選択 〜セラ視点〜
魔王の気配は、肌を刺すように重かった。
息を吸うたび、胸の奥がきしむ。剣を握る手の震えは、もう隠せない。
それでも、私は一歩前に出た。
背後で、ルナリの足取りが乱れているのが分かる。
無理もない。ここまで、彼は限界を超えて戦い続けてきた。
(――まだ、終わらせない)
魔王の視線がこちらに向く。
その瞬間、背中に冷たい汗が流れた。逃げたい、と思った。
でも、逃げるわけにはいかなかった。
だって、彼は――
「終わりだ、人間」
魔王が大剣を振り上げた。
狙いは私じゃない。
「……っ!」
考えるより早く、身体が動いた。
横から飛び出し、ルナリを突き飛ばす。
次の瞬間、世界が白く弾けた。
胸を打つ衝撃、息が抜ける。
鎧越しでも分かるほど、骨に響いた。
(ああ……やっぱり、無理だったか)
地面に膝をつきながら、必死に呼吸を整える。
視界の端で、ルナリが私の名前を呼んでいるのが見えた。
「……まだ、終わってない」
声が震える。
でも、剣だけは離さなかった。
最後の力を振り絞り、魔王の胴を斬る。
浅い。決定打には程遠い。
次の瞬間、剣圧が全身を叩きつけ、私は宙を舞った。
床に転がり、視界が揺れる。
もう、指先に力が入らない。
(……それでも)
魔王の動きが、鈍っている。
ルナリなら、きっと――。
彼の姿を探す。
その背中は、ボロボロだった。それでも、刀を拾い、前に出ている。
(ああ……ほんとに、無茶ばっかり)
でも、だからこそ、
――この人と、ここまで来たんだ。
魔王の首が落ちるのを、私はぼんやりと見ていた。
音も、歓声も、遠い。
次に気づいたとき、私は彼の腕の中にいた。
「……勝った?」
自分でも驚くほど、穏やかな声だった。
「ああ……勝ったよ」
その一言で、全部が報われた気がした。
(よかった……本当に)
もう、力が残っていない。
それでも、伝えなきゃいけないことがある。
耳元に手を伸ばし、イヤリングを外す。
これは、旅の途中で買ったもの。
特別な意味なんて、なかったはずなのに。
「……これ、持ってて」
彼が、泣きそうな顔をしている。
その表情を見ただけで、胸が苦しくなった。
(泣かないで)
言葉にはできなかった。
「一緒に……旅できて……楽しかった……」
本当は、もっと言いたいことがあった。
でも、それは――次の人生でいい。
視界が、ゆっくりと暗くなる。
最後に見えたのは、私を抱きしめる彼の腕だった。
(……守れて、よかった)
それが、私の最後の想いだった。
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