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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 同盟市戦争 勃発
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第65話『真夏の三者密談』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)七月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 翌朝、俺は予想よりも早く来客を迎えることになった。


 夜明けとともに、カエシウス・セウェルスからの使者が到着したのだ。使者は汗だくで、明らかに急いで駆けつけてきたことが分かる。その表情には緊迫感が漂っていた。


 「ティトゥス・クリスプス殿、カエシウス・セウェルス様が緊急にお会いしたいとのことです。できれば今すぐに」


 身支度を整え、急いでカエシウスの邸宅に向かう。アスクルムの朝の街並みはいつものように平和に見えたが、どこか空気が重い。商人たちの動きもいつもより慌ただしく感じられる。


 カエシウスの邸宅は、軍人らしく質実剛健な造りだった。装飾は最小限で実用性を重視した設計。元百人隊長の経歴を物語る武具が壁に飾られている。



 「ティトゥス殿」


 カエシウスは俺を迎えるとすぐに深刻な表情を見せた。彼の顔には一夜で刻まれたような深い皺が見える。


 「ウィダキリウスの件は既に耳に入っていると思う。私は君より先に情報を得ていたと言うべきか」


 「では、互いに前置きは止めておきましょう。まずはカエシウス殿のお考えをお聞かせください」


 そう促したものの、カエシウスはしばらく沈黙し続け言葉を発しなかった。

 その間、彼の視線は窓の外に向けられている。

 朝日が彼の顔の半分を照らし、深い思索にふけっている様子が分かった。


 俺は催促などをせず、じっと彼の横顔を見続ける。歴戦の元百人隊長だけあって黒髪は短く刈り上げている。精悍な容貌だった。

 やがて、軍人らしい重い口調で答えた。


 「アスクルムを守るには、現実的な判断が必要だ。理想論では市民を救えない」


 彼の言葉は慎重だったがその含意は明確だった。リクトルの理想主義的な路線では、アスクルムは確実に戦場となる。


 「……具体的には?」


 更に言葉を重ねるよう促すと、カエシウスが静かに呟いた。


 「リクトル殿の存在が問題の核心だ。彼がアスクルムにいる限り、ウィダキリウスは必ずここを拠点にしようとする。そして……」


 と、そこで彼は言葉を切る。

 その先を言うのは、あまりにも重い決断だった。


 「そして、それはアスクルムの破滅を意味する」


 俺が代わりに言葉にすると、カエシウスが深く頷いた。


 「君は理解が早い。だが、この問題は我々二人だけでは解決できない。より大きな合意が必要だ」


 「アルケウス長老ですね」


 「その通りだ。彼の政治的影響力なしには、何事も進まない」


 カエシウスは立ち上がり、部屋の奥から地図を取り出した。ピケヌム地方の詳細な軍事地図で、戦略拠点や道路網が細かく記されている。


 「見てくれ。我々の街は地理的に重要すぎる。ウィダキリウスにとっても、ストラボにとっても、ここは絶対に押さえておきたい拠点だ」


 彼が指差す地図上のアスクルムを見る。確かにその通りで、アスクルムはアペニン山脈西縁に位置する交通の要衝であり、ローマからハドリアティクム海を貫く塩の道(ヴィア・サラリア)沿いの極めて重要な軍事・補給地だ。ここを制する者がこのピケヌム地域を支配できる。


 「ならば、我々にできることは?」


 「選択肢は二つだ」カエシウスが指を二本立てた。


 「戦うか、降伏するか。中途半端な抵抗は最悪の結果を招く」


 「そして、戦えば?」


 「確実に負ける。ストラボの戦略は我々の想像を超えている。君も報告を聞いているだろう?」


 俺は素直に頷くことができた。昨日のデモステネスの報告はストラボの恐ろしさを十分に伝えていた。


 「ならば、答えは明らかですね」


 「そうだ。だが、降伏にも正しいやり方がある。無条件降伏ではなく、条件付きの平和的解決を目指すべきだ」


 カエシウスの戦略的思考は明確だった。軍人としての現実的な判断に基づいて、最小の犠牲で最大の成果を得ようとしている。


 「そのためには、アスクルム内部の統一が不可欠だ。反対勢力があれば、交渉は破綻する」


 彼の言いたいことは十分理解できる。リクトルとパピリウス派の存在が、平和的解決の障害になるということだ。


 「今日の午後、アルケウス長老との会談を設定できるか?」カエシウスが地図に視線を落としたまま尋ねてくる。


 「可能だと思います。長老も事態の深刻さは理解しているはずです」


 「では、三人で話し合おう。アスクルムの将来のために」



 △▼△▼△▼△▼△


 午後、俺はアルケウス長老の邸宅を訪れた。

 カエシウスは既に到着していて、長老と何やら深刻な話をしていた。


 長老の書斎は十七名家筆頭の風格を漂わせている豪華なものだった。古い羊皮紙の書物が整然と並び、歴代の家族の肖像画が壁を飾っている。部屋の中央には大きな木製のテーブルがあり、そこに三人が座った。


 「ティトゥス殿」アルケウスが重い口調で言った。


 「カエシウス殿から概要は聞いた。確かに、状況は想像以上に深刻だ」


 「長老のお考えをお聞かせください」


 俺はアルケウスの発言を促してみたものの、彼は長い間沈黙していた。

 その間、彼の指が机の上で軽く打ち鳴らされている。政治家として、様々な可能性を検討しているのが見てとれた。


 「アスクルムを守るためには現実的な選択が必要だ。理想論で市民を危険にさらすわけにはいかない」


 この言葉は、明らかにリクトルの理想主義的路線への批判だった。


 「十七名家の合意は得られますか?」カエシウスが尋ねた。


 「現在の状況なら、可能だと思うが。問題はリクトル殿とパピリウス殿だ。特にリクトル殿は、ウィダキリウス来訪で再び理想主義に走る可能性がある」



 「実は、それについてお二人に相談があります。少々、複雑な話になりますが」


 慎重に言葉を選びつつ発言すると、アルケウスとカエシウスの表情がすぐに変わった。彼らの政治的勘の鋭さは、俺の言外の意味を察したのだろう。


 「どのような話かな?」アルケウスが尋ねてくる。


 「リクトル殿に、自発的にアスクルムを離れてもらう必要があるかもしれません」


 部屋に重い沈黙が流れた。カエシウスは表情を変えず、長老は眉をひそめた。


 「政治的な退場ということか?」カエシウスが確認した。


 「そうです。彼がアスクルムにいる限り、ウィダキリウスは必ずここを拠点にしようとします。そうなれば、アスクルムは確実に戦場となる」


 アルケウスは深く考え込んでいた。やがて、困ったような表情で答えた。


 「それは確かに効果的だが……リクトル殿は高潔な人物だ。そのような謀略は……」


 「謀略ではありません。彼に選択肢を提供するのです。アスクルムと共に滅ぶか、それとも将来への希望を残すかという選択を」


 カエシウスが口を開いた。

 「具体的にはどのような方法を考えている?」


 準備していた計画の概略を説明した。リクトルを説得し、自発的な退去を促す。その際、彼の名誉を保ちながら同時にアスクルムの政治的安定を確保する。


 アルケウスの表情は次第に理解から苦悩に変わっていった。やがて重い口調で言葉を発する。


 「ティトゥス殿。その計画は確かに論理的だが、我々は一人の高潔な人物を……」


 「長老。政治とは時として残酷な選択を迫るものです。リクトル殿個人への同情と、数千の市民の命。我々はどちらを選ぶべきでしょうか?」


 俺は長老の目を見つめてこの策の必要性を説く。カエシウスもまた重々しく頷き、援護してくれた。


 「元軍人として言わせてもらえば、一人を救って千人を失うより、千人を救って一人を犠牲にする方が正しい判断だ」


 アルケウスは未だ長い沈黙を保ったままだった。

 書斎の窓から差し込む午後の陽光が、彼の深い皺を際立たせている。


 「さらに言えば、リクトル殿を政治的に退去させることは、彼個人にとっても最善の選択かもしれません。このままアスクルムに留まれば、彼は確実にウィダキリウスに利用され、最終的には戦犯として処刑される可能性が高い」


 「つまり、君は彼を救おうとしているのか?」長老が尋ねた。


 「……救うという言葉が適切かはわかりません。しかし、少なくとも彼に生存の機会を与えることはできます」


 アルケウス長老は深く考え込んだ。やがて、政治家としての冷徹な判断が彼の表情に浮かんだ。


 「分かった。君たちの論理は正しい。感情と現実を混同してはならない。我々は政治家として、最大多数の最大幸福を追求する義務がある」


 カエシウスが安堵の表情を見せ、ふーっと息を吐く。

 「では、具体的な役割分担を決めましょう」


 「ただし、この計画は我々三人だけの秘密とする。他の誰にも、特にラビエヌス殿には絶対に知らせてはならないぞ、ティトゥス殿」


 アルケウスが豊かな髭の前に皺の深い人差し指をすっと立てた。


 「それは……なぜですか?」


 「君とラビエヌス殿の関係性は知っている。しかし彼は君たちとは違い、軍人でも政治家でもない。この重荷に耐える力がない」


 カエシウスが同意し頷いている。

 「それにリクトル殿の説得には純粋な動機の方が効果的だろう。ラビエヌス殿が真実を知らずに協力した方が、リクトル殿も納得しやすい」


 「……なるほど。確かにその通りです」


 「アスクルムのため、そして多くの市民の命のためだ。互いに協力しよう」


 アルケウスの深いため息を合図に、三人は重い決意を胸に刻む。

 そして各自の役割を再確認した。


 カエシウスは反ローマ派の取りまとめ。

 アルケウスは親ローマ派と中立派の調整。

 そして俺はリクトル逃亡劇の具体的な立案と実行を担当する。


 「明日の夜までに、それぞれの準備を整えよう。そして明後日、再び会談を行う」


 カエシウスの提案を俺は受け入れる。アルケウスも異存はないようだ。これで、アスクルムの運命を決する計画が始動した。



 夕日が書斎の窓を通して差し込み、三人の影を長く伸ばしていた。その影は、まるで巨大な十字架のように見えた。



 △▼△▼△▼△▼△


 その夜、俺は書斎でデモステネスと密談していた。ソフィアとアウレリウスは呼んでいない。デモステネスに三者会談の内容を全て話した後、彼の反応を待った。


 「若様、重大な決断をされましたね」

 デモステネスが腕を組みながら左手で顎を触っている。下を見ながら静かに言った。


 「デモステネスはどう思う? この計画に穴は、問題はあるか?」


 デモステネスは長い沈黙を保った後、慎重に口を開いた。


 「計画自体は論理的です。カエシウス殿の軍事的現実主義、アルケウス長老の政治的判断力、そして若様の実行力。そして三者の利害は確かに一致しています」


 「しかし?」


 「しかし、リクトル殿の反応は予測困難です。彼の理想主義的性格を考えると、説得は容易ではないでしょう」


 「それについては、ラビエヌスを活用する予定だ」


 デモステネスの表情が微かに曇った。

 「ラビエヌス殿を利用するということですか?」


 「利用という言葉は適切ではない。真実を知らせず、純粋に友人を救うという動機で協力してもらう」


 「……それは、彼を欺くということではありませんか?」


 答えに窮する。それは確かに友人を欺く行為に他ならない。


 「デモステネス、政治には時として汚れた決断が必要だ。ラビエヌスの純粋さを汚したくない」


 「……承知しました。……私は若様の判断を支持します」


 そう言葉では同意してくれたが、彼の表情には複雑な思いが浮かんでいた。きっと、この決断が将来どのような結果をもたらすか、彼なりに予想しているのだろう。


 窓の外では、アスクルムの街が静かな夜を迎えていた。だが、その平和も、もうすぐ終わりを告げることになる。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(歴史は密室でも作られる‥‥‥ですね)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

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