手は、届く…
セラが傷を負ったのは、偶然だった。
少なくとも、そう見えた。
浅い斬撃。
致命傷ではない。
治癒魔法を使えば、すぐに回復する程度。
ルナリは、その場で理解した。
――救える。
条件は揃っている。
距離も、魔力も、タイミングも。
それでも、体が動かなかった。
「……大丈夫?」
セラは自分の傷を見て、苦笑する。
「かすっただけだよ。ちょっと血が出ただけ」
彼女は、まだ知らない。
この程度の傷が、前の世界では“死に繋がらなかった”ことを。
だからこそ、ルナリは息を詰めた。
宿に戻ったあと、セラは珍しく早く眠った。
ルナリは一人、窓辺に立つ。
治癒をしなかった理由を、探していた。
怖かったわけじゃない。
迷ったわけでもない。
――「知ってしまった」のだ。
奇跡は、無限じゃない。
やり直しは、優しさじゃない。
誰かを救うたびに、
世界のどこかで何かが削れていく。
夜更け、セラが目を覚ました。
「ねえ、ルナリ」
「起きたのか」
「……変なこと、聞いてもいい?」
彼女は天井を見つめたまま言った。
「もしさ。私が、いなくなったら――」
言葉が止まる。
ルナリは、即座に否定しなかった。
それが、答えだった。
「ルナリは、どうする?」
セラは、こちらを見ない。
答えを求めていない声音だった。
「前に進むよ」
そう答えるまで、少し時間がかかった。
セラは、小さく笑った。
「……そっか。それなら、安心」
その夜、ルナリは夢を見なかった。
女神も、声も、白い空間もない。
ただ、何も差し伸べられない静けさだけがあった。
翌朝、セラはいつも通り剣を取った。
無茶で、軽やかで、変わらない。
ルナリは、それを止めなかった。
止めることが、
必ずしも守ることじゃないと、知ってしまったから。
出発前、セラが振り返る。
「ねえ、ルナリ」
「なんだ」
「この旅さ……」
一瞬、言葉を探してから、彼女は言った。
「楽しいね」
ルナリは、何も言えなかった。
それでよかった。
その背中を見送りながら、ルナリは思う。
次に彼女が傷ついたとき、
自分は――本当に、手を伸ばすのか。
あるいは。
伸ばさないことを、選ぶのか。
答えは、まだ出ていない。
だが、
その問いが生まれたこと自体が、
もう後戻りできない証だった。
次話、本編最終回です。
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