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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 同盟市戦争 勃発
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第62話『誇りか、命か』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)六月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 その時、六月十一日のトレヌス河畔の戦い(ローマの北部エリア、現在のイタリア中部とされる)において、北部戦線における総指揮官、執政官プブリウス・ルティリウス・ルプスがマルシ族の奇襲を受け戦死したのである。

 ローマ側は大敗し、副将ストラボが退路を確保し壊滅を防いだ。以後、ピケヌム方面はストラボが事実上の単独指揮となった。

 

 この報せがアスクルムに届くと、街は再び熱狂に包まれた。


 「執政官が死んだ!」

 「ローマは動揺している!」

 「今こそ決戦の時だ、ローマに我々を認めさせよ!」

 

 反ローマ派の勢いは頂点に達した。ウィダキリウス派の若者たちが街を練り歩き、勝利の歌を歌った。

 

 そして、リクトルが動いた。


 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 「諸君」

 

 リクトルは、自然と中央広場に集まった市民たちに向かって、ゆっくりと演説を開始した。

 

 「ローマの執政官が死んだ。これは神々が我らに与えた好機である」

 

 「リクトル!」

 「リクトル!」


 熱狂した聴衆の声が、広場中に響き渡る。


 「我らピケヌム人は、ローマの属州ではない。誇り高い戦士の血を引く民族である。今こそ、その血の赤さを示すときが来たのだ!」


 リクトルの声は広場の隅々まで響き渡り、集まった市民たちの心を掴んで離さなかった。彼は演壇から群衆を見渡しながら、力強く拳を振り上げた。


 「私はつい先日、コルフィニウム(同盟都市が作った国家、『イタリカ』の首都)のガイウス・ウィダキリウス将軍から書簡を受け取った。偉大なる同志は、我々アスクルムに熱い言葉を送ってくれている」


 リクトルは懐から一通の手紙を取り出し、それを高く掲げて見せた。蠟印が陽光に輝いている。


 「『アスクルムの同胞よ』——ウィダキリウス将軍はこう記している——『君たちの勇気ある決断を、全イタリカが注視している。我々は既に新たな国家の(いしずえ)を築き始めた。それは征服者のローマではい。イタリア全民族の真の祖国である、『イタリカ』だ!」


 群衆からどよめきが起こった。コルフィニウムの名は、今やイタリア諸都市の希望の象徴となっていたのだ。


 「将軍は続けてこう述べておられる。『アスクルムが我々と共に立つならば、ピケヌム地方全体の盟主として、新生イタリカ共和国の元老院に正式な議席を提供する用意がある』——諸君、聞いたか! 我々アスクルムが、ただの一都市ではなく、地方全体を代表する権威ある存在として認められるのだ!」


 群衆の興奮は頂点に達した。人々は互いの肩を叩き合い、喜びの声を上げている。中には涙を流している老人もいた。


 リクトルは演説を続けた。彼の目には、遠い理想を見つめる炎が宿っていた。


 「だが、諸君よ、私は単なる反ローマ感情に駆られているのではない。我々には明確な目標がある。それは、アスクルムの力を結集し、コルフィニウムのイタリカ元老院に参画することだ」


 彼は拳を握りしめ、力を込めて語った。


 「しかし、それを実現するためには、アスクルムが一つにまとまらねばならない。保守派も穏健派も、商人も農民も、老人も若者も——全ての市民が同じ方向を向かねばならない」


 「我々は今、歴史の分岐点に立っている。ローマの属州として屈辱的な従属を続けるか、それとも自由なイタリアの民として新たな道を歩むか。選択の時は来ている!」


 リクトルは演壇から降り、群衆の中に歩み入った。彼の周りに人々が集まってくる。


 「ウィダキリウス将軍は、我々に軍事的支援も約束してくださっている。アスクルムが決断すれば、即座に三千の精鋭がピケヌム街道を北上し、我々と合流する手筈が整っている」


 群衆から「おお!」という歓声が上がった。


 「そして何より重要なのは——」


 ——リクトルの声に特別な響きが込められた。


 「将軍は我々の決断を急がせてはおられない。『アスクルムの市民が心から納得した時に行動せよ』と、そうおっしゃっておられるのだ」


 これは巧妙な演説技法だった。

 圧力をかけるのではなく自主的な決断を促すことで、より強い結束を生み出そうとしているのだ。


 「諸君、我々の祖先はローマが小さな都市国家に過ぎなかった時代から、この地に根を張り、誇り高く生きてきた。その血が、今こそ新たな歴史を刻むべき時を告げているのではないか」


 演説の終盤、リクトルの声は深い感動に満ちていた。それは計算された感動ではなく、心の底からの確信に基づく情熱だった。


 「私は諸君に約束する。アスクルムが一つにまとまった暁には、我々はコルフィニウムへと向かい、イタリカ元老院の議席を勝ち取る。我々の声が、新生共和国の政策に反映される日が必ず来る!」



 群衆の後方からその光景を眺めながら、リクトルの演説が持つ力を改めて痛感していた。言葉は確かに人心を動かす。

 しかし、その熱狂的な声援が街を破滅へと導く可能性を知る身としては、民衆の興奮とは裏腹に、胸の奥で暗澹たる思いが広がっていくのを感じるしかなかった。

 

 演説が終わると、多くの若者がリクトルの周りに集まった。ラビエヌスもその中にいた。



 △▼△▼△▼△▼△


 もはや躊躇している場合ではないな。さすがに決意が固まった。

 そこで使者を使っての正式な面談の申し込みを止め、リクトルに直接会いに行くことにした。

 

 「法務官セルウィリウス訪問の際には世話になったな、クリスプス殿。さて商人の息子の君が、今度は一体何の用だい?」

 

 リクトルは反ローマ一色になった市内の雰囲気を感じたのか、面談を断らなかった。自信があるのだろうか。しかしその心のうちにある警戒の色を隠すことはしていない。


 明らかに昨年のセルウィリウス事件での対応を問題視しているようだ。あの時は擁護してくれていたが、どうやら今はその意思はないらしい。


 「本日はお時間を頂き感謝申し上げます」

 

 「よせ、挨拶は抜きにしよう」

 

 そう言われると切り出しにくいな……丁寧にいくか。

 

 「……お話したいことがあります。アスクルムの未来について」

 

 「ほう」リクトルは冷ややかに見つめてきた。

 

 「ローマに忠誠を誓った少年が、アスクルムの将来をどのように語るというのか楽しみだ」

 

 昨年の件が大きな障害になっていたようだ。これは慎重に言葉を選んで答えざるを得ないな。やれやれ、やっぱり後を引いたなぁ。失敗した。

 

 「あの時の私の判断について、弁明するつもりはありません。ただ、今のアスクルムの状況を懸念しているのは貴方と同じです」

 

 「懸念? ローマの意向に沿わない『不安』だろう?」


 リクトルの声に込められた皮肉を聞き流し、事前に準備した資料を机上に広げながら説明を始める。商会で使用している上質のパピルス紙に詳細な地図と軍事配置図を描き込んだものだ。

 通常、軍事会議でもこれほど精密な図面を用意することは稀である。まして一介の商人の息子が、これほどまでに体系化された情報を持参するなど、前代未聞の出来事だった。


 「まず、現在の軍事情勢についてお話させてください」


 息を整えながら、地図の一点を指で示す。指先が微かに震えているのを抑えながら、冷静を装って話し始めた。


 リクトルは眉をひそめながらも興味深そうに資料を見つめていた。彼の表情に、困惑と警戒が入り交じっているのが読み取れる。一体この少年は何者なのか、という疑念が浮かんでいるに違いない。


 「この説明方法は……どこで学んだのだ?」

 

 リクトルが口を挟んだ。彼の声には、明らかな当惑が含まれていた。

 

 「アスクルムの学舎では、こうした手法は教えていないはずだが」


 確かにこの時代の教育では口頭での議論が主流で、視覚的な資料を用いた説明は軍事的な専門領域に限られていた。しかもそれすらも簡素な図面程度であり、これほど詳細に情報を整理した資料は、ローマの参謀本部でも珍しいものだったはずだ。


 「東方での商取引において習得した手法です。アレクサンドリアの学者たちは、このような方法で複雑な情報を整理していました」


 苦し紛れの説明だったが、完全な嘘ではない。心の中で必死に記憶を辿りながら、現代知識と古代の学問を巧妙に組み合わせた説明を紡ぎ出す。

 アレクサンドリアの学者たちは確かに図表を用いた説明に長けていた。しかし、それをこれほどまでに軍事情報に応用する発想は、現代的な知識があればこそのものだった。


 リクトルの目が鋭くなった。

 「東方の学者と軍事情報を……商人がそのような知識を必要とするのか?」


 地図を指しながら、ストラボの戦力と戦術について詳しく説明を続けた。しかし、リクトルの反応は予想以上に複雑だった。彼は資料の内容そのものよりも、この説明手法に強い関心と疑念を抱いているようだった。


 説明が一段落すると、リクトルは静かに立ち上がり、窓の外を見つめながら言った。

 

 「君は……一体何者なのだ、ティトゥス?」


 その問いには、単なる好奇心を超えた何かがあった。まるで、目の前にいる少年が自分の理解を超えた存在であることを察知しているかのような、深い困惑が込められていた。


 「商人の息子が、軍事戦術をローマの将校並みに理解し、東方の学者のような説明手法を駆使する。そして何より——」

 

 リクトルは振り返り、まっすぐに見つめてきた。

 「君の瞳には、年齢にそぐわない深い知識と、まるで未来を見透かしているような確信がある」


 鋭い指摘だった。転生者である自分の正体に迫るような洞察力に、背筋が寒くなる思いだった。無意識のうちに椅子の背もたれを強く握りしめながら、できるだけ平静を装おうと努める。



 △▼△▼△▼△▼△


 「確かに詳しいな」


 一通り話し終わると、彼は冷淡な口調で言った。しかし、その冷淡さの裏には、得体の知れないものへの警戒心が潜んでいることが感じ取れた。

 

 「ローマから得た情報か?」

 

 「違います。クリスプス商会の情報網です。商業情報と軍事情報は密接に関連しています」

 

 「で、何が言いたい?」

 

 「武装蜂起は勝算がありません」率直に告げた。

 

 「ストラボ将軍はルプス将軍の敗死を経て単独指揮権を得るでしょう。つまり、これまで以上に自由に動けるようになります。彼にとってピケヌムは庭に等しいもの。アスクルムが抵抗すれば確実に包囲され、そしてローマに真っ向から刃向かった者として、見せしめに滅ぼされるでしょう」

 

 「では、降伏しろと言うのか?セルウィリウスの件と同じように?」リクトルの表情が厳しくなった。

 

 「いえ、第三の道があります」

 

 「第三の道?」

 

 新たな資料を取り出しながら、リクトルの表情を注意深く観察する。彼の反応が今後の交渉の方向性を決めることになるだろう。更なる説明へと移った。

 

 「ローマは今、新しい市民権法の制定を検討しています。武装解除した同盟市には、ローマ市民権が付与される可能性が高い」

 

 「ローマ市民権? それは本当か?」リクトルは眉をひそめ言葉を重ねる。

 

 「戦わずに権利を得ることは、餌付けされるのと同じではないのか?」

 

 「いえ、違います」


 自分でも驚くほど強い調子で反論していた。心の奥底に眠る正義感が、この瞬間に表面へと押し上げられてきたのを感じる。言葉に力を込めながら続けた。

 

 「ローマ市民権を得ればアスクルム市民は法的に保護され、経済的にも恩恵を受けます。これは今のイタリカが求めている権利、そのものなのです。そして何より、血を流すことなく平和を得られます」

 


 リクトルは長い間沈黙していた。

 ……やがて、重い口調で答えた。

 

 「君の言うことは理屈として正しい。だが、理屈だけでは人は生きられない」

 

 「……それは何を意味しているのですか?」

 

 「誇りだ」リクトルの目に炎が宿った。

 「我らピケヌム人の誇りを、ローマに売り渡すことはできない。ましてや同じピケヌム出身者であるローマの将軍には絶対に」


 

 「誇りのために、多くの市民を死なせるのですか?」


 この問いかけは、自分の声とは思えないほど重く響いた。部屋の空気が一瞬にして張り詰める。


 

 「……死を恐れる者に、真の自由はない」


 

 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(理想と現実。どちらも大事、ですけど)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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