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過去(1)


――それは、まだ「やり直し」が存在しなかった頃の話だ。


 剣を握る手が、わずかに震えている。

 恐怖ではない、寒さでもない。

 理由の分からない不安が、指先にだけ残っていた。


 ルナリは息を整え、目の前の光景を見つめる。

 瓦礫に覆われた街道、

 遠くで蠢く魔物の影。

 そして、隣に立つ少女。


「大丈夫?」


 セラは軽く首を傾げ、いつもの調子で笑った。

 戦場に立つには、あまりにも無防備な笑顔だった。


「ああ」


 短く答えた声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

 経験があるわけじゃない。

 訓練も、戦歴も、誇れるほどではない。


 ――それなのに。


 この状況を、なぜか「知っている」気がした。


 次に何が起こるのか。

 どこに立てばいいのか。

 どの瞬間に、剣を振るべきなのか。


 考える前に、身体が理解している。


(……変だな)


 そう思った直後、セラが一歩前に出た。


「じゃ、行こっか」


 軽い声だった。

 約束をするみたいな、何気ない一言。


 ルナリはそれを止めなかった。

 止める理由が、見つからなかった。


 戦いは、あっけなく始まった。


 そして――

 取り返しのつかない「選択」が、確かにそこにあった。


 このときの彼は、まだ知らない。

 この失敗が、

 この世界にとっての「最初の記録」になることを。


 ♦︎♦︎♦︎


  戦いは、予想していたよりもずっと静かに始まった。


 魔物は三体。

 装備も動きも、訓練で想定していた範囲内だった。


(勝てる)


 そう判断したのは、根拠があったわけじゃない。

 ただ、身体がそう言っていた。


 ルナリは剣を構え、半歩前に出る。

 視界の端で、セラが位置をずらしたのが分かった。


 ――ここで、挟む。


 思考よりも先に足が動き、

 ほぼ同時に、セラの剣が閃いた。


「っ、いい連携じゃん!」


 セラが楽しそうに声を上げる。

 魔物の一体が崩れ落ちた。


 次の一体。

 そして、三体目。


 戦闘は、確かに順調だった。


 だからこそ、

 その"一瞬"は、あまりにも些細だった。


 ルナリが踏み込む。

 魔物が後退する。

 セラが追う。


 ――ほんの半歩


 彼女の距離が、わずかに近すぎた。


「セラ、下が――」


 言い終わる前に、

 魔物の爪が、予想外の軌道で振り抜かれた。


 避けられたはずだった。

 いつもなら、避けていた。


 だが、その日は違った。


 鈍い音がして、

 セラの身体が弾かれるように後ろへ飛ぶ。


「っ……!」


 地面に叩きつけられた彼女は、すぐには起き上がらなかった。


 視界が、急に狭くなる。


(まずい)


 ルナリは残る魔物を斬り伏せ、駆け寄った。


「セラ!」


 呼びかけに、反応はある。

 目は開いている。


 だが、呼吸が浅い。


「……あー……」


 苦しそうに息を吐いてから、

 セラは無理やり笑った。


「ごめん……ちょっと、油断した」


 脇腹から、血が滲んでいる。

 量は、少なくない。


 治癒魔法は――

 ある。使える。


 ルナリは、すぐに詠唱に入ろうとした。


 そのときだった。


 不意に、強烈な違和感が胸を突いた。


(……間に合わない?)


 理由は分からない。

 計算したわけでもない。


 ただ、

 「これは間に合わない」という感覚だけが、確かにあった。


 手が、止まる。


「……ルナリ?」


 セラが、少しだけ不安そうにこちらを見る。


「……大丈夫だ」


 そう言った声は、ひどく遠く感じた。


 詠唱を再開しようとした瞬間、

 魔物の一体が、まだ息をしていることに気づく。


 倒しきれていなかった。


「くっ――!」


 振り向いたときには、もう遅かった。


 背後からの衝撃

 剣が弾かれ、身体が前に崩れる。


 視界が反転し、

 地面が近づく。


 最後に見えたのは、

 必死にこちらへ伸ばされる、セラの手だった。


「ルナリ――!」


 声が、途中で途切れる。


 痛みはなかった。

 恐怖も、ほとんどなかった。


 ただ、

 ひどく静かだった。


 ――次の瞬間。


 音も、光も、感覚も、すべてが消えた。


 ♦︎♦︎♦︎


 どれくらい経ったのか、分からない。


 気づくと、ルナリは白い空間に立っていた。


 地面も、空も、境界がない。

 ただ、どこまでも白い。


「……ここは?」


 声は、妙に澄んで響いた。


 返事はなかった。


 だが、

 確かに「見られている」感覚だけが残っていた。


 ――この瞬間が、

 この世界にとっての"最初の死"だった。


 そして、

 まだ誰も、それを"失敗"とは呼んでいなかった。


 

ここからは過去の物語です

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