閑話/葬送
雨は降っていなかった。
それでも空は重く、雲が低く垂れ込めている。
城外の小さな丘に、人はほとんど集まっていなかった。
英雄の葬儀ではない。
ただの、ひとりの冒険者の見送りだ。
棺の前に立つと、足が止まった。
――開ける必要はない。
もう、何度も見た。
それでも、そこに彼女がいるという事実だけが、現実味を持って胸に刺さる。
司祭が短い祈りを捧げる。
神の名も、救済の言葉も、耳を素通りした。
(……本当に、いないんだな)
実感は、唐突に訪れた。
隣に立つ兵士が、気まずそうに視線を逸らす。
誰も、俺に声をかけようとはしなかった。
棺が土に下ろされる。
土の音が、やけに大きく響いた。
終わりは、あっけなかった。
人が散り、丘に残ったのは俺ひとりになる。
しばらく、その場を動けなかった。
イヤリングを、掌の上に乗せる。
小さく軽い。
彼女の命の重さとは、まるで釣り合わない。
「……守るって言っただろ」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
返事は、もちろんない。
風が吹き、草が揺れる。
それだけで、世界は何事もなかったかのように続いていた。
(置いていくなよ)
胸の奥で、そう呟いた。
英雄として称えられる世界で、
彼女の名を呼ぶことさえ、もう許されない気がした。
ルナリは、丘を振り返らずに歩き出す。
この喪失を抱えたまま、生きていくしかない。
その覚悟だけが、静かに心に残っていた。




