表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 ストラボ襲来
7/96

第5話『交渉』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)十月、ピケヌム地方アスクルム周辺、ストラボ




 「名を申せ」



 「――ティトゥス・アエリウス・クリスプス。フィルムム出身、ローマ市民です」



 私は瞑っていた目をゆっくりと開き、声の主を見つめる。

 歳はわずか十二、三に見える。

 年相応の体形であり、目を引くようなものはない。顔かたちも至って平凡である。

 だが声は震えておらず、良く通る。大人に一歩も譲らぬ静けさを見せている。捕虜と言うより、使者のような姿勢に整った身だしなみ。



 ——何だ、この少年は?



 私の頭の中で警鐘が鳴り始める。これまで数え切れぬ捕虜を見てきたが、このような雰囲気を纏った者は稀だ。恐怖も媚びもない。まるで対等な立場での外交使節のような振る舞い。いや、それ以上に奇妙なのはこの少年の瞳だ。年齢に不釣り合いな深みがある。何かを見抜いているような、計算し尽くしているような光がそこに宿っている。


 私は姿かたちから受ける印象と、瞳に宿る印象との落差に目を細める。すると、この少年はさらに言葉を続けた。



 「閣下は貴下の将兵及び城内の住民が、無益に死ぬことを決して望まれないでしょう」



 想定を超えた内容に私は一瞬言葉を失う。


 ——何を言っている、このガキは?


 私がこの一年ほど、この北部戦線で何をしてきたのか理解していないのか?

 コルフィニウムで何が起こったか、アスクルムの住民たちは知らないとでも思っているのか?

 私がどれほどの血を流してきたか、どれほどの街を灰燼に帰してきたか。それを知った上で、この少年は「無益な死を望まない」などと言うのか?


 普通なら笑い飛ばすどころか、即座に首を落としてお終いだ。しかしこの少年の穏やかな光を湛えた、黒曜石と見間違うほど強い意志を見せる瞳は、こちらを透かすように暗く輝いている。



 しかし……この眼差しは一体何だ。



 私を全く恐れていない。

 それどころか値踏みしているような、品定めしているような視線だ。私の心中を読み取ろうとでもしているか。



 十二、三の少年が歴戦の指揮官である私を前にして、なぜこのような余裕を見せることができるのか。

 そしてもう一つ気になることがある。

 この少年の話し方だ。「閣下は〜望まれないでしょう」という推測の形を取っているが、その口調には確信に満ちた響きがある。まるで私の性格や考え方を熟知しているかのような物言いだ。



 この少年が事前の報告にあったティトゥス・クリスプスか。あのマルクス・クリスプスの一人息子。父親には若い頃出会ったことがある。あの頃から老獪さを感じさせるやり手の穀物商であった。奴の名は、以前からローマでも一部の人間には知れ渡っていたからな。


 クリスプス——確か、ハドリアティクム海沿岸の穀物取引で財を成した一族だったな。各地の情勢に通じ、相場の変動を読む嗅覚に長けているという評判だ。そして政治的な嗅覚も鋭いと聞いている。ローマの有力者とも取引があり、情報網も相当なものだと言われていた。

 その息子がこの少年か。となると、この老成した雰囲気も合点がいく。幼い頃から父の商談に同席し、大人たちの駆け引きを見て育ったのだろう。そして、おそらくは父から政治情勢についても詳しく教え込まれているに違いない。

 

 クリスプスの倅がアスクルムにいることは知らなかった。あのセルウィルウスが何もできずに押し返されたことは把握していたが、そこに此奴が関わっているのは間違いないだろう。

 未だ証拠はないが、私の第六感は確かにこの二つの出来事は繋がっていると訴えている。


 しかし具体的な此奴の動き、目的の詳細はわかっていない状況だ。



 ——ん? セルウィルウスを押し返した、だと



 改めて考えてみると、これは尋常ではない。セルウィルウスは経験豊富な軍人だ。包囲の前段階でアスクルムへの威圧的な接触を試みたが、なぜか撤退した。その背後にこの少年がいたというのか。


 そして、今度は直接私の前に現れた。これは偶然ではあるまい。計算し尽くされた行動だ。この少年——いや、この若き策士は、何か大きな目的を持ってここにいる。



  ——何だ、こいつが黒幕なのか?



 可能性は十分にある。アスクルムの抵抗が予想以上に組織的で粘り強いのも、背後にこのような知恵者がいるからかもしれない。しかし、それにしても若すぎる。十二、三の少年が一つの都市の運命を左右するような策略を巡らせることができるものだろうか?


 だがこの瞳を見ていると年齢など関係ないように思えてくる。この少年の中には、大人顔負けの計算能力と洞察力が潜んでいる。



 私は無意識に<こやつは利を数えられる> と察した。



 そうだ、この少年は損得勘定ができる。

 感情に流されず、冷静に利害を計算し、最適解を導き出す能力を持っている。商人の息子らしい合理性と、それを超えた何かがこの少年にはある。



 そしてラビエヌス。

 未だ膝を突かされたままのやんちゃな雄鶏と、立ったまま理路整然と自らの意見を主張する、狼のような静けさを持つクリスプス。この二人の少年は実に対照的だ。二人の違いは一目瞭然なのだ。


 一人は冷静沈着で計算高い知略家。もう一人は激情的で行動力に富む直情径行タイプ。まるで知恵と勇気を具現化したような対比だ。

 しかし、この組み合わせは偶然なのだろうか? 私にはそうは思えない。何か意図的なものを感じる。まるで演出されたかのような、あまりにも絶妙な対比だ。

 


 ——面白い。実に面白い。



 私の心の奥で、久しく感じていなかった興味が芽生え始めた。この少年が一体何を企んでいるのか、どのような条件を提示してくるのか。そして、この若き策士がどこまで私を理解しているのか。


 ——さあ、芝居の始まりだ。

 このティトゥス・クリスプスが、どのような手を使ってくるのか。彼の計画の全貌を探り、その真意を見抜かなければならない。同時に、彼がどの程度私のことを理解しているのかも確認したい。



 △▼△▼△▼△


 「これは、お前の友か?」

 ティトゥスは視線を走らせ、ほとんど表情を変えずに頷く。

 「そうです。彼はティトゥス・ラビエヌス」

 想定通りの回答を得て、私は頷きながらティトゥスに続きを促す。


 ——やはり知り合いか。


 しかし、この答え方が興味深い。感情的になることなく事実を淡々と述べている。普通なら友人が捕らえられているのを見て、もっと動揺するものだろう。だがこの少年は冷静だ。まるで全てが計画通りだと言わんばかりの落ち着きぶりだ。

 もしかすると、このラビエヌスの行動も、クリスプスの計画の一部なのかもしれない。敢えて捕まることで、二人揃って私の前に立つ機会を作ったのか?

 それとも、ラビエヌスが独断で行動し、それをクリスプスが利用しているのか?



 「彼は浅はかな行動で罪を犯しました。ですが殺めれば、アスクルムは徹底抗戦に転じる」



 ——ほう、脅迫のつもりか?

 しかし、この言い方は巧妙だ。直接的な脅しではなく、客観的な状況分析として提示している。「アスクルムは徹底抗戦に転じる」——これは脅しではなく、予測だと言っている。実に計算高い物言いだ。

 そして、この少年は私の立場をよく理解している。私が単なる残虐な征服者ではなく、政治的・軍事的な計算の下で行動していることを分かっている。だからこそ、感情に訴えるのではなく、利害関係を論理的に説明しようとしているのだ。


 「抗戦? 私は待つだけだ。水と穀物が尽きれば街は自然と落ちるだろう」

 「閣下は街を蹂躙し、物資を略奪されるおつもりか?」

 「勝者の権利は無論行使させてもらう。私も兵を養わなければならんからな」


 ——典型的な返答だな、我ながら。

 しかし、この少年がどのような反応を示すのか、それが重要だ。ここで感情的になるようなら、所詮は子供だということになる。だが、冷静に対処するようなら、本物の策士だということになる。


 「ですが、その間にローマ本国では、元老院の皆々様と騎士達が、閣下の”度を越えた略奪心”を問題視されるでしょう」


 ——何だと?


 私は鼻で笑った——が、心中では眉を上げた。確かに先を見据えれば、降伏した同盟都市に対し手荒い真似をすべきではない。その通りだ。

 ——だが、この少年はどこまで知っているのだ?

 しかしそれよりも、この少年が元老院での私の敵を知っていることに驚いた。 騎士階級の、特に財務関連の人脈が私を嫌い、粗暴な田舎貴族と呼ぶ事実を、どうやらこの少年は把握しているらしい。

 これは尋常ではない。十二、三の少年が、ローマの政治情勢をここまで詳しく知っているとは。おそらく父親のマルクス・クリスプスから得た情報だろうが、それにしても驚くべき情報収集能力だ。


 それも「度を越えた略奪心」だと?

 その表現も絶妙だ。確かに元老院の一部には、私の戦術を野蛮だと批判する声がある。特に、旧家出身の議員たちは、私のような「成り上がり」を快く思っていない。そして、騎士階級の商人たちは、戦争による商取引への悪影響を懸念している。


 この少年は、私がローマ本国での政治的立場について悩んでいることを知っているのか? 私が軍事的成功を政治的影響力に転換しようとしていることを理解しているのか?



 ——恐ろしい洞察力だ。

 そして、さらに恐ろしいのは、この少年がその知識を武器として使おうとしていることだ。私の弱点を突いて、交渉を有利に進めようとしている。

 だが、同時に興味も湧いてくる。この少年がどこまで私の心理を読み取っているのか、どのような条件を提示してくるのか。そして、本当に私を出し抜くことができるのか。

 私は湧き上がる興味に身を任せて、次のように若者たちに言葉を投げた。


 さあ、本題に入ろうか。

 この若き策士が、どのような条件を提示してくるのか。そして、それが私にとって受け入れ可能なものなのか。全ての答えは、これから明らかになる。



 「条件を言え」



 ——貴様の実力を見せてもらおう、ティトゥス・アエリウス・クリスプス。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


--------------------------------------------------


(実際に将軍の天幕に斥候が入り込むなんで、とんでもない行為ですね。しかしストラボの大物感は大したものですね。ティトゥスも開き直ったオッさんの強さを見せる場面となります、今回)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n3241kv/2/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ