第67話『啄木鳥の鳴く頃に』
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)八月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
翌朝早く、俺はカエシウス・セウェルスの邸宅に向かった。アルケウス長老も既に到着していて三人は昨日と同じ書斎に集まった。
朝の光が窓から差し込み、三人の表情を鮮明に浮かび上がらせている。カエシウスの顔は疲労の色が濃く、一夜で重要な行動を取ったことが窺えた。
「昨夜、リクトル殿と面談した」
カエシウスが重い口調で切り出した。
俺とアルケウス長老は身を乗り出して、彼の言葉を待つ。この面談こそが計画の成否を左右する重要な場面だったのだ。
「どのような反応でしたか?」
アルケウス長老がゆっくりと尋ねると、カエシウスは深いため息をついた。
「最初は激しく動揺していた。予想通り、大きく衝撃を受けていたよ」
彼は窓の外を見つめながら続けた。
「私は元軍人として現実的な判断を説明した。ウィダキリウスがアスクルムに来れば確実に戦場となる。そうなれば、数千の市民が犠牲になる、と」
「それで?」俺が促した。
「彼は最初、理想論で反論してきた。『同盟市の大義を捨てることはできない』、『ウィダキリウス殿への裏切りはできない』と」
カエシウスの表情に、その時の困難さが浮かんでいる。理想主義者を説得することの困難さを身をもって体験したのだろう。俺も随分と手を焼いたからな。
「しかし市民の命という現実を突きつけられると、徐々に動揺し始めた。特に子供たちの犠牲について話すと、顔色が変わった」
アルケウス長老が頷いた。
「それで昨日の城門での態度に繋がったのですね」
「そうだ。彼は内心で既に答えを出していたようだ。たからこそウィダキリウス殿を前にして、あれほど苦悩したのだろう」
昨日の城門での光景を思い出すと、カエシウスの読みは正しかったことになる。リクトルは確かに激しく動揺し、最終的にウィダキリウスを拒絶した。
「では、昨日の結果を踏まえて、次の段階に進む必要がありますね」
俺が提案すると、カエシウスが頷いた。
「その通りだ。リクトル殿は完全に追い詰められている。今なら、我々の提案を受け入れるだろう」
そこで準備していた逃亡計画の詳細を説明する。商隊に紛れての脱出、安全な隠れ家の確保、偽装工作の方法。デモステネスと検討を重ねた綿密な計画だった。
「逃亡先はどこを考えている?」カエシウスが詳細につちて尋ねてきた。
「南部の属州を考えていましたが……」
「いや、それでは不十分だ。元軍人としての経験から言えば、ガリアがよい。特に南部ガリア属州なら、ローマの影響力は限定的で、なおかつリクトル殿にも若い頃の知己がいるはずだ」
アルケウス長老がその意見に同意する。
「それは賢明な判断ですな。距離的にも十分で、政治的な庇護も期待できる」
「では、ガリアに決定しましょう」
俺が同意すると、カエシウスが立ち上がり、手荷物をまとめ始める。直ぐに帰宅しリクトルに会うつもりなのだろう。動きが早い。
「逃亡の具体的な手配はティトゥス殿、君に任せる。私はリクトル殿本人の最終説得を行う」
「……ちなみに説得の際の論点は?」
「彼の高潔さに訴える。アスクルムを愛するからこそ、自分が危険因子になってはならない、という論理でいく」
三人は互いに視線を交わした。それぞれの表情に、この計画の重さが表れている。
「では、今夜にでも実行しましょう」アルケウス長老が提案した。
「時間がない。ストラボの先遣隊がいつ到着するか分からないから茄」
「あらかた準備は整っていますので、カエシウス殿がリクトル殿を説得され次第、すぐに南部ガリアに出発できるよう手配します」
三人は重い決意を胸に、それぞれの最終的な役割を確認した。
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午後、俺は書斎でデモステネスと最終打ち合わせを行っていた。デモステネスが地図を広げ、発言する。
「逃亡ルートの確認です。夜明け前にアスクルムを出発し、北の街道を経由してガリアに向かいます」
「商隊の手配は?」
「既に完了しています。信頼できる商人で、適当な理由を付けて同行者を増やすことに同意してもらいました」
デモステネスの手際の良さは、いつも俺を驚かせる。さすがだなぁ、抜けがない。
「ところで若様。ラビエヌス殿には、本当に何も知らせなくてよろしいのですか?」
デモステネスが慎重に口を開いてゆっくりと質問してきた。俺は手を止め彼の顔をじっと見つめる。この質問は俺自身も何度も自問していたものだった。
「リクトル殿とラビエヌス殿の友情を考えると、何も知らせないのは……」
「デモステネス」彼の言葉を遮り、自分の言葉を被せた。
「ラビエヌスには真実を知らない方がいい。彼が知れば必ず止めようとするだろう。そして、それはアスクルム全体を危険にさらすことになる」
「しかし、若様と彼との友情という観点では……」
「友情と政治を混同してはならない。ラビエヌスの純粋さを汚すことはできない。彼には、リクトル兄貴が自分の意志で旅立ったと信じてもらう」
俺の強い口調を気にしたのか、デモステネスは長い沈黙を保っていた。
やがて、複雑な表情で頷いた。
「承知しました。ただ、この決断が将来どのような結果をもたらすか……」
「それは俺が背負う責任だ。ラビエヌスには美しい記憶のままでいてもらいたい。リクトルを救えなかった悔恨ではなく、友人の高潔な決断として記憶してもらう」
自分に言い聞かせるように断言し、続けた。
「これでよかったんだ。ラビエヌスを巻き込む必要はない」
デモステネスの表情には、俺の自己説得を見透かしたような色が浮かんでいた。だが彼は何も言わなかった。
その夜、カエシウスからの連絡が入る。使者が伝えた簡潔な報告だった。
「リクトル殿が同意した」
俺はすぐにデモステネスに指示を出した。
「計画を実行する。全ての準備を整えてくれ」
その日の夜更け、俺は商会の屋根に上がってアスクルムの街を見渡していた。静寂に包まれた街並みが月光の下で美しく浮かび上がっている。
この平和な光景を守るために、俺たちは一人の理想主義者を犠牲にしようとしている。それは正しい判断なのだろうか。だが、迷っている時間はない。明日の夜明けにはリクトルはこの街を去ることになる。そしてアスクルムは新たな段階に入るのだ。
遠くで夜鳥の鳴き声が聞こえた。それは、まるで別れの歌のように響いていた。
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翌朝、街に激震が走る。
リクトル・サルウィウスがアスクルムから姿を消したのだ。
彼の屋敷には、簡潔な置き手紙だけが残されていた。
『アスクルムの皆様へ。私の存在が街の平和を脅かすことを深く憂慮し、しばらく身を隠すことにいたします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。アスクルムの平和と繁栄を心から祈っております』
街の人々は困惑し、ざわめいていた。
反ローマ派の一部は怒りを露わにし、親ローマ派は安堵の表情を見せた。
だが、最も大きな衝撃を受けたのは、ラビエヌスだった。俺が自室にいると、ドアが勢いよく開かれた。ラビエヌスが血相を変えて飛び込んできた。
「ティトゥス!」
彼の声は怒りと困惑に満ちていた。
「兄貴が消えた! 何も言わずに! なぜ俺に相談してくれなかったんだ!」
「ラビエヌス、落ち着け。リクトル殿は自分の判断で行動したんだ」
俺は冷静を装って返事をする。一瞬声が上ずったが、取り乱しているラビエヌスはそれに気付かず叫び声を上げる。
「そんなはずはない! 兄貴が俺に何も言わずに消えるなんて! 何かがおかしい!」
彼の純粋な怒りと困惑が俺の心に深く突き刺さった。だが、俺は真実を話すわけにはいかない。
「リクトルは、君に心配をかけたくなかったんだろう。または巻き込むのを恐れたのか……」
「巻き込むって何だ! 俺は兄貴の弟弟子だぞ!」
ラビエヌスの目に涙が浮かんでいた。兄を失った悲しみと、置き去りにされた怒りが入り混じっている。
「お前は何か知ってるんじゃないのか? お前になら、兄貴が相談したかもしれない」
「俺も驚いている。リクトルからは何も聞いていない」
それは真実だった。俺が聞いたのは、カエシウスからの報告だけだった。
ラビエヌスは俺を睨みつけていたが、やがて肩を落とした。
「兄貴……どこに行ったんだろう……」
彼の呟きが、俺の心に重くのしかかった。
計画は成功した。だが、その代償として、親友の心を深く傷つけてしまった。
これが政治の現実なのか。正しい選択だったのか。
俺には、まだ答えが見つからなかった。
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(支払った代償は、いずれ返ってきますよ。きっと。 ちなみに啄木鳥は夜行性ではないため、夜に鳴くことはないそうです。だからこそ、夜に鳴いた啄木鳥は特別だったのですね)
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