第4話『思惑』
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)十月、ピケヌム地方アスクルム周辺、ストラボ
包囲九日目の午後、使節団が白旗を手に私の陣幕の前に到着した。
——いよいよ来たか。
私はこの瞬間を待っていた。九日間の包囲で、アスクルムの戦意は相当に削がれているはずだ。食料の備蓄状況、水の確保状況、そして何より市民の士気。全てが我々に有利に働いているだろう。
年老いた者が三名、壮年の者が二名。肝が据わった顔をしている。それなりの覚悟を持ってこの場に臨んだようだな。誉めてやろう。半端な顔をしている者がいたら、その場で首をはねて終わりにしておくところだったわ。
——だが、本当にこれで終わるのか?
内心では一抹の不安もある。アスクルムは予想以上に手強かった。城壁の守りは堅く市民の結束も強い。そして、何よりもあのセルウィリウスが何もせずにローマへ帰還したこと。その後も賢く立ち回り、決してローマに攻め入らせる隙を与えなかったこと。
また包囲を始めて十日も経たずに行動していることも気になる。アスクルムには間違いなく策士がいる。其奴がまだ何か仕掛けを用意している可能性は十分にある。
代表者はアルケウスと名乗る立派な白い髭を蓄えた老人だ。用意していた文書を懐から取り出し、内容を読み始める。読んでいると言ったが、内容はほとんど頭に入っているようだ。常に私の表情を伺いながら、言葉をひとつ、またひとつと紡いでいる。その声色に不誠実な響きはない。どうやら本気のようだ。
——標準的な降伏条件の提案だな。
予想通りの内容だった。市民の安全保障、財産の一部保護、そして寛大な処置の要請。どこの都市でも同じような条件を提示してくる。だが問題はこの後だ。これから私が出す条件をアスクルムが受け入れるかどうか、なのだが……。
通常であれば、ここで私の条件を告げ、相手の反応を見て交渉を進める。
しかし、今回は何かが違う。
実は使者としてやって来た童子とは別に、寄りによって本陣内で一人の少年が捕まったとの報告が届いていた。
この少年の存在が、この交渉に別の次元をもたらすような予感がしてならない。
そして、使節団の説明が終わり、私の返答を待つだけとなった。
……。
…………。
………………。
——どう答えるべきか?
実のところ、私にも迷いがあった。通常通りの厳しい条件を提示すべきか、それとも比較的寛大な条件で早期解決を図るべきか。南部戦線の状況を考えれば、この包囲戦を長引かせるのは得策ではない。しかし、あまりに寛大すぎれば、他の都市への示しがつかない。
私が口を開こうとしたそのタイミングでもう一人、別の少年が出頭してきたとの報告も入る。こちらは自ら堂々と名乗りを上げてやってきたらしい。
使節団の面々は今までの落ち着き払った態度を一変させ、驚きを隠せないような表情を見せ始めた。
——これは一体何だ?
使節団の動揺ぶりが興味深い。明らかに彼らにとって予想外の出来事のようだ。ということは、この二人の少年の行動は、使節団——つまりアスクルムの正式な意思決定機関とは別の動きということになる。
独断専行か?
それとも別の勢力の動きか?
どうやらこれは、想定外の動きのようだ。
ふん、面白い見物が始まりそうだな。
直感が働く。おそらく一人目の少年——報告によれば捕まった方は単独で忍び込もうとしていたという——が何らかの計画を実行に移したのだろう。そしてもう一人の少年は、その計画の一部なのか、それとも全く別の動機で行動したのか……。
いずれにせよ、事態は新たな展開を迎えようとしている。
「其奴らをここへ呼び、取り調べを行う。その後、お前たちの要望に対する返答を告げる」
私は立ち上がり、アルケウスという老人に告げると、また床几に腰を下ろし、目を瞑って腕を組んだ。
——さあ、どのような芝居を見せてくれるのか?
△▼△▼△▼△▼△
期待と警戒が入り混じった気持ちで、私は二人の少年の到着を待った。
全てが明らかになるのは、これからだ。
まず一人が連行されて来た。粗末な武装を身にまとった小汚い少年は、後ろ手に縄を縛られた姿で連行されていた。伝令兵が直立しながら私に状況を報告している間、この少年は近衛兵に膝を突かされ、下を向いていた。一瞬、私と目が合うが直ぐに下を向いてしまう。ふん、私を睨みつける度胸まではないと見える。当然だな。
だが、一瞬合ったその目には力があった。
「こいつはティトゥス・ラビエヌス。アスクルム出身です。昨夜から単身で忍び込んでいたようです。武器は所持しておりません」
ティトゥス・ラビエヌス。
漆黒の髪に陽焼けした頬、激情を燃やす鋭い視線をもつ髪と同じ漆黒の瞳を持つ少年。
私は名を聞く前からこの少年の素性を察していた。この街で生まれた、生粋のピケヌム人。
たしか十一歳かそこらであったはず。体格は既に大人顔負けだ。表情の幼さを差し引いたとしても、十分に戦士として通用する体躯は誇ってもよいだろう。武器を持たずに行動できる技倆も身に付けていると見える。配下の情報担当者が以前から掴んでいた要注意人物の一人、”アスクルムのやんちゃな雄雛”はおそらく此奴だな。
——しかし、この歳で単身忍び込みか。
恐ろしい度胸だ。普通の少年なら武装した兵士を見ただけで震え上がるだろう。ましてや敵の陣営に忍び込むなど、考えることすらできないはずだ。しかしこの少年は実際にやってのけた。失敗はしたものの、その行動力は賞賛に値する。大したものだ。
だが、同時に疑問も湧く。
なぜこのタイミングで?
なぜ一人で?
そして、なぜもう一人が姿を現したのと同じ時に?
あろうことか、昼間のうちに私の天幕へ忍び込み、寝所を探ろうとしていたらしい。
——暗殺を企てたのか?
しかし、武器を所持していなかったという。では一体何が目的だったのか?
偵察か?
それとも何かを盗もうとしたのか?
あるいは、単純に若者の血気に任せた無謀な行動だったのか?
私は、幼いながらもこの凄まじい行動動力を見せるこのやんちゃな雄雛に対する兵士たちの反応を、当然ながら危ぶんだ。もし若い兵が不用意に彼を殺していたらアスクルム市民は皆、報復に燃え盛るだろう。そして、この攻囲戦は長期化の一途を辿るに違いない。
——危険な綱渡りだった。
実際に報告を受けた時、私の背筋に冷たいものが走った。一歩間違えればこの包囲戦は血で血を洗う泥沼の戦いに発展していたかもしれない。アスクルムの市民にとって、この少年はおそらく希望の象徴のような存在だろう。その少年が殺されれば、降伏などという選択肢は完全に消え去る。
しかし、幸いにも兵士たちは冷静だった。子供を相手に刃を向けることの愚かさを理解していたのだろう。あるいは、私の日頃の指導が効いていたのかもしれない。
あのルキウス・カエサルの法案が成立したのだから、このアスクルムが我々ローマに降ることはもはや既定路線だ。焦ることはないと思う反面、この攻囲戦が長期化すると南部戦線へ悪い影響を確実に与えるだろう。北部戦線で敗れたマルシ族長のシロは未だに見つかっていない。この戦いは、私の将来の活動に大きく作用することは間違いない。
——時間は私の味方でもあり、敵でもある。
確かにアスクルムは時間が経てば自然と落ちるだろう。しかし、その間に南部で何が起こるか分からない。コサヌスやエグナティウスの動向も気になる。彼らがどのような戦略を取っているのか、最新の情報が欲しいところだ。
そして、何より気になるのは政治的な影響だ。ローマ本国では、この同盟市戦争をどのように評価しているのか。私の軍事的成果は適切に評価されているのか。それとも、戦争の長期化を批判する声が強まっているのか。
シロの行方不明も頭の痛い問題だ。あの狡猾な族長が、どこでどのような反撃の機会を窺っているのか。北部戦線での勝利は確実だが、それで全てが終わりではない。むしろ、真の試練はこれからかもしれない。
そんな思いを巡らせていると別の伝令がもう一人の少年を連れて私の前にやって来た。私は手招きし、近寄らせたうえでこう尋ねる。
「名を申せ」
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(ストラボ将軍はアスクルムに来る前はいろいろがんばっていました。執政官ルプスの敗戦による戦線瓦解を防いだり、マリウスとその弔い合戦をやったり、大嫌いなスッラとも協力したりと大活躍です。史実と異なる動きがあったから、アスクルムが後回しになったのです)
もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。
第一部の登場人物一覧はこちら↓
https://ncode.syosetu.com/n3241kv/2/




