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十二夜  作者: 朝霧露風
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第1話

 ベルクール公爵家の今をときめく若当主フレデリク様のお屋敷は、洗練された造りで有名でした。正門から入りながら見る建物の均衡のとれた美しさは、皇帝陛下も好んで足を運ばれるとか。

 ただ、すべて左右を対称に造られたお屋敷の西翼には、せっかくの調和を少々壊して奥にふくらんだ部分があり、そこは使用人たちの仕事場と寝室となっていました。



 使用人ホールでは、今まさに、マリユス少年が各仕事場を案内されているところでした。


 案内をしているのは、ベルクール公爵家の宮宰(きゅうさい)アンブロワーズ・カヴァルカンティ氏と、執事のウジェーヌ・ドゥリヴォー氏でした。


 宮宰(きゅうさい)とは、主人の片腕、時には主人に代わって領地での行政から裁判等も行う職で、執事は公爵家の家政のすべて取り仕切り、多くの使用人たちを監督する立場にある職でした。


 執事のドゥリヴォー氏がマリユスの横に立ち、手で廊下を示しました。

厨房(ちゅうぼう)と洗濯室はこの並びです」


 マリユスがホールから廊下の先へと首を伸ばすと、仕事をする女たちの声が響いてきて、確かにそちらが厨房(ちゅうぼう)や洗濯室なのだとわかりました。


「以上があなたの職場です」


「は、はい」

 マリユスは緊張から声をうわずらせてうなずきました。



 次に宮宰(きゅうさい)のカヴァルカンティ氏が一つの扉を示しました。


「ここが宮宰(きゅうさい)であるわたしの部屋です。わたしはおおむね公爵様と仕事をすることが多いですし、実際のところあなたが出向かれるべき部屋ではないでしょう」


「あ、はい。そうですね」


「執事の部屋はあちらになります」


 宮宰(きゅうさい)の部屋とは廊下を挟んで反対側の扉を示されました。どちらも扉は同じ作りでした。


「何か不都合があれば、執事に相談をしてください」


 宮宰(きゅうさい)のカヴァルカンティ氏が言い、執事もうなずきました。


「わかりました。よろしくお願いします」


 マリユスが頭を下げると、公爵家の召使にふさわしく丁寧でそつがない二人の上級召使は、新しい召使を歓迎するともしないとも判断できない平らな表情で「こちらこそ」と慎み深くうなずき返しました。執事のドゥリヴォー氏は、うなずく時にかすかに右の眉を上げました。


「使用人の部屋は上の階になります。あなたの荷物はすでに部屋に運んであります」


 三人は階段を上りました。


 カヴァルカンティ氏が部屋の鍵を開け、鈍い古金色の鍵をマリユスに手渡しました。


「服は衣装棚に入っていますから、それに着替えたら、わたしの部屋へいらしてください。あなたのこの屋敷での仕事を具体的に説明しましょう」


「はい」


 そして二人の上級召使は、マリユスを残し、戻ってゆきました。



 「ふう」


 マリユスは鍵を握りしめ、のろのろと部屋に入りました。


 さすがに公爵様のすばらしいお屋敷でも使用人の部屋は狭く、調度品もいささか古いようでした。けれどもすべて気持ちよく整えられ、ベッドのシーツや枕カバーは洗いたてで糊がきいていて清潔そうです。


 西日になるのは残念だけれど窓も小さいながらついています。取っ手を押し上げ開けてみると、そこからはちょうど裏庭と裏門が見えました。使用人が二人、荷物を抱えてその門をくぐっているところでした。


 目を上げた右手には、なだらかに降りていく丘陵に添う一本道がずっと遙か先まで見えました。左手には低く穏やかな森、その奥に見えるのは空と親しみ合う遠い山でした。


 マリユスは振り返ってもう一度部屋を見ました。そこは本当に寝るためだけの小さな部屋でした。


 ベッドが二つ並んでいます。本来は二人部屋のようですが、マリユス一人で使えるようです。他に誰かが使っている様子はなく、マリユスの荷物だけが床に置いてありました。


「奥様にそそのかされただけのつもりはなかったけど」



 「大丈夫。あなたならできるわ。あなたのことを知ってもらわないと。すべてはそこからよ」



 奥様は派手に見せかけることを好まれる方ではないのに、なぜかしらそこに立っているだけで場が華やぐ、きらやかなご様子でいらっしゃるのです。


 そんな奥様とお話をしているうちに、マリユス少年は本当に奥様がおっしゃるとおり、自分を知ってもらえないままでは済まないような気になったのです。


 それは自身の誇りから起こる気持ちのようでした。そして同じ誇りが、マリユスの顔を上げさせ、ここへその身を連れてきたのです。


 けれどいざ乗り込んでみると、一人ぼっちの頼りなさに気持ちが萎えそうでした。なぜあの時はひどく簡単なことのように思えたのでしょう。


 奥様はてきぱきとすべてを仕組み、手配されました。ここまで来たら、ユリウスはもうその手配のまま役割を果たすしかないのです。


 気後れは今だけ。

 ユリウスはそう自分に言い聞かせました。

 今この気後れに負けなければ、あとはなんとかなる。


 衣装棚を開けてみました。白と濃紺を基調にした小姓の服がきれいにたたまれて置いてありました。


「お仕着せもちゃんと洗濯されている」


 マリユスはそれを取り出し、ベッドに広げてしばらくしげしげと眺め、前後をよく確かめて袖を通しました。

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