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十二夜  作者: 朝霧露風
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第4話

 翌日からマリユスの小姓としての日々が始まりました。


 そこでまず知り合ったのは、同じ小姓として公爵様に仕えるもう一人の少年でした。


「へえ」


 そばかすだらけで人懐こそうな笑顔の少年は、宮宰(きゅうさい)や執事とは違いもっとあからさまな視線でマリユス少年をじっくりと見やりました。


「俺はアンリ、よろしくな。それで、君はどっか勤めてたこと、あるの?」


 マリユスはどことなく下を向いて答えました。

「い、いいえ。こういうお屋敷にお仕えするのは、あの、はじめてです」


 アンリはにやりと顎を上げ、


「素人か。普通はもっと格の低いところに出るとか、自分とこの親父の小姓をやって経験積んでから、よい小姓ですからぜひって推挙されてうちみたいな上流貴族の屋敷に上がってくるもんだってのに」


「わ、わたしが勤めるのはおかしいって、思うのですか?」


「はあ? そんなこと誰も言ってないだろ? 人の話を曲解するなって。僻んでるみたいでみっともないから。そういう性格、俺の前だったらまあいいけど、他の人のいるところでは出すなよ。公爵様の評判下げるから」


 肩をすくめながら先輩らしい助言をすると、アンリ少年はマリユスを公爵様の書斎へ連れて行きました。



「早速だけど、今日のあんたの仕事。公爵様はお出かけだから身の回りのお世話はない。だけどそれだけが小姓の仕事じゃないんだよね。そういうわけで、ここ掃除しといて。公爵様のお気に入りの部屋なんだから、丁寧にな。今日はまず埃をきれいに払うんだ」


「は、はい」


「ちゃんと仕事が出来るヤツか、見てやるからな」


 肩をすくめるのはアンリ少年の癖のようでした。

 彼はニヤニヤしながら言うと、小さく肩をすくめ、きびすを返して行ってしまいました。



 アンリ少年の言葉に少し気落ちしながらも一人にされたことにどこかほっとして、マリユスは書斎を見渡してみました。


 公爵様のお気に入りのお部屋。


 灰白色がかった化粧漆喰の壁面の部屋で、一面が書棚になっていました。窓は二つ。中央には書見台と、壁に寄せられたゆったりとくつろげそうな椅子、小さなテーブルも脇にあります。


 部屋の中をゆっくりとたどっていたマリユスの目が、一巡りを終えたところではたと瞬きました。


「掃除道具、どこかしら」




 「あいつですか? んー、そうですねぇ、悪い子じゃないんだけど、全然役立たずですね。心構えもなってないし、ただの素人ですよ、あれじゃ」


 夜、公爵様がお帰りになり着替えを手伝いながら、アンリ少年は公爵様の問いかけに答えて言いました。


「手厳しいね」

 公爵様は笑いました。


「だって、本当にそうなんですって。今日はどのくらい手際がいいか見ようと思って書斎の掃除頼んだんだけど、全然終わってないんですよ。それなのに言うことが、羽バタキを探していたら半日過ぎちゃったって。それに、あいつ、執事のドゥリヴォーさんに手伝わせてたみたいなんですよ。ドゥリヴォーさんは様子を見に来ただけとかおっしゃってたけど。だからって棚から下ろした本を持っていただいたりってのはどうでしょうね。ドゥリヴォーさんってやさしい方だけど、それに甘えられてもな、と思いますよ」


 新しい小姓の少年について思うことは他にもいろいろとあったのですが、アンリ少年はそのくらいで言葉をひかえました。彼には公爵様の小姓にふさわしいわきまえがあるのです。


 着替えの済んだ公爵様は椅子に収まり足を組むと、軽く指先を口元に運び、かすかに笑いました。

「あの子はもともと小姓向きではないのですよ」


 その言葉ににっと目を輝かせ、すぐにすました表情に戻ると、アンリ少年は慎重にうなずいてみせました。

「同感です」


「まあ、もう少し様子を見てみましょう。あの子は君のように打たれ強いようではないし、一日でクビにしてはあの子が傷つく」


「繊細、くらいは言ってあげましょうよ」


 公爵様はそれには言葉でも表情でもまったく反応を見せず、椅子の中から先ほど自分が脱いだ衣装を整えてゆくアンリを、まるでじっと検分している様子です。


 笑みを浮かべてはいるけれど、その眼の中には確かに、過分に親しむことを許さない主人と召使との隔たりがありました。


 さっきの言い方は、公爵様に対して少し馴れ馴れしすぎたな。ちらりとそんなことを思い、アンリ少年は自分の仕事に戻りました。


 気が合うなって思ったらつい気が弛んでしまった。次は失敗しないようにしなくちゃ。


 アンリの動作は手早く、それでいてあわただしい印象を与えないのです。目配りがよいのでしょう。

 公爵様はそんなアンリ少年に満足されたのか、立ち上がって、おっしゃいました。


「君の仕事ぶりはわかっているから、安心しておいで。そしてあの子には優しくしてあげなさい。たぶん、しばらくのことだ」


「はい」


 手を止めてきちんと向き直り、公爵様の小姓というよりも執事かなにかのようなもっともらしい身振りで、アンリ少年は念入りなお辞儀をして、公爵様を見送りました。

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