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【#4】ヨシカゼ




「こいつは誰だ? 幽霊状態じゃねーか。なんで成仏させてねーんだ?」

その時、静まった住宅街に緊張が走るのがわかった。時間が止まったとさえ思えた。

「あ、えっと……」

「お前に訊いてねえよ。藤原のガキ、お前だよ。お前、これわかっててやってんのか?」

「だからわらわはガキじゃ……」

「早く答えろよ」

飾子しょくしが水面から体を出し、2人のいる場所まで飛んだ。そのびしょ濡れの顔に、困惑の色が浮かんでいた。

「えっと……その……わらわは……」

するとヨシカゼは蓮叶れんとの首筋から刀を外し、流れるような所作で今度は飾子の首筋までそれを持っていった。飾子が、ひっ、と声を漏らした。

「俺は見てたんだぞ。わかってんだろうな? 俺達はただでさえ忙しい。特にお前は悪退の他に死者蘇生もしてるんだろ? いや、むしろそっちの方がメインだ。なのにこんな奴野放しにしてる。社員でもない幽霊状態の奴を放置することは規律違反だ。俺が上の奴にチクれば、お前は即刻成仏だ」

ヨシカゼは声色を少しも変えることなく言い放った。そこで蓮叶は気がついた。飾子が、はぁ、はぁ、とまるでマラソンでもしたかのような息を立てていた。目も見開かれており、刀の方をじっと見ていた。その落ち着きのない様子は、冷や汗を流していると言われたら納得してしまうかもしれない。

蓮叶は不審に思った。一瞬ではあったが、先程までの対話までは2人の関係は対等に見えた。でも、今首に刀を当てられている飾子と当てているヨシカゼの関係は、対等なようには見えなかった。刀の存在もあるのかもしれないが、こんなに一瞬で立場が変化するものなのか。

「……」

「なんか言ったらどうなんだよ」

飾子が黙っていると、ヨシカゼ少しいらついた様子で言った。なんだか───非常によくない気がする。

しばらく2人は止まっていた。その間も、ヨシカゼの冷えた目つきは変わらなかった。対する飾子は、ずっと刀に目を落としていた。蓮叶は流石に飾子の顔なじみに見えるヨシカゼが刀を動かすことはないと思っていたが、それがいつ自分の頭と胴を切り分けるかわからない状況に、飾子はおびえきっているようだった。

すると突然、ヨシカゼの刀がぴくりと動いた。それで飾子はもちろん、蓮叶の体も一瞬反応を示した。ヨシカゼの刀は飾子の首から離れたかと思うと、蓮叶の左前の空気を円を描くように切って、そして───そのまま蓮叶に向かってきた。流れるような動きだった。自分に命の危機が迫っているというのに、芸術作品を眺めるような、そんな感じがして、動けなかった。

ガッ、と鈍い音がした。

蓮叶はその音のした方を見た。正面だったが、意識がそちらに向いたのはこの時だった。

ヨシカゼが振り下ろした刀の下に、薄桃色のパーカーを着た少女、飾子がいた。彼女の両手には、大きな棒のようなものが握られ、それがヨシカゼの刀とぶつかっていた。棒の左の先端に、白くて柔らかい物がついていた。これは───筆?

チッ、と誰かが舌打ちするのが聞こえた。

「邪魔すんなよ。なんでお前、そんなにそいつに執着するんだ?」

ヨシカゼが言った。飾子に質問したらしかった。しかしいくら待っても、飾子が何か返すことはなかった。2人は向かい合っていて、蓮叶には彼女の後頭部しか見えなかったが、その目がまだおびえているのか、それともヨシカゼをにらみ返すなり何なりしているのかはわからなかった。

ヨシカゼは、はぁ、とため息をついた。

「そーですか、そーですか。そこまでしてこいつのことが大切なんですか。わーったよ。今回は見逃してやる」

そう言うと、ヨシカゼは飾子の大きな筆から刀を外し、下ろした。それがわかると、飾子も筆を下ろした。

「ふぅ……」

飾子は安心しきったようだった。

蓮叶も安心していた。腑に落ちないところは何個かあったが。生命が脅かされているとはいえ、なぜ飾子は刀を首に当てられてあんなにおびえていたのか。そして、なぜ飾子は自分を守ったのか。もちろん、怜華れいか会わせると約束したこともあるのだろう。だがそれだけでは、命をなげうってまで守りに行く理由にはならないと感じた。

……まあ、全部気にしていたらきりがない。そうして蓮叶はヨシカゼの前に歩み寄ろうとした。自分が置かれている状況について、ヨシカゼに説明するためだ。可能性は薄いが、ちゃんと説明すればわかってくれるかもしれない。

その時だった。

蓮叶の目の前に、細い物が突き出されていた。暗闇に紛れていたそれに気づくことなく前進していたら、それは蓮叶の目と目の間を見事に突き刺していただろう。そして蓮叶は、これがヨシカゼの刀だとすぐにわかった。

「ただし」

その細い物の向こうで、ヨシカゼの声が聞こえた。刀に負けないくらい鋭利な声だった。闇の中の右目が光っているように見えた。

「俺と戦って勝つことができれば、だ」

そして、続けて言った。

「俺は源義風みなもとのよしかぜ……頼朝よりとも公の異母兄、源朝長みなもとのともながの嫡子だ」

さらに、蓮叶の目に映った。

目の下の口が、不気味ににやりと笑っていた。

「武士として俺はお前を倒す。絶対にだ。だからお前は全力で向かってこい」

ゆっくりと、続けられた。

「手加減は……しないぜ?」

[名前] 源義風みなもとのよしかぜ

[性別]男

[生没年]?~1180?

[家族関係]未詳(源頼朝みなもとのよりともへの手紙に「源朝長みなもとのともながの嫡子」と書かれているが、朝長に子はいなかったとされている)」

[説明]平安時代後期の武将。前述の通り源朝長の嫡子と記された書物があるが、通説と矛盾する。1180年、石橋山の戦いで「源朝長」を名乗る人物が戦死。これが義風ではないかと言われている。

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