勇者の檻
王都は、夜でも明るかった。
通りには灯りが溢れ、人々の声が重なり合って、ひとつのうねりになっている。
魔王討伐――その知らせは、想像以上の速さで世界を駆け巡った。
城門をくぐった瞬間、歓声が爆発した。
兵士、商人、子ども、誰もが名前を叫ぶ。
「勇者だ!」
「魔王を倒した英雄だ!」
その言葉が、胸に刺さる。
俺は笑えなかった。
手を振ることも、応えることもできず、ただ前を向いて歩いた。
城の大広間では、盛大な祝宴が開かれていた。
金色の装飾、山のように積まれた料理、鳴り止まない音楽。
誰かが杯を掲げる。
誰かが功績を語る。
誰かが俺の名を讃える。
――違う。
ここにいるべきなのは、俺じゃない。
視線が、無意識に空いた席を探してしまう。
いつもなら、少し遅れて現れて、俺の隣に座るはずの赤髪。
(……いない)
分かっている。
分かっているのに、目が勝手に探してしまう。
「勇者さま、このあとお時間を――」
貴族の令嬢たちが声をかけてくる。
着飾った笑顔。期待に満ちた目。
「すまない」
短く、それだけ言った。
それ以上、何も言えなかった。
会場の空気が一瞬だけ、ぎこちなく揺れる。
だがすぐに、音楽と笑い声がそれを飲み込んだ。
逃げるように、大広間を後にする。
外に出ると、夜風が頬を打った。
星が、やけに綺麗だった。
広場の石段に腰を下ろし、空を見上げる。
耳元で、かつて聞いた声が蘇る。
『ほら、あの星。綺麗だよ』
――やめろ。
拳を握りしめる。
掌の中で、イヤリングが冷たく光っていた。
「……もし」
声に出してしまってから、後悔した。
「もし、もう一度やり直せたら……」
言葉は、夜に溶けて消えた。
誰にも届かない。
英雄としての称号。
世界を救ったという事実。
それらすべてが、俺を囲う檻のように感じられた。
救ったはずの世界で、
俺だけが、取り残されている。
しばらくして、城の鐘が鳴る。
祝宴は、まだ続いているだろう。
俺は立ち上がり、星に背を向けた。
行き先は決めていない。
ただ、ここにはいられなかった。
(……セラ)
名を呼ぶと、胸が痛んだ。
それでも、イヤリングを強く握りしめる。
これだけが、今の俺と彼女を繋いでいる。




