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【#2】蘇生保険株式会社




「不幸でしたねー。デート中に死んでしまうなんて……」

少女は蓮叶の目の前に移動すると、まるで珍しい生き物でも観察するかのように彼をじろじろと見ながら言った。移動する、といっても、上から覗き見るように顔をひょこっと出した後、そこから足を下にしてすたっと降り立ったのだ。まだ完全に回復していない意識の中でもわかった。この子はただ者じゃない。だが、驚いたというわけでもなく、ただ、あ、この子はただ者じゃないなー、とぼんやりと考えただけだ。夢を見ているよう、という表現が適切かもしれない。

その少女は、身長は蓮叶よりも一回り小さく、白色のセーターの上から薄桃色のパーカーを着て、そして黒い半ズボンというアンバランスな格好をしていた。しかも、驚くべきことに、なぜかセーターを何枚も重ねて着ているせいで、余計に不釣り合いな印象を与えていた。首元のネックラインを数えてみると、その服はざっと五重。もう12月とはいえ、暑くないのだろうか。

「ちょっと、聞いてます?」

蓮叶が何も答えなかったからか、少女は少し苛立ったかのように続けた。それで、ようやく蓮叶の意識がはっきりとしてきた。

「え……あ……はい……」

「あ、気づいた。コホン、まあ、お気の毒様でしたね」

「え……?」

あまり話を聞いていなかった蓮叶は困惑するしかなかった。それを見て、少女は再び説明した。

「んーと、気づいてます? あなた、彼女さん? っぽい人とデート? してる時に、あの大きな荷台のついた車……えーと……」

「トラックのことですか?」

「あー、そうですそうです、トラック。あなた、トラックにはねられて、死亡したんですよ」

「え……」

蓮叶は、最初はこの台詞をよく飲み込めなかった。だからこう返した。

「君、何を言っt…」

すると、ここまで言いかけて、ようやく全てを思い出した。怜華。図書館。確かめる。笑顔。衝撃。……痛み。

「え……? 死ん……だ?」

「はい」

驚くほどの即答。

「え……嘘……じゃ、じゃあ、何で僕は……足が……」

「幽霊に足が無いなんて、現世の人が考えた迷信オブ迷信ですよ。足だけ中途半端になくなるなんて、そんなことあるわけないですよ」

少女は少し笑みを含んだ声で言った。どうやら彼女にとっては非常識だったらしい。

「じゃあ……じゃあ、転生とか? あの、異世界とかじゃないけど……」

その時、少女の動きが止まった。何か言ってはいけないことを言ったかもしれない、と思った矢先。

少女の顔が歪んだ。次の瞬間、少女から、ふふふっ、と笑い声がこぼれていた。そして、その声はどんどん大きく、激しくなっていった。

「ははははは! 異世界転生!? もしかしてあんなの信じてる人いるんですか!? あれが本当ならめでたいですよ! なんかそんな類いの小説とか漫画とかがたくさんあるらしいですけど、どれもこれも嘘ばかりじゃないですか! あー、ははは……はぁはぁ…すみませんw……」

その無理矢理とも言える少女の爆笑に、蓮叶は困惑するしかなかった。もしここに異世界転生モノの熱狂的なファンがいたら、多分この少女は天国に転生されていただろう。そしてなぜか「みなさん、この人の言っていることは物語上の演出であり作者の考えとは全く異なっているので、間違っても批判的に受け取らないでください」というさえない男子高校生らしい声が頭の中に響いたような気がした。誰のものなのかはわからないが。

それよりも、蓮叶には気になっていることがあった。

「今……『わらわ』って言った?」

「あ、それわらわの癖なので気にしないでください」

うっすら浮かんだ涙を拭きながら少女が返した。平安風の一人称と現代の敬語が彼女の言葉に共存しているのにはひどく違和感を感じたが、とにかく構わないことにした。

「……さて」

すると、少女が急に神妙な顔つきになった。つられて蓮叶の気も引き締まった。

「ちょっとわらわの『会社』について話しておきますね」

「会社?」

すると少女は、何やら小さな紙を取り出して、蓮叶に見せてきた。白をベースに「蘇生保険株式会社」という黒い明朝体の文字、そして「藤原飾子」という一際大きな文字が中央に配置されていた。

「ふじわら……しょく……こ?」

「ええと、まず『蘇生保険株式会社』というのはですね、本来なら人が死亡するとそのまま天界に召されるのですがね、『まだ人生にやり残したことがある』『死亡理由が回避できる物だった』などの理由で生き返りたいという人が現れたんですよ。そして同時に、何の因果かわらわたちのような『幽霊状態』の人も現れ始めたんです。そこで幽霊状態になった先代の社長が、加入者の寿命を年々少しずついただく代わりに、死んでもそのいただいた寿命分生き返ることができる、という『蘇生保険株式会社』を始めたんです」

そこまで言い切ると、藤原飾子というらしい少女は蓮叶の方を見た。

「そしてわらわ達が、その社員というわけです」

なるほど、と蓮叶は納得した。しかし腑に落ちない点が1つだけあった。蓮叶はそれを口にした。

「えっと……じゃあ、僕は何で生き返ってるんですか? 僕はそんな保険に加入した覚え、ないんですけど……」

すると、飾子は至極当たり前のような口調で返した。

「え? そうですよ。加入してないですよ。だから今から成仏させます。加入していない人間を生き返らせると罰則になるので」

「え? 僕、今、その……幽霊状態なんですか?」

「そうですよ。その証拠に、ほら」

蓮叶は飾子の目線をたどった。それは自分の足先に続いていた。見ると、なんと蓮叶の右足のつま先が、池の白いガードレールの柱に突き刺さっていた。いや、レールに沿うように、つま先の一部分が無くなっているように見えた。つまり、すり抜けていた。

蓮叶から、さぁぁっ、と血の気が引いた。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「待てません。早くしないとわらわも危険なんです」

「本当に……死ななきゃいけないんですか?」

「死ななきゃいけない……というか、死んでもらわないと困ります」

蓮叶は狼狽した。今から自分は死ぬのか? この世界にさよならを告げなければいけないのか? まだ家族にも友人にも…そして怜華にも別れを告げていないのに。ああ、こんなことになるのなら、昨日の晩ご飯が何がいいか聞かれた時に寿司とか答えておくべきだった。友達とのカラオケに参加しておくべきだった。そして、怜華にちゃんと「あのこと」を聞いておくべきだった。

だが、もうそれは叶わない。

「みんな…怜華…」

蓮叶が失意のうちにそう呟いたときだった。

「……怜華?」

飾子が反応した。声色から察するに、少し興味があるようだった。

蓮叶はここに、一欠片ひとかけらの希望を見いだした。

「……お願いします。生き返らせることが無理なら……僕を……会社に入れてください!」

「はっ?」

「……僕には……蓬莱ほうらい怜華という恋人がいます。あなたも見てたでしょう。僕と一緒にいたあの女の子です。あの子に……せめてあの子に、別れを告げさせてください……!」

そして、最後の一押しに、こう言った。

「僕は……あの子のことが、大好きなんです! それも、いつもあの子のことを考えて、あの子のちょっとした異変にも気づけるくらいに……!」

無駄だとは思っていた。だが、ただその死を受け入れるだけでは終われなかった。

蓮叶は顔を上げた。飾子の顔が、固まっていた。電池の切れたおしゃべりロボットに、それは似ていた。

「……名前は何ですか?」

「え、えっと、志賀蓮叶、です……」

「蓮叶さん……」

蓮叶はつばを飲んだ。ごくり、という音が口内に響いた。

すると。

まず飾子の目が細まった。次に、彼女の口元が一瞬で浮き上がった。

つまり、彼女は笑ったのだ。

「大変素晴らしい考えじゃないですかー! わらわ、感動の涙で水たまりを作ってしまいそうです!」

先程よりも随分と大きな声だった。少々大げさに思えるほどだった。

しかし、その理由は、彼女が告げた。

「わらわ、こー見えて、生きてた時は『恋歌聖』と呼ばれてたほどなんですよー! だからあなたの考え、非常に共感できます!」

そして彼女は蓮叶にぐいっと迫り、顔を近づけてきた。蓮叶と飾子の顔は、わずか10センチほどになっていた。少し頭を動かせば、飾子に頭突きをお見舞いしてしまいそうだ。

「しょ、しょくこ、さん……?」

すると飾子は、笑顔を保ったまま、指を口の前に持ってきた。「静かにして」というサインなのかと思ったが、その後彼女は指を左右に振った。

「しょ、く、し、です。藤原ふじわらの飾子しょくし。知りません? 今平安時代って呼ばれている時代の歌人ですよ! 我が彼の、気落ち込まれし、その影に、声ぞかけるや、我ぞ覚えず(私の彼が気を落ち込ませていたときに、(本当はそっとしておくべきだったのだけれども)ついうっかり声をかけてしまったよ)……」

どうやら歌を詠んでいるようだった。だがしかし、蓮叶はそんなことよりも、まずこの藤原飾子について何も知らなかった。名前も聞いたことがなかった。いや、厳密に言えば彼の古典の教科書の「恋の歌」という単元で先程の「我が彼の」の歌と、生没年未詳の歌人として彼女の名前が出てきていたのだが、古典の復習をあまりしていない彼には覚える必要も感じられなかったからだ。しかし、わらわという一人称を使っている理由については、これで知ることができた。

「えっと……すみません……」

「……え……えー!? 知らない!? 本当に!?」

すると彼女は蓮叶の様子から何かを察したのか、途端に笑顔を消し、今度はすごい形相で迫ってきた。蓮叶には少し自己肯定感が高いように思えた。あと、やはり大げさな気もした。

「いや、それにしてはやけに現代人っぽい格好だなって……」

「そりゃあ、千年もこの業界で活動してたら、現世の流行にも適応しますよ!」

そう言って飾子は白色のセーターを引っ張り、見ろと言わんばかりに蓮叶の方に目を向けた。だが、蓮叶は、流石に流行に適応しているというのはないと思った。多分、十二単じゅうにひとえというものの名残なのだろうが、現世にセーターを5枚も重ね着している人がどこにいる?

しかしこれで、蓮叶はこの会社が少なくとも平安時代にはあったということがわかった。もちろん、飾子が嘘をついていなければの話だ。

「まあとにかく、わらわはいいと思いますよ。でも、『悪退』の時に何かあっても、自己責任でお願いしますよ!」

「え? アクタイ……?」

蓮叶が唐突に出てきた未知の単語に困惑した時だった。

「あっ!」

突如、飾子が声を上げた。

「ちょうどいいや、今から『悪退』やりますよ!」

そして飾子は蓮叶の方を指さした。いや、正確には、蓮叶の後ろを指さしていた。振り向くと、もう夜になっていたせいでかなり目をこらさないといけなかったが、わずかに黒い波を立てる池の向こうに、何か黒いものが飛んでいた。

「さ、行きますよ!」

飾子はそう言い、次に、蓮叶の左手首をがしっと握った。そして地面を強く蹴ったと思うと、蓮叶の体に大きな浮遊感が感じられた。ジェットコースターが落ちる時に感じるアレを何倍にも増幅させたようだった。

「えっ……えええええ!?」

「会社に入りたいのなら、これが最初の仕事になりますよ!」

2人は池の上の風をきって飛び、どんどんその黒い影に近づいていた。

蓮叶の旅は、既に始まっていた。

[名前] 藤原ふじわらの飾子しょくし

[性別] 女

[生没年]?~?

[家族関係]未詳

[説明]平安中期の歌人。『成昌日記』によれば、若くして『恋歌聖』と呼ばれていたらしい。しかし資料がほとんど残っておらず、伝説上の人物とする説もある。また、『藤原ふじわらの曲子きょくし』と同一人物でないかという説もある。

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