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喪失


 魔王の骸は、もう動かなかった。

 首を失った巨体が床に横たわり、城の奥に重たい沈黙が落ちる。


 ――終わった。


 そう理解するまで、少し時間がかかった。


 剣を握る手が震えている。

 指先に残るのは、斬った感触ではなく、空虚さだけだった。


「……セラ?」


 声が掠れる。

 答えは返ってこない。


 嫌な予感を振り払うように、彼女のもとへ駆け寄る。

 瓦礫を踏み越え、血の跡を辿り、倒れている身体を見つけた。


 抱き起こした瞬間、胸が締めつけられた。


 軽い。

 あまりにも、軽すぎた。


「やめろ……冗談、だよね……?」


 鎧越しに伝わる体温は、もう人のそれじゃない。

 必死に名を呼び、肩を揺らすが、反応はない。


 しばらくして、ようやく彼女が目を開いた。


 その一瞬に、無様なほど希望を抱いてしまった。


「……勝った?」


 かすれた声。

 それでも、確かに生きている声だった。


「ああ……勝ったよ。全部、終わった」


 嘘は言っていない。

 世界は、救われた。


 彼女は安心したように笑った。


 その笑顔を見た瞬間、喉の奥が焼けるように熱くなる。

 言いたいことが、山ほどあった。


 ――まだだ

 ――死ぬな

 ――一緒に帰るんだ


 どれも、言葉にならなかった。


 セラは震える手で、耳元に触れた。

 イヤリングが外され、掌に乗せられる。


「……これ、持ってて」


 嫌な予感が、確信に変わる。


「やめろ……そんなこと言うな……」


 声が裏返る。

 情けないほど、弱い声だった。


「一緒に……旅できて……楽しかった……」


 それで、終わりだった。


 腕の中から、完全に力が抜ける。

 名前を呼んでも、もう返事はない。


 ルナリは彼女を抱きしめたまま、動けなかった。


 世界を救った?

 魔王を倒した?


 そんなことは、どうでもよかった。


 彼女がいない世界に、意味なんてなかった。


 ――俺のせいだ。


 足を怪我していなければ。

 あの一撃を、俺が受けていれば。


 後悔が、何度も何度も胸を殴る。


「……ごめん」


 謝る相手は、もうどこにもいない。


 しばらくして、城の外が騒がしくなった。

 援軍だ。人類側の兵士たちが、勝利を確信して押し寄せてくる。


 歓声が、遠くで響く。


 それを聞いた瞬間、吐き気がした。


 彼女を抱えたまま、立ち上がる。

 誰にも見せたくなかった。

 この姿も、この感情も……


 魔王は倒れた。

 戦争は、終わった。


 だが、ルナリの中で何かが確実に壊れていた。


 ――この勝利は、俺のものじゃない。


 彼女の命と引き換えに手に入れた、

 最も虚しい結末だった。

 

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