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十二夜  作者: 朝霧露風
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第9話

 公爵様一行がサン=ジュスト家の屋敷に着いたのは、もう日が落ちてしまった後でした。


 すでに公爵様が各地を巡るようにちょっとしたご旅行をされているとは領地内に知れ渡っていたのか、サン=ジュスト家の屋敷ではすでに公爵様を歓迎する晩餐会が用意されていて、突然の大盤振る舞いには小姓も(はべ)ることを許されました。


 御馳走はどれも大変に力の入ったこの地方独特の料理で、とてもおいしそうなお皿もあったのですが、一緒にたいそう珍しい物も並んでいました。


「モグラの料理なんて、俺、はじめて見た」


 椅子に座る公爵様の背後に並んでいたアンリ少年が、思わずマリユスに耳打ちしました。マリユス少年もうなずきました。マリユスもモグラ料理ははじめてでした。


 しかも顔や手足がよくわかる、姿焼きなんて。ほぐされて他の食材などと一緒になっていて、モグラの肉だと一目ではわからない調理だったらまだよかったでしょうにと思わずにはいられません。


 公爵様とサン=ジュスト家の主人は楽しく食事と歓談の時を過ごされました。公爵様はそのモグラ料理を気持ちよく賞味され、おいしいと褒めそやされました。


 たぶん公爵様はモグラを口にされるのは生まれて初めてです。アンリがそう教えてくれました。


「そちらのお小姓の方々も、せっかくなのだからお食べなさい」


 主人たちのテーブルから離れた場所でおこぼれを立食していた二人に、親切な声がかけられました。持って行ってやりなさい、と主人が自分の召使に手ずから大皿を渡し、それが二人の小姓の元へうやうやしく運ばれてきました。


 主人たちのナイフやフォークがさんざんつついた後の、冷めたモグラ肉のお皿でした。


「あまりにおいしい食事の数々で思わず大食してしまいました。残念ですが、もうこれ以上は胃に入りそうにありません」


 アンリはすまなそうな表情を屋敷の主人にも皿を運んできた召使にも交互に向け、丁寧に頭を下げました。


「遠慮は不要だ。これは我が領地の伝統料理なのだぞ。特別な客以外に出すことはない」

 サン=ジュスト様はそう大声で言い、大きく笑いました。


 マリユスが気づくと、今度はその皿がマリユスへ向けられていました。頭だけになったモグラの空洞の目がマリユスをまっすぐに見ています。


 隣ではアンリの目もけしかけていました。サン=ジュスト様の目も、マリユスの次の動作を待ち受けています。


「小姓たちももうお腹いっぱいと申しておりますから」

 と公爵様が口添えしたのですが、サン=ジュスト様は笑いながら手を振り、

「小姓にはよく食べさせ、よく育ててやるものですぞ」

 と譲りません。


 マリユスは密かに決意の息を吸い込み、

「いただきます」

 勇敢に大皿へ向かって自分のフォークを差し向けたのでした。




 「まったくさぁ、本当に喰うやつがあるかよ」


 結局あのモグラを食べたのは、一行の中では公爵様とマリユスだけで、他の者たちはアンリのように体裁よく断りを述べて口をつけなかったのでした。


 薬味か何かでうまくあの生臭さを消してあればよかったのでしょうが、直火で焼いただけのモグラは見た目のグロテスクさに加えて食べつけない野趣あふれる味わいで、今マリユスは鮮明に刻まれた皿の上のモグラの姿の記憶と喉元や胃に残る不快感にぐったりとなっていました。


「でも、あちらは儀礼として公爵様のために特別な料理を用意されたのだから……」


 アンリは鼻で笑いました。

「それで気分悪くして、公爵様のお世話が出来なくなっていいわけないじゃないか。自分は何者で、何をしなくちゃいけないのかとか、そういうこともきちんと考えて行動しないとだめだろ」


 おかげでアンリは一人で就寝前の公爵様のお世話を済ませねばならなかったのです。しかも勝手のわからないよその屋敷で。


 いつもならマリユスにこちらの召使に用意してほしい物を取りに行かせていたのに、今夜はそれもアンリの仕事となり、手際が悪くて仕方ありませんでした。


 けれどもアンリは最後には心の広さを示してマリユスを許してやりました。


「公爵様の小姓のちょっとばかりの粗相(そそう)をとがめられるもんか。ここの家と公爵家では全然、格が違うんだからな。あっちから申し訳なかったって頭を下げにきてもいいくらいだと思わないか? あんな不味そうな料理出してくる方が悪いんだもんな。どうかしてるよ。あんなもの食べる習慣は公爵家にはないって、それくらい知っておけって、なあ。サン=ジュスト家って物を知らなすぎ。もてなしの心がないんだよ」


 小姓はそう考えるのね。マリユスは口をつぐんだままでした。


 せっかく励ましてやってるのに。アンリは不愉快な気分になりました。いい機会だから貴族のやり方だって教えてやってるんだぞ。


「おまえ、素直じゃないんだな、こういう時」


 サン=ジュスト家の悪口言いたくないとか思って、いっつもこいつ、いい子ちゃんぶってさ。人の親切がわからない、愚かなヤツ。


 アンリはもう慰めてやる気分ではなくなり、肩をすくめて立ち上がりました。

「とにかく、ゆっくり休めよ。で、明日までに治しておけよな」



 アンリは部屋を出、すぐに誰かと出会ったようでした。


「公爵様? どうしたんですか?」

「マリユスはどうしている?」


 声が聞こえ、マリユスははっと目を見開き、アンリが出て行って横たえた体を起こしました。


 二人は短く言葉を交わしあったようでしたが、鮮明には聞き取れませんでした。


 ただ、アンリが、サン=ジュスト家には令嬢がいなくて残念でしたね、と最後に少し冗談っぽく言ったようなのが聞こえただけでした。そういえばあの晩餐の席に若い女性の姿はありませんでした。



「マリユス」


 マリユスが息を殺すように耳を澄ませていると、公爵様のお声が部屋に入ってきました。アンリはそのまま自分の部屋へ去ったのでしょう。顔をのぞかせたのは公爵様お一人でした。


「公爵様」

「具合はどうですか?」

「はい。大丈夫です。きっと今夜一晩眠れば、明日には元気になります。ご心配をおかけしました」


 公爵様は健気な小姓にかすかにほほえみ、湯気の浮かぶカップを差し出しました。

「これを飲むといい。薬草茶です。胃がスッキリするから」


 わざわざご自分でお茶を用意して、持ってきてくださったの? マリユスは驚きました。公爵様が、小姓のために、こんな風に気を遣ってくださるなんて。


「あ、ありがとうございます。公爵様」


 マリユスはカップを受け取り、公爵様に見守られながらそれに口を付けました。かすかに蜂蜜のような香りがある、爽やかな風味の温かなお茶でした。


「けして口に入れたいような物ではなかったでしょうに、よくあの料理を食べてくれましたね」


 公爵様はゆっくりと話をするために、マリユスのそばの椅子に座られました。


「わたしはまだ年が若いこともあって、あのような年配の領主たちから少々侮られて見られる時があるのです。今夜のあの食事は、伝統的な料理であることに嘘はないと信じたいところですが、それより、わたしの(うつわ)を試す意図があったのだと思います。わたしがモグラを食べてみせたので、なんでもいいからわたしの汚点になる出来事が起こらないかと期待して、あの料理をあなたたちにも勧めたのでしょう。サン=ジュスト家はこの辺りでは一番力を持っているのです。だからこそわたしに器量(きりょう)があると認めさせた時には、一番頼りにもなるのですが」


 マリユスはこくりとうなずきました。

「貴族の間には、高度な社交術があるのですね」


「そう。たとえ部屋でゾウが暴れていたとしてもにこやかに振る舞わねばならないこともあるし、胃袋を犠牲にしなければならないこともある」


「はい。父もそういっていました」


 公爵様は一瞬目を細め、気を変えたように立ち上がりました。


「少し愚痴めいたことを語ってしまいましたね」


 そして表情をやわらげ、

「明日、朝食の前に少し馬に乗ろうと思っているのです。つきあってもらえますか?」

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