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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 同盟市戦争 勃発
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第68話『平和の代償』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)八月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス



 リクトル逃亡から三日後、アスクルム市議会で緊急会議が開かれた。


 十七名家の代表者が議場に集まったが、その光景はいつもと大きく異なっていた。リクトルの席が空席となっているだけでなく、パピリウス・ルクルスの姿も見えない。議場の空気は重く、緊張に満ちていた。



 「諸君」


 アルケウス長老が議事を開始した。


 「リクトル・サルウィウス氏の自主退去を受けて、我々は新たな方針を決定しなければならない」


 長老の声はいつもの穏やかさとは異なり、政治的な冷徹さを含んでいた。議場の大理石の柱が朝の光を受けて白く輝いている。その神聖な空間で一人の政治家の運命が決められようとしていた。


 「皆さん、まず確認させてください」俺が発言した。


 「我々の基本方針について。アスクルムは平和的解決を目指すという点で、皆さんの合意は得られていますね?」


 名家当主たちが次々と頷く。リクトルの退去により、反ローマ派の求心力は大きく削がれていた。特に反論はなかったため、俺は用意していた議案を提示することにした。


 「それでは治安維持について相談があります」


 俺は資料を配布した。それはパピリウス派の過激分子十二名のリストだった。羊皮紙に整然と記された名前が、議場に重い沈黙をもたらした。


 「これらの人物は武装蜂起を企んでいる可能性があります。市の安全のためには、予防的措置が必要かもしれません」


 議場がざわめいた。リストにはそれなりの有力者の名前も含まれていた。商人、農場主、職人組合の幹部——アスクルムの中間層を支える人々の名前が並んでいる。


 「具体的には?」

 マギウス家の当主が尋ねた。彼の表情は厳しく、事態の深刻さを理解している様子だった。


 「必要に応じて、一時的な身柄拘束を行います。もちろん、十分な証拠が揃った場合に限りますが」


 俺が慎重に答えた後、長い沈黙が訪れる。採決が行われた。


 アルケウス長老が皆に挙手を求めると、次々に挙手が上がる。反ローマ派の数名が反対したが、圧倒的多数で可決された。


 これでパピリウス派の処分について、事前の了承を得ることができた。


 だがこの採決で最も注目すべきは、本来なら異議申し立てを行うであろうパピリウス・ルクルス本人がこの議場に姿を現していないことだった。


 「パピリウス殿はどちらに?」


 マギウス家の当主が疑問を呈した。彼の声には明らかな困惑が込められている。


 アルケウス長老が重い口調で答えた。


 「実は……彼は三日前から行方不明なのです。屋敷の使用人によれば、夜中に母親と共にアスクルムを離れたとのことでしたが……」


 議場がざわめいた。パピリウス家はリクトル家と並ぶ反ローマ派の中心的存在だった。その当主が逃亡したということは、彼らの運動が完全に破綻したことを意味していた。


 貴族席から失望と安堵の入り混じった溜息が聞こえてくる。


 「実は……パピリウス家の財政状況について、深刻な問題が発覚しています」


 デモステネスが調査した資料を皆に配布する。それは、パピリウス家の破産状況を詳細に記録したものだった。数字が並ぶ羊皮紙を見て、議場の空気がさらに重くなった。しかし皆も資料を使った説明に慣れてきたな。こちらとしても助かる。


 「戦争勃発による穀物価格の暴落で、彼らの投機事業は完全に失敗しました。借金総額は年収の十倍を超えており、債権者からの取り立ても始まっています」


 セルウィリウス家の代表が「それほどまでに……」と呟くのが聞こえたが、俺は発言を続ける。


 「さらに問題なのは彼らが借金の担保として、複数の反ローマ活動の情報をローマ側に売却した可能性があることです」


 この情報には、議場の全員が衝撃を受けた。何人かの当主が身を乗り出し、ひそひそと話し合っている。


 「つまり、パピリウスは同志を裏切ったということか?」ピナリウスが確認してきたので、そちらを向いた。


「証拠は完全ではありませんが、状況的にその可能性が高いです。また彼の逃亡タイミングも、ウィダキリウス将軍の到着とほぼ重なっています。これは偶然とは考えにくい」


 議場に深い沈黙が流れた。やがて、アルケウス長老が口を開いた。


 「ならば、パピリウス・ルクルス家は準名家からも除名とする。サルウィウス家の事実上の離脱により、我々は実質十六名家として再編することになる」


 誰からも異論は出なかった。


 この決定により、アスクルム市政の権力構造は完全に変化した。反ローマ派の二大勢力が同時に消失し、大多数は穏健派と親ローマ派となり、反ローマ派はごく一部の名家のみとなった。


 なお、偶数となったことで今後の議決はより一層の混迷をきたすことになるだろう。皆がそれを理解しているのか、複雑な表情を浮かべている者がほとんどだった。


 「では、先ほどの十二名のリストに戻りましょう」


 俺は場が落ち着くのを見計らった後、議事を進める。


 「パピリウス派の過激分子ですが、彼らの中にはルクルス家の債務処理に関わった者も含まれています」


 カエシウスが手を挙げ発言する。

 「つまり、彼らも経済的な動機で反ローマ活動を行っている可能性があるということか?」


 「その通りです。純粋な理想主義ではなく、金銭的な利害関係が主要な動機となっている可能性が高い。そのような人物たちは、状況次第でどのような行動に出るかわからません」


 「では、予防的拘束はやむを得ないな」

 アエミリウス家の代表が賛成を表明した。


 「ただし、あくまでもこれは一時的な措置です。戦況が安定すれば、適切な処理を行う予定です」


 俺は注意深く言葉を付け加えた。この『適切な処理』が何を意味するかは、その場の誰もが理解している。

 十二名は最終的にストラボに引き渡され、戦犯として処刑される可能性が高い。それは、アスクルムが平和を維持するための代償だった。


 採決の結果、十二名の拘束は満場一致で可決された。パピリウス本人の逃亡により、彼の支持者たちを切り捨てることへの心理的抵抗が薄れていたのだ。


 「では、続いて改めて平和的解決に関する具体的な方策について議論しましょう」


 準備していた草案を発表する。

 それはストラボ軍が到着する前に自発的に降伏し、無血開城を実現するという内容だった。最後の難関だ。


 「しかしこの方法は……」一人が意見する。


 「それは屈辱的な降伏ではないか? 我々の誇りはどうなる?」


 「誇りと命のどちらが大切ですか? 死んでしまえば、誇りも何もありません。生きてこそ、将来に希望を託すことができるのです」


 俺の冷静に反論に誰も答えない。議場にしばしの沈黙が流れた。窓から差し込む午後の陽光が、議場の床に複雑な影のパターンを作り出している。



 △▼△▼△▼△▼△


 昼から始まったこの会議は日が沈むまで続けられた。


 そして激論の末、とうとう無血開城の方針が正式に決定された。


 やっとここまで来たか……と、心の声が漏れそうになり、慌てて息を呑んだ。

 後はストラボが包囲戦を開始する前に何とか意思表示する算段を付けなくてはならない。


 と、俺が思考の内海に沈んでいるうちに、戦時体制だからという理由で自警団の組織強化策も承認されていた。ラビエヌスが率いる自警団(黒章隊)は、正式な市の組織として認められ、予算も大幅に増額された。名前も正式に黒章隊と名乗ることを許された。


 そして、その指揮権は俺に委ねられた。


 「ティトゥス・クリスプス氏に、黒章隊の総指揮権を委任する」


 アルケウス長老がそう宣言したとき、議場からは拍手が起こった。だが、俺の心は複雑だった。この権限は、やがてパピリウス派の拘束にも使用されることになるに違いない。

 少なくとも名家の連中は万が一の保険のため、俺に押し付けたのだろう。ま、捨て駒みたいなもんだな。


 ただ……ラビエヌスは、俺からその命令を受けたとき、どのような気持ちになるだろうか。


 会議が終わった後、俺は一人議場に残っていた。


 これで、アスクルムの無血開城への道筋は完全に整った。だが、その代償として多くの人々を裏切り、傷つけることになった。


 夕日が議場の窓から差し込み、空になった席を照らしている。リクトルの席、パピリウスの席——反ローマ派の中核を担っていた二つの席が、永遠に空のままとなった。


 政治的には完璧な勝利を収めた。だが、その過程で多くの人々を犠牲にしていた。これが政治の現実なのか、それとも俺が冷酷すぎるのか。



 △▼△▼△▼△▼△


 その夜、俺が自室で今日の議事録を整理していると、ドアが勢いよく開かれ、ラビエヌスが血相を変えて入ってきた。

 彼の顔には、これまで見たことのない怒りが浮かんでいる。だが、その怒りは俺に向けられたものではなかった。


 「ティトゥス! 今日の市議会で何があった!あの連中、兄貴の政治的抹殺をやりやがった!」


 彼の震えた声を耳にし、俺は胸の痛みを感じる。


 「ラビエヌス、落ち着け。市議会は正当な手続きに従って——」


 「正当な手続きだと? 兄貴がいない間に、勝手に除名を決めるのが正当だと言うのか! 卑怯者どもめ!」


 ラビエヌスが拳を握り締めている。彼の怒りは正当なものだった。確かにリクトル不在の議会で彼の政治生命を断つのは、フェアではない。


 「兄貴は自分の意志で退去したんだろう? それなら、そっとしておけばいいじゃないか! なぜわざわざ政治的に抹殺する必要がある!」


 「ラビエヌス……市議会としては、現実的な判断を——」


 「現実的な判断?」


 俺は慎重に答えようとラビエヌスの顔を覗き込むと、彼の目には涙が浮かんでいた。


 「あの連中は兄貴がいなくなって、ほっとしてるんだ! 邪魔者がいなくなったって!」


 その言葉が、俺の心に深く突き刺さった。

 そう、ラビエヌスの指摘は、半分正しかった。


 「俺は兄貴がどこに行ったかも知らない。連絡も取れない。そして今日、兄貴の政治生命が完全に断たれた」


 ラビエヌスが俺の前に膝をついた。


 「ティトゥス、お前だけが頼りなんだ。お前だけは兄貴を理解してくれてた。一緒に兄貴を探してくれないか?」


 俺の心臓が激しく鼓動した。ラビエヌスの純粋な信頼が、俺の罪悪感を何倍にも増幅させる。


 「俺一人じゃ、どうしていいか分からない。でもお前となら、きっと兄貴を見つけられる」


 「ラビエヌス……」


 声が詰まる。


 「お前は市議会でも発言力があるし、商会の情報網もある。頼む、兄貴を助けてくれ」


 俺は答えに窮した。目の前で、親友が必死に頼み込んでいる。だが俺はその親友が探している人物を、自らの手で追放したのだ。


 「もちろん、できる限りのことはする。だが、リクトル殿が自分の意志で姿を消した以上、無理に探すのは……」


 「それでも! 兄貴は一人じゃ何もできない! 誰かの助けが必要なはずだ!」


 ラビエヌスは立ち上がり、俺の手を握った。


 「ティトゥス、俺は信じてる。お前となら、必ず兄貴を救える。お前は俺の最後の希望なんだ」


 その言葉が、俺の心を完全に打ち砕いた。


 「……分かった。できることは、全てやろう」


 「ありがとう、ティトゥス。やっぱりお前だけは違う。お前は本当の友達だ」


 ラビエヌスの顔に初めて希望の光が戻り、ようやっと彼は部屋を出て行った。その後ろ姿はまだ希望を失っていない若者のものだった。


 一人残された俺は、深い自己嫌悪に襲われる。親友の信頼を裏切り、嘘をつき続けている自分が、心底憎らしかった。



 「お前は本当の友達だ」



  ——その言葉が、胸に突き刺さって離れなかった。


 これが政治の代償なのか。正しい選択だったのか。


 政治とは、このようなものなのだろうか。正義と現実の間で、常に苦しい選択を迫られる。だが数千の市民の命を救うためならば、俺は悪役になることも厭わない。


 それでも、ラビエヌスとの友情を失ったことが、俺の心に深い傷を残した。


 窓の外で、夜風が木々を揺らしている。その音が、まるで泣き声のように聞こえた。



 ……答えは、歴史が下すのだろう。


 

 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(つらいですねぇ。。)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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