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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 同盟市戦争 勃発
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第59話『戦雲、迫る』

ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)三月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス




 年が明けてすぐ、元老院は同盟諸都市を「公然たる反乱者」であると宣言した。


 ローマ共和国とイタリア半島の同盟諸都市との間で、市民権をめぐる大規模な戦争——後に「同盟市戦争」と呼ばれる内戦が勃発したのだ。


 その知らせがアスクルムに届いた時、市場は一瞬で静寂に包まれた。野菜を売っていた老婆が手を止め、魚を運んでいた商人が荷車を置いて立ち尽くす。子供たちの笑い声も消え、代わりに不安そうな囁き声が石畳に響いた。


「戦争だ」

「ローマが本気になった」

「これで終わりかもしれん」


―—ひそひそ話が人から人へと伝わり、やがて市場から人々が静かに消えていく。空になった露店が、変わりゆく時代の重さを物語っていた。


 イタリア半島の各地で同盟諸都市の蜂起が連鎖し、ローマは全面戦争への体制確立を始めた。

 

 執政官両名による非常動員令が発せられ、14個軍団超が招集される。ルキウス・ユリウス・カエサルは南部戦線を、プブリウス・ルティリウス・ルプスは北部戦線を担当することになった。



 ピケヌム地方を含む北部戦線の軍副司令に指名されたのは、地元出身のグナエウス・ポンペイウス・ストラボである。前年から地元で兵を募り、約四万の軍勢と投石機二十基を揃えていたと言われている。


 「北方は刃より飢餓で落とす」


 これがストラボの戦略だったという記憶の断片が脳裏をよぎる。もっとも、そうした未来の細かい知識は曖昧で当てにならないし、既に歴史は変わりつつある。リアルタイムの情報と擦り合わせながら、薄れゆく記憶を慎重に活用するほかはないだろう。

 記憶というものは不思議で、自分から無理に引き出そうとしても出てこないことが多い。むしろ会話の中で、ふとした拍子に蘇ってくるものだ。


 ローマの宣戦布告後しばらく、アスクルムでは仮初めの平穏が続いていた。セルウィリウス殺害(ついでに副官フォンテイウスも)とローマ人虐殺事件の発生を防いだことが、史実とは異なる歴史展開をもたらしたのは間違いない。本来ならばアスクルムは、見せしめ対象となる象徴的な反逆都市として滅ぼされていたはずだ。


 デモステネスへの指示のもと、クリスプス商会の全ネットワークが同盟市諸都市の軍事情報をかき集めていく。武力を持たない以上、情報こそが生命線であり唯一の武器でもある。

 

 ローマで父マルクスが築き上げた人脈を活用し、アスクルム内部に新たな協力者を配置した。主に商売上は敵対していた商人たちである。交易が命綱の彼らにとって、ローマとの敵対は死を意味する。

 表では好戦派に従うふりをしながら、裏では情報を市内外の各所に流し、世論を巧妙に操作する。互いの生存をかけた、静かな協力関係が築かれていった。


 ―誰が穀物を持っているか。

 ――誰が武器を鋳造しているか。

 ―――誰がローマと密かに繋がっているか。


 現在のアスクルムを取り巻く状況の正確な把握こそが、最も重要な課題だった。



 △▼△▼△▼△▼△


 二月に入ると、ストラボが早くも行動を開始した。


 「ゆうべ、川向こうで火が上がっていたぞ」


 朝の市場で、穀物商人のマルクス・テレンティウスが顔を青ざめながら囁いた。彼の両手は小刻みに震えている。


 「火?」デモステネスが眉をひそめた。


 「木橋だ。フィルムムへ向かう川渡しの橋が燃え落ちた。炎は夜半過ぎまで燃え続けていたという」


 テレンティウスの声は掠れていた。周囲の商人たちも集まってきて、不安そうに顔を見合わせている。


 「ローマ軍の仕業か?」誰かが小声で呟いた。


 「川渡しのアンドレアスが言うには、昨日の夕方、見知らぬ男たちが銀貨を握らせて何かを頼んでいたそうだ」


 商人たちの間に緊張が走る。ストラボによる河川流域の交通遮断が始まったのだ。川渡しギルドへ賄賂を払い、木橋を夜間に破壊して流通を一時遮断する。同盟市連合軍の穀物補給を干上がらせ、同時に「橋再建特権」を自軍工兵に独占させて追加歳入を確保する狡猾な手法だった。


 「これで麦の値段がまた上がる」テレンティウスが溜息をついた。

 「フィルムムからの荷が入らなければ、来週には倍になるだろう」


 この光景を見て、穀物価格操作を仕掛けることにした。

 クリスプス商会の情報網を利用し、近隣都市からの穀物流入を一時的に促進させ、アスクルム内の穀物価格を下落させる。急進派が武器購入資金調達に使う穀物転売利益を圧迫する狙いだ。

 

 次に、デモステネスがアスクルム市法を拡大解釈させ、市の穀物備蓄に関する透明化する法案を市議会へ要請した。備蓄状況を公開させ、隠匿された資金の流れを露呈させる狙いである。


 またラビエヌスを通じて、アスクルムの若者たちを巻き込んだスポーツ競技会を主催した。若者間の競争意識を健全な方向へと誘導し、急進派青年団の影響力を低下させることが目的だった。


 競技会は予想以上の成功を収めた。三日間にわたって開催された槍投げや徒競走には、市内の若者の半数近くが参加し、観客席からは久しぶりに歓声が響いた。

 デモステネスは会計を担当しながら、『これほど市民が明るい表情を見せたのは久しぶりです』と満足そうに微笑んでいる。勝者には月桂冠と銀貨が贈られ、街角ではまた平和が戻るかもしれないという楽観的な声さえ聞こえた。

 

 ラビエヌスとの協力も、この時期においては順調に進んでいた。彼の自警団活動(黒章隊)とクリスプス家による経済的な支援が、市内の治安維持に一定の効果を上げていたからだ。


 「ティトゥス、この競技会は良いアイデアだったな。若い連中のあり余った活力を、別の方向に向けることができた」


 城壁南側の訓練場で、ラビエヌスは汗を拭いながらそう言った。その顔には珍しく安堵の色が浮かんでいる。


 「民衆も久しぶりに笑顔を見せている。このまま行けば—」


 しかし、彼の言葉は途中で止まった。精悍な表情を引き締める。最近は一人前の戦士の容貌(かお)になってきた。

 

 「だが、街の様子がおかしくなってきた。夜中に怪しい動きをする連中が増えている」


 希望が一瞬で現実に引き戻される。

  人質交換を行い、イタリカ諸都市との連携を模索する連中の動きが再び活発になってきたのだろう。水面下では既に動きが始まっているらしい。思わず舌打ちしたくなる。



 △▼△▼△▼△▼△


 二月の終わり頃、デモステネスが血相を変えて駆け込んできた。

 手に握りしめた羊皮紙は汗で湿っている。ただし『いつもよりは血相を変えて』であって、決して俺やソフィア以外の他の人間は、彼の慌てっぷりに気付くことはないだろう、うん。


 「若様、緊急の報告があります。ブリンディシウム支店からの急使が到着しました」


 即座に執務室の扉を閉め、蝋燭の明かりの下で封を切る。

 文字が震えているのは、書いた者の動揺を物語っていた。


 『アスクルム支店付 デモステネス殿


 南部戦線に関する重大な情報を報告する。執政官ルキウス・カエサルがサムニウム地方に向けて出陣したが、初戦で大きな損失を被った模様。アエセルニア救援に失敗し、多数の戦死者を出している。


 またカンパニア北部ではスッラ将軍が奮戦しているとの報告がベネヴェントゥム支店から届いたのはご存じだと思う。最新情報では、マルシ族の抵抗は予想以上に激しく、戦線は膠着状態。南部諸都市の反乱は拡大の一途を辿っており、ローマ軍は二正面作戦を強いられている。


 特に憂慮すべきは、同盟市側の指導者たちが想像以上に組織化されていることだ。ガイウス・ヴィダキリウス、クィントゥス・ポッパエディウス・シロらは、単なる反乱の首謀者ではない。彼らは『イタリカ』という新たな国家の建設を本気で目指している。


 コルフィニウムに設置された同盟市議会では、独自の貨幣発行や法制度整備まで検討されているとの情報もある。ローマにとって、これは単なる反乱鎮圧ではなく、生存をかけた戦争となった。』



 書簡を読み終えて、しばらく言葉を失う。状況は予想していたよりもはるかに深刻だった。


 「デモステネス、この情報をどう見る?」


 彼の表情が一瞬硬直した。普段の冷静な学者風の顔が消え、代わりに戦場を知る男の鋭い眼光が宿る。長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


 「南部戦線の苦戦は、必然的に北部戦線への圧力を高めます。ストラボ将軍は早期の戦果を求められることになるでしょう」


 「つまり?」


 「アスクルムへの攻撃が前倒しされる可能性があります」

 デモステネスの声に、これまで聞いたことのない緊迫感が込められている。


 「彼は旦那様(父マルクス)から報告があられた通り、『見せしめ』を必要としていると見てよいでしょう」


 競技会での市民の笑顔が脳裏をよぎり、思わず息を吐く。あの束の間の平和は、やはり幻想だったのか。


 思わず息を吐く。気分を変えるため、立ち上がって窓の外を見ると夕闇が街を包み始めていた。遠くで松明の光がちらついている。夜警の巡回が始まったのだろう。しかし、その光でさえ今は心許なく見えた。


「もう一つ気になる報告があります。昨日の夜、城壁近くで見慣れない男たちが数名目撃されています」


 「ストラボの斥候か?」


 「可能性は高いでしょう。彼らは街の周辺を詳しく調べていたようです」


 戦争の足音が確実に近づいている。残された時間は想像以上に限られているのかもしれない。



 △▼△▼△▼△▼△


 その夜、支店の地下室に集まった信頼できる協力者たちを前に書簡の内容を読み上げた。石造りの壁に囲まれた薄暗い部屋で、蝋燭の光が不安そうな顔を照らしている。


 商人たちの反応は様々だった。ワイン商のマルクス・フラウィウスは顔面を蒼白にして両手を震わせ、織物商のガイウス・セクンドゥスは唇を噛み締めて黙り込んでいる。香辛料商のクィントゥス・ムキウスは額の汗を拭おうともせず、じっと俺の顔を見つめていた。


 「皆さん、状況は我々が思っていたより深刻です。ローマは二正面作戦を強いられており、南部戦線の苦戦により北部戦線では早期決着を望んでいるようです」


 声を張ると、フラウィウスが震え声で尋ねた。


 「それは、つまり……我々は……」


 「執政官ルプスまたは副司令ストラボ将軍によるアスクルム攻撃が早まる可能性が高いということ、です」


 部屋に重い沈黙が流れた。外では風が唸り、古い木材がきしむ音がかすかに聞こえる。ムキウスが顔を覆い、セクンドゥスは拳を握りしめている。


 「しかし、対抗手段はあります。それは『情報』です。ストラボ将軍の動きを事前に察知し、適切な対応を取ることが出来れば、活路は見出せるはず」


 セクンドゥスが身を乗り出した。


 「具体的にはどうすれば?」


 「まず、城外の動向を詳細に監視しましょう。斥候の動き、兵站の準備、攻城兵器の搬入—全てを把握する必要があります」


 俺はそう言いながら、壁に貼ったイタリア半島南部を描いた地図を指した。


 「次に、市内の食料備蓄と避難体制を再点検します。長期戦になった場合の準備も怠ってはいけません。そして何より重要なことは、市民の結束を維持することです。恐怖に駆られた群衆は、時として暴徒と化す。それは絶対に防がねばならない」


 全員の顔を見渡すと、商人たちは神妙な顔で頷いた。フラウィウスの震えも次第に収まり、ムキウスは決意を込めた表情を見せている。自分たちの生活がかかっていることを理解している。


 「各自、自分の得意分野で情報収集を行ってください。些細なことでも構いませんので、どんな情報でも俺のところに上げてください。すべてが重要な情報となり得ますので」



 会議が終わった後、一人地下室に残った。蝋燭の光が次第に小さくなり影が壁を這っている。


 ストラボの包囲戦術についての記憶の断片が頭をよぎる。単純な力攻めではなく、心理戦を得意とする男だった。飢餓による士気の低下、内部分裂の誘発—そうした手法で多くの都市を落としてきた。


 しかし史実にはなかった武器がある。事前の知識と準備、そして何より市民の団結だ。


 蝋燭を吹き消し、暗闇の中で決意を新たにする。アスクルムは必ず守り抜く。そのために、持てる力のすべてを注ぎ込むつもりだった。



 戦いはもう始まっている。そしてこの戦いに勝たねばならない。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(戦争が始まるとすべての日常が壊れてしまいます。

 だからこそ、普段の抑止力が大切なのです。天に祈ろうと、神に縋ろうと、戦争を引き起こすは人間です。だからこそ、普段の目に見える努力が大事なのです)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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