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小説を書く理由、書かなかった理由

掲載日:2026/06/13

 久しぶりに次の小説の話とか考えている。


 考えていてわかったんだけど、自分はやはり創作が好きだということ。

 書いている最中は自分でも驚くくらい充実しており、物語のことで頭はいっぱいで、その時間は自分にとって最高の時間。


 ――反面、この時間がなくなるということは、自分にとって耐えがたいほど最悪な時間だったりする。


 去年の話になるんだけど、25年前から書きたいと思って書けていなかった作品を書きあげた時のこと。

 書いた文字数は約20万文字。かかった日数は3ヶ月。


 10万文字を数ヶ月~1年かけて書く人がいるなか、異常なペースで書きあげたんだということは、なんとなくわかってもらえると思う。


 書いている時間は、まさしく自分にとって至福の一時(ひととき)だった。

 時代を逆行。25年間の想いの清算。流行り廃りなど関係なく、ただ自分が書きたいから書くという最高の自慰行為。


 書きあげた作品は、25年前に(えが)きたいと思っていたこと全てを詰め込んだ、まさに自分の夢そのものだった。

 死ぬまでに書きたいと思っていた作品を、ついに書きあげることができたんだ……!


 ――そんな思いは1日で終わる。それから僕は、情緒不安定になった。


 なんせ25年間、僕を支えてきた〝想い〟が――心の拠り所がなくなってしまったのだ。


 長い年月、たった1つのことを忘れないでいることは並大抵のことではない。

 辛い時も苦しい時も、楽しい時も狂いそうになっている時ですら、僕の頭の中の片隅には、常にその小説への〝想い〟があった。

 それが、作品を完成させたことでなくなってしまったのだ。その喪失感たるや、長年連れ添った友人を亡くすに等しいものだ。


 それから僕は何か書こうとしても全く書けなくなった。意欲が湧かないのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その喪失感が、クッキリと頭の中に刻まれて愕然としていた。


 何をしても元気なんか出ない。意欲も湧かない。習慣だった執筆も、いつの間にかやめてしまっていた。

 同時期に別のトラブルがあったんだけど、今考えてみると幸運だった。正直、あの時の喪失感に向き合っている方がよっぽど苦しかった。


 そうして『今は忙しいし、独立したし』と自分に言い訳し続けていたら、人生がつまらなく感じてしまった。

 仕事をしていても、事業のことを考えていても、勉強していても、筋トレしても運動をしても酒を飲んでも何も面白くない。


 仕事があり、能力も十分。

 家族もいて、両親も生きている。

 子供も元気で、毎日微笑みかけてくれる。

 対外的に見ればどうしようもなく幸せな人間で、ただ内面を覗けば手に負えないほど空虚な心。


 ――生きていても意味がない。本気でそう思ったこともあった。


 何をしても面白くない。ただ決まった処理をするだけの社会人(マリオネット)

 胸の内から湧いてくる感情はなく、成し遂げたいことも生まれてこない。ただ無気力に人としてのルーティンをこなすだけの存在に成り果てる。

 

 毎日辛くて辛くてしょうがない。明日生きていくことだって自信がない。

 いつか何かの拍子に、糸が切れた人形のようにコトンと壊れて(死んで)しまう。

 他の誰よりも恵まれている癖に、そんな思考が止まらなかった。


 こんなに苦しいのであれば、いっそ死ぬ前になんでもいいから何か書いてやろう。

 そう思っても、筆は進まず、何も思いつかない。ただただ無為な時間だけが過ぎるばかり。


 ああ、こりゃあいよいよダメだ。そんな頃だった。


 そんな思いを抱えていたある日、事業仲間との交流会があった。

 交流会で話した相手を、少し笑わせてみたい。ふと、そんな欲求にかられてふざけて書いた文。


 『うわ、なにこれめっちゃ面白いwww』


 よくある定型文。チャットの流れで発生したお世辞。なんてことはない、その一言が、自分にはとても嬉しく思えた。

 もっと笑わせてやろう、と拙い文章を書きなぐると、みんなは予想以上の反応を見せてくれた。


 仲間内でしか晒せない、下品ともとれるような内容を書いたように思える。

 ただ、それでみんな笑ってくれたのだ。反応があったのだ。


 そして理解した。

 

 ――ああ、やっぱり文章って書いていて面白いな! と。


 僕は、()()()()()()()()()()()()()()()

 自分の想いを言語化して書きあげた作品。

 本来であれば喜ぶべきことだったのに、生きる糧として支えてもらった〝想い〟がなくなって()()()()()()()()()()


 創作できなかった25年間で苦しくない日はなかった。

 生きているだけで辛い毎日だったから、いつか書いてやるんだ! という〝想い〟だけで今まで生きてきた。

 作品を完成させたことで、その支えがなくなったことに、気付くことができなかったのだ。


 ――まぁでも、気付いたなら……。

 

 今までは支えてもらってきた。ただ気付いたのなら、もう自分で動きださなければ。


 『Color!』を書きあげたことで、僕はもう、夢を叶えたのだ。

 だからいい加減、次に進まないといけない時が来た。


 支えてもらわないと生きていけなかった自分は、もういない。

 何かにすがって生きるのは、いい加減やめなければならない。


 僕は創作に感謝をしている。

 創作があったから、僕は生かされてきたんだと。


 だから今度は、自分を生かしてくれた創作に恩返しをする番。


 残りの人生、僕は自分を生かしてくれた創作に時間と意欲を注いでいくのだ、と静かに決意した。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

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去年の9月24日、私は25年間書きたかったこみっくパーティーの二次創作『Color!』を執筆。

こんな古い作品の二次創作なんて誰も読む人はいない。感想だってもらえるかわからない。でも死ぬまでに書きたい、という思いを捨て去ることはできず、3カ月間かけて一気に執筆した。


書きあげた後の予想外は2つ。

1つ目は、僕の人生は、自分が思っている以上に過酷で救いがなく、それを自分が自覚できていなかったこと。

2つ目は、そんな中でも『Color!』を執筆する、という想いに、自分でも思っていた以上に支えられていたこと。

大の大人の癖にまことに恥ずかしい限りなのだが、僕は書きあげて今までの支えがなくなって寂しく喪失感でいっぱいで立ち直れなかったのだ。


去年の僕は今までを振り返ってみても1番過酷な年だった。

他にもいろいろな出来事に巻き込まれて大変だったしね。この寂しさの正体に気が付くまで、本当に時間がかかった。


幸いなことに、本当に辛かった時期はとっくの昔に過ぎ去っていたこと。

だから以前よりも幸せで、恵まれる状況にあることにも、気が付くまで時間を要した。

自分はどん底だという貧困マインドはみっともないけど、そうでもないと生きていられない時期というのもあるのだよ。


今回執筆したエッセイは、ある意味で自戒、そして再出発のための一歩だと思っている。

この25年間、書きたいと願ったのは『Color!』だけではない。様々な衝動が、以前の僕には確かにあった。

しかし、その衝動を文字通り押し殺して生きてきた。

あの頃の衝動が、今でもなくなっていないか祈るばかりである。


僕は後どれだけ創作に書ける時間があるのだろうか?

また創作以外にやるべきことはたくさんある。人間年を取ると、やりたいことばかりに時間を使ってはいられないのである。


それでも元気で情熱が残っている内に、自分の作品で、1人でも多くの人たちを笑顔にすることができれば、きっと自分の人生にも意義があったんだ、と胸を張って言えるのではないかと思う。


そんな人生を目指して、少しでも多くの作品を、世の中に発信していこうと思う。

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