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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 同盟市戦争 勃発
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第66話『ウィダキリウス到来』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)八月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 八月初旬、ついにその日がやってきた。


 朝早く、城門の見張りから報告が入った。武装した一団がアスクルムに接近しているとのことだった。俺はすぐに城壁に上りその様子を確認した。


 朝靄の中から現れる一団は、明らかに敗残兵の集まりだった。旗印から判断するとマルシ族とピケンティ族の混成部隊のようだ。兵士たちの装備は統一されておらず、長い行軍の疲労が見て取れる。そして、その中央に堂々とした姿勢で馬に乗る一人の男が見えた。



 ……ガイウス・ウィダキリウス。



 彼は俺の想像以上に威厳のある人物だった。敗戦を重ねているはずなのに、その姿には不屈の意志が感じられる。濃い髭に覆われた顔は精悍で、鷲のような鋭い目つきをしている。これが同盟市の希望を一身に背負う男なのか。


 「若様」

 デモステネスが俺の隣に現れた。息を切らしている。


 「リクトル殿が城門に向かわれました。それに、市民も続々と集まり始めています」


 予想していた通りだった。リクトルは、憧れの人物の到来に心を躍らせているだろう。だが、それは同時にアスクルムの危機を意味していた。


 俺は城壁から街を見下ろす。

 石畳の道に、人々が次々と現れている。商人、職人、農民——ウィダキリウスの名を聞いて駆けつけた市民たちだ。彼らの顔には期待と不安が入り混じっている。


 俺は静かにデモステネスに告げた。

 

 「計画を実行しよう」


 「全ては予定通りに」

 

 デモステネスは形の良い顎を引き、頷く。昨夜の打ち合わせ通り、アルケウス長老は既に準備を整えているはずだ。



 △▼△▼△▼△▼△


 城門前には既に多くの市民が集まっていた。


 ウィダキリウスの名声は、この地方では絶大なものがあった。彼を一目見ようと老若男女が押し寄せている。群衆の声がざわめき合い、興奮した空気が漂っている。


 子供たちは父親の肩に担がれ、女性たちは窓から身を乗り出している。商人たちは仕事の手を止め、職人たちは工房から出てきた。アスクルム全体が、この歴史的瞬間を見届けようとしていた。


 リクトルは城門の前に立ち、ウィダキリウスの一団を迎えようとしていた。その表情には久しぶりに見る希望の光が宿っている。彼の背筋は真っ直ぐで、理想主義者としての誇りが全身から発せられていた。



 だが、俺たちの計画は既に始まっていた。


 「市民の皆さん!」


 アルケウス長老が城壁の上から声を上げた。彼の声は城門前の広場全体に響き渡る。長年の政治経験に裏打ちされた、威厳のある声だった。


 「アスクルム市議会からの重要な発表があります!」


 群衆がざわめいた。何人かがアルケウス長老を見上げている。十七名家筆頭の発言に、誰もが注目せざるを得なかった。


 「ガイウス・ウィダキリウス殿のご到着を心より歓迎いたします! しかし、現在のアスクルムは、市民の安全を最優先に考え、武装集団の入市をお断りしております!」


 群衆の間に衝撃が走った。予想外の宣言に人々は困惑している。リクトルが振り返り、アルケウスを見つめている。その表情には明らかな困惑と怒りが浮かんでいた。


 ウィダキリウスが馬から降り、城門に近づいてきた。彼の動作は優雅で貴族としての教養が感じられる。だがその眼光は鋭く、戦士としての気迫に満ちていた。


 

 「アスクルムの勇敢なる市民たちよ!」


 

 彼の声は朗々と響く。訓練された演説家の声だった。


 「私は諸君に助力を求めて参った! 共にローマの圧政に立ち向かおうではないか!」


 群衆の中から歓声が上がった。特に若い男たちの声が大きい。ウィダキリウスの言葉は彼らの心に火をつけたのだ。


 だが、アルケウスは毅然とした態度を崩さない。


 「ウィダキリウス殿の高邁なるご意志は十分に理解いたします! しかし、アスクルムは既に方針を決定いたしました! 我々は血を流すことなく、平和的解決を目指します!」



 ウィダキリウスの表情が変わった。彼は城門を見上げ、力強い声で語り始めた。



 「ピケヌムの勇者たちよ、アスクルムの同胞たちよ!」


 彼の声は感情を込めた雄弁さに満ちていた。


 「諸君は平和を求めると言う。だが、その平和とは何か? ローマの奴隷として生きることが平和なのか?」


 彼の言葉には、敗戦を重ねてもなお折れない意志が込められていた。群衆の中から、すすり泣きの声が聞こえてくる。年老いた男性が涙を流し、女性たちが胸を押さえている。


 「我々の父祖は自由な民だった! 我々の土地は我々のものだった! それを奪おうとする者に対して、なぜ黙って従わなければならないのか!」


 ウィダキリウスの演説は、まさに心を打つものだった。俺自身もその情熱に心を動かされそうになる。


 「私は諸君に戦いを強要するつもりはない。だが、自由と尊厳のために戦う意志を持つ者がいるならば、私と共に立ち上がってほしい!」


 群衆の中に動揺が走った。ウィダキリウスの言葉に共感する者と、アルケウスの慎重論に賛成する者とで、明らかに分裂している。


 リクトルが前に出た。彼の顔には涙が流れている。


 「ウィダキリウス殿……」


 「リクトルよ」ウィダキリウスがリクトルを見つめた。


 その眼差しには、深い愛情と期待が込められている。まるで父親が息子を見るような、温かな視線だった。


 「君は私の期待の星だった。君の理想と正義感を、私は心から敬愛していた」


 「私も……私も殿のことを」


 リクトルの声が震えている。

 感極まって言葉にならない様子だった。理想の人物を前にして、彼の心は激しく動揺している。


 「それならば、君の決断を聞かせてくれ。君はアスクルムと共に留まるのか、それとも私と共に自由のために戦うのか?」


 長い沈黙が続いた。

 城門前の全ての人が、リクトルの答えを待っている。

 風が止み、鳥の声も聞こえない。

 まるで時間が止まったような静寂だった。


 俺は城壁の上から、リクトルの表情を注意深く観察していた。彼の顔には、この数カ月間の重圧が刻まれているように見えた。


 ドルーススの死、セルウィリウス来訪事件、そして今日のこの瞬間まで。

 リクトルにとって理想と現実の狭間で苦悩し続けた日々だったに違いない。俺にはそれがよく分かった。


 彼は明らかに動揺していた。憧れのウィダキリウスを前にしながらも、同時にアスクルムの市民たちへの責任を感じているのだろう。その板挟みの苦しみが、彼の表情から手に取るように読み取れた。


 やがて、リクトルが口を開いた。


 「私は……」


 その声は細く、震えていた。



 「わ、私は……」


 リクトルの声が詰まるのを、俺は固唾を呑んで見つめていた。彼が何を言おうとしているのか、そして何を言えずにいるのか。俺には痛いほどよく分かった。


 理想を追い求めたい気持ちと、現実的な責任感の間で引き裂かれている。ウィダキリウスと共に戦いたい想いと、アスクルムの平和を守りたい想い。どちらも彼にとって真実であり、だからこそ選択できずにいるのだ。


 俺がかつて彼に言った言葉も、今この瞬間に彼の心に響いているのかもしれない。


 『誇りと命のどちらが大切ですか?』と。



 「私は……私は……」


 二度目の躊躇を見て、俺は確信する。リクトルは変わったのだ。

 かつての純粋な理想主義者ではなく、現実の重みを知った政治家に。それは成長なのか、それとも妥協なのか。……俺にもその判断は難しい。


 しかし、彼の肩が震えているのを見て胸が痛む。

 一人の善良な人間が、政治的現実の前で自分の理想を手放さざるを得ない瞬間を目撃しているのだから。


 群衆も固唾を呑んでリクトルを見つめている。ウィダキリウスの表情にも、徐々に理解と失望が浮かび始めていた。


 「私は……申し訳ありません……」


 ついに、リクトルの口からか細い声が漏れた。


 「私は……私には、アスクルムの責任があります。市民の安全を考えると……」


 彼の声は次第に小さくなっていく。そして、ついに彼は泣き崩れてしまった。


 膝をつき、両手で顔を覆って、嗚咽を漏らしている。その姿は、理想と現実の間で引き裂かれた一人の人間の、痛ましい姿だった。



「申し訳ありません……申し訳ありません……」



 △▼△▼△▼△


 彼は何度も同じ言葉を繰り返していた。ウィダキリウスに対してなのか、アスクルムの市民に対してなのか、それとも自分自身に対してなのか。


 ウィダキリウスは悲しそうな表情でリクトルを見つめた。やがて、彼は深いため息をついた。



 「そうか……君の選択を尊重しよう」



 彼の声には、深い失望と同時に理解も込められていた。リクトルの苦悩を察して、それ以上責めることはしなかった。


 彼は馬に戻り、一団に向かって合図した。そして、最後に群衆に向かって語りかけた。


 

 「アスクルムの人々よ! 諸君の選択が正しいことを、私は心から願っている。だが、もし諸君がローマの真の意図を知ることがあれば、私の言葉を思い出してほしい。自由は、戦って勝ち取るものなのだ」



 ウィダキリウスの一団は、夕日の中をゆっくりと遠ざかっていった。その後ろ姿は、まさに悲劇の英雄そのものだった。敗北を重ねながらも、最後まで理想を諦めない不屈の戦士。


 群衆は静かに散っていき、城門前にはリクトルだけが残された。彼は地面に膝をつき、嗚咽を漏らしていた。その姿を見て、多くの市民が複雑な表情を浮かべている。


 同情する者、失望する者、安堵する者。

 ——様々な反応が入り混じっていた。だが、誰も彼に近づこうとはしなかった。まるで彼が触れてはいけない存在になってしまったかのように。


 俺は城壁から降り、静かに商会への道を一人歩き出す。

 計画の第一段階は成功した。リクトルは公衆の面前で、ウィダキリウスを拒絶したのだ。これで、彼の政治的立場は大きく損なわれることになる。


 だが、同時に心は重かった。一人の理想主義者の心を打ち砕いてしまったのだから。


 これが政治の現実なのか。正しい選択だったのか。


 俺には、まだ答えが見つからなかった。



 △▼△▼△▼△▼△


 その夜、俺は書斎で一人、今日の出来事を振り返っていた。


 ウィダキリウスを追い返すことには成功した。アスクルムが戦場になることは、とりあえず回避できた。だが、リクトルの政治的な立場は完全に失われてしまった。


 窓の外では街が静寂に包まれている。だがその静寂は平和なものではない。嵐の前の静けさのような、不安に満ちた静寂だった。

 やがてノックの音がして、デモステネスが部屋に入ってきた。


 「若様、カエシウス殿からの使者が参りました。明日の朝、緊急会談を行いたいとのことです」


 「分かった。アルケウス長老にも連絡を取ってくれ」


 「既に手配済みです」


 デモステネスの効率的な仕事ぶりに、改めて謝意を示す。


 「今日のリクトル殿の様子はどうだった?」


 「……深く傷ついているようです。屋敷に戻られた後、誰とも会おうとされていません」


 胸にざっくりとナイフを突き立てられたような痛みを感じた。リクトルの苦悩は予想していた以上に深いものだったのかもしれない。


「若様。リクトル殿から何らかの相談があるかもしれません。その時は、どのように対応されますか?」


 デモステネスが慎重に口を開いたので少し考えをまとめることにする。リクトルが俺に相談してくる可能性は十分にある。その時こそ、計画の第二段階を実行する時だ。


 「彼が本当に苦悩しているなら、きっと解決策を求めてくるだろう。その時は……」


 俺は言葉を切った。

 これから実行しようとしていることの重さを、改めて実感したからだ。


 「その時は、彼にとって最善の道を提案する」


 デモステネスは頷いたが、その表情は複雑だった。きっと、真意を察しているのだろう。



 深夜、ベッドの中で一人でリクトルのことを考え続けていた。

 明日、彼はどのような決断を下すのだろうか。そして俺はその決断にどのような影響を与えることになるのだろうか。



 窓の外で、夜風が木々を揺らしている。

 その音が、まるで泣き声のように聞こえた。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(政治的弱者は悲劇的でもあります。物語としては、ですけどね。現実は厳しいものです)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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