったとは。正直侮っていた。
「くっ、まだだ! いくら事業内容が健全でも企業自体がクリーンかは別問題だ! どうせその利益も従業員の命を搾り取るようにして生みだしたブラック企業なのだろう!?」
「ククク……ここに去年の新卒採用時の募集要項がある」
魔王はビっと一枚の紙を掲げた。
いやな予感を覚えつつも、魔法で送られてきたその紙を受け取る。
そこには衝撃の事実が書かれていた。
「初任給27万円(昇給年1回)、ボーナス年2回、完全週休二日制で平均残業時間は月10時間、通勤費全額補助、家賃手当月2万円、社保完備、人間ドック補助、資格取得支援に託児施設の優先入所権……だと……!?」
「ククク……社員食堂には地元で20年食堂を開いていたおばちゃんを採用している」
「結局そういうのが一番いいやつ!!」
毎日使う社食にホテルだとか高級レストランの勤務経験など必要ないのだ。
なんというホワイトさ。なんという充実っぷり。その条件なら俺が働きたいくらいだった。
「ん? ちょっと待てよ、俺がお前の仲間になるということは……」
「残念だが現在中途採用は募集していない。貴様とはただの業務提携よ」
「チクショオオオオオオオオオッ!!!!」
悔しさのあまり跪き、拳を地面に打ちつける。鈍い衝撃音と共に石の床に亀裂が入った。
気づけば俺は血の涙を流していた。この悔しさを無駄にしないため、絶対にこの企業の粗を見つけ出してやる……!
「絶対におかしい……話がウマすぎる。何か裏があるに違いない……いや、そもそもだ」
俺はとある可能性に思い至った。
「そもそも貴様が言っていることが真実という保証もない! 魔王、貴様は俺に嘘をついているな!?」
IR資料も募集要項も、このAI時代なら秒でそれらしいものを作ることができる。
奴の……魔族の言葉を真に受けるなど、俺はどうかしていたのだ。
俺の鋭い指摘を受け、魔王は静かにクククと笑い声を漏らした。その態度を見て俺は確信する。やはりか!
「ククク……さすがは勇者だ、よくぞ気付いたな」
「フン、最初から魔族の戯言など信用していない! 甘く見るな!!」
ニヤリ。俺は自分の勝利を確信する。
「確かに、ワシは貴様にひとつ嘘をついた」
「ひとつ、だと?」
嘘はひとつしかないと言うのか? 衝撃の事実に俺のニヤリ顔が凍り付く。
会社の業績、事業内容、給与や社会保障、福祉制度の数々……それらの内たったひとつを除いてすべて真実だと……!?
「なんだ……その嘘というのは何なんだ!?」
俺はいても立ってもいられず叫んだ。どうか社員食堂のことじゃありませんようにと、心の中ではそればかりを祈っていた。
そんな俺の胸中を見抜いていたのだろうか。魔王もまたニヤリと笑い、ぞろりと生える牙を見せた。
「弊社株式の半分をやると言ったが……厳密には貴様にくれてやるのは49%だ」
「49%……だと……!?」
「ククク……議決権は大事だからな」
俺と魔王、そして周囲の時間が止まったかのようだった。
その言葉に嘘偽りのないことはその瞳を見ればすぐに分かった。
どれだけの時間そうしていただろう。長く感じたが、実際にはきっと数秒程度のことだったのだろう。何しろ、俺に考える時間は必要なかったのだから。
俺は玉座に向かって歩き出す。そして魔王も玉座から立ち上がり、こちらへ向かって歩き出す。
言葉は不要。
互いの中間、対等な位置で立ち止まった俺たちはそれぞれの顔を見合い、そしてふっと笑いを漏らした。
力強い握手が結ばれる。こうして後世まで語り継がれる巨大複合企業「マオウ・カンパニー」は王国進出の第一歩を刻んだのだった――。




