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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 同盟市戦争 勃発
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第57話『燃える小麦袋と絶望』

ルキウス・マルキウス・ピリップスと セクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十二月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス


 


「来年、彼はピケヌム方面軍の司令官に任命される。ピケヌム出身者として早期平定をローマに期待されて。そしてアスクルムは、彼の標的となる」

 

 会議室に重い沈黙が流れた。俺の言葉が石のように重く響き、ソフィアは青ざめた顔で手を強く握りしめている。デモステネスも普段の冷静な表情を失い、眉間に深い皺を刻んでいた。

 

 外では雪が激しくなり窓を叩く音が聞こえてくる。アスクルムで雪が降るのは珍しいらしく、支店のメンバーもバタバタとしているようだ。

 しかしこの会議室は外の騒がしさとは対照的な静寂が支配していた。蝋燭の炎が微かに揺れ、机上の地図に踊る影が不吉な予感を醸し出している。

 

「しかし」

 

 デモステネスが僅かな希望を見出そうと声を絞り出した。その声は普段より低く、慎重に言葉を選んでいるのが分かる。


 「我々にはストラボに関する詳細な情報があります。彼の戦術、政治的手法、資金源、人脈—すべてを把握すれば、対抗策も見えてくるはずです」

 

 「その通り」


 俺は腰を伸ばしつつ立ち上がった。椅子の軋む音が静寂を破り、三人の視線が俺に集中する。

 

 「つまり、今こそクリスプス商会の真価を発揮する時、だね」



 △▼△▼△▼△▼△


 その夜、ローマに滞在中の父マルクスから緊急の書簡が届いた。使者は夜を徹して雪道を駆けてきたらしく、凍えきっていた。

 

 書簡を受け取りながら、使者の疲れ切った顔を見て胸が痛んだ。ソフィアに彼の世話を頼み、俺は暖炉の前で震える手で封を切る。父の几帳面な文字が羊皮紙に踊っている。



 『息子ティトゥスへ

 

 ピケヌムの情勢は予想以上に急速に悪化している。ストラボの動きについて、機密性の高い最新情報を報告する。


 彼は『護民の父』感謝祭の翌日から、表向きの豪族との会談とは別に、極秘の資金調達網を構築している。その中核となっているのが、元老院内部の『戦争投機団』だ。


 この投機団には、驚くべきことに若きマルクス・リキニウス・クラッススが新たに参加している。彼は父である元執政官クラッススの政治的影響力を背景に、相当な資金をストラボに提供している。

 見返りとして副官の地位を得ており、戦後の政治的地位向上を狙っているという。まだ若輩者だが、一族の財力と野心は侮れない。


 更に深刻なのは、ガリア・ナルボネンシス総督ガイウス・リキニウス・ムレナが、マリウスの民衆派政策に強く反発し、ストラボ支援に回っていることだ。ムレナは特にマリウスの軍制改革を「ローマ伝統の破壊」として嫌悪し、ストラボの『古きローマの価値観復活』路線に深く共感している。


 彼は『ゲルマン人侵入対策』名目で調達していた奴隷軍団三千名を、元老院の正式承認を経ずにひそかにストラボに提供した。これは個人的な政治信念に基づく行動だが、マリウス派の政治的排除と元老院中心体制の復活を狙った計算された動きでもある。


 息子よ、これらの情報は我が商会が長年培った人脈と、相当な対価を支払って入手したものだ。絶対に他言してはならない。特にクラッススの関与については、前執政官一族の動向として元老院でも注目されており、この情報を得るだけでも危険を冒した。


 ところで、アスクルムから戻ったクィントゥス・セルウィリウスの件だが、彼は元老院で盛んに『アスクルムには危険な要素がある』と訴えている。特に『生意気な少年が市政を操っている』、『あの変なガキが将来禍根となる』などと君のことを言いふらしているようだ。幸い、元老院の大多数は彼の被害妄想として相手にしていない。

 しかしスッラ一派だけは興味を示したという報告がある。スッラは人材発掘に長けた男だ。彼が君に注目すれば、それは栄誉であると同時に危険でもある。用心を怠らぬよう。


 若きポンペイウスについても憂慮すべき報告がある。彼は単なる訓練指揮官ではない。父ストラボの政治的後継者として、すでに独自の人脈構築を始めている。

 特に騎士階級の若手との結びつきを深め、『新世代の軍事指導者』として名を売っている。この息子の政治的才覚は、父以上に危険かもしれない。


 最も重大なのは、ストラボが『アスクルム以後』の戦略をすでに立案していることだ。ピケヌム制圧後、彼は同盟市戦争の終結を自らの手で演出し、『平定の英雄』として執政官選挙に出馬する計画だという。アスクルムは、その野心実現のための踏み台に過ぎない。


 我が商会としては、ローマ支店の情報収集を更に強化している。次期執政官となるルキウス・ユリウス・カエサルの側近への接触も成功した。例の件もいよいよ前に進めるつもりだ。こちらはまた進捗を報告する。

 プラエトル派遣の詳細、元老院内部の権力闘争—これらすべてを把握せねばならない。


 祖父ガイウスもフィルムムで健在だ。

 彼は『三代目の真価が問われる時が来た』と言っている。我々クリスプス家が積み上げてきた信用と情報網のすべてを、アスクルムの生存のために注ぎ込む覚悟だ。


 息子よ、君の判断を信じている。どのような決断であれ、家族として全力で支援する。


 マルクス・アエリウス・クリスプス


 ローマにて』



 読み終えた瞬間、胸の奥で何かが重く沈んでいく。父の覚悟が羊皮紙から立ち上るように俺の心に迫ってきた。三代に渡って築き上げたクリスプス商会のすべてを、アスクルムの運命に賭ける—その重責が俺の肩にのしかかった。


 しかし、父の報告は俺が予想していた以上に深刻だった。クラッススの関与、シチリア総督の私的な軍事支援、そして若きポンペイウスの政治的野心—これらは歴史書には記されていない、生々しい政治の闇だ。


 特に衝撃的だったのは、ストラボが『アスクルム以後』を見据えていることだった。俺たちは単なる反乱軍の一つではなく、彼の政治的野心を実現するための道具として狙われているのだ。


 祖父が創業し、父が発展させたこの商会を、俺は守らねばならない。しかし同時に、俺はアスクルムの街そのものも守らねばならない。

 

 父の書簡からは、家族の期待と信頼がひしひしと伝わってくる。『君の判断を信じている』—この言葉が、俺の心を重く打った。

 果たして俺は、その信頼に応えられるのだろうか。


 

 書簡には、祖父ガイウスからの手紙が添えられていた。


 『孫ティトゥスへ


 老いた祖父からの最後の助言だ。


 商人の本質は『情報を金に変え、金を力に変える』ことにある。しかし真の商人は、必要な時には金も力も捨てて、信念を貫く。


 お前が守ろうとしているのは、単なる都市ではない。人々の生活と尊厳だ。それを忘れずにいてくれ。


 祖父ガイウス』



 俺は書簡を巻き取り、暖炉の火を見つめた。炎の向こうに戦争の影が踊っているように見えた。



 △▼△▼△▼△▼△


 十二月も半ばを過ぎると、アスクルムの街に重苦しい空気が立ち込めていた。市場の活気は失われ、人々の表情も暗い。夜になると戸を固く閉ざして家に籠る市民が増えた。

 毎朝の市内巡回がいつの間にか俺の義務のように感じられるようになっていた。商会の業務と称してはいるが、本当は市民の表情から戦争の影を読み取ろうとしていたのかもしれない。


 パン屋では、小麦粉の価格高騰で客足が激減していた。

 

 「若旦那様」

 

 小太りの店主が俺を見つけて駆け寄ってきた。商売が上手くいっている証拠のような体型で、柔和な彼の顔付きにはよく似合っている。だが、今日の彼の表情には不安が色濃く浮かんでいる。

 

 「小麦粉がまた値上がりしました。このままでは店を閉めるしかありません」彼は困り顔で俺に愚痴をこぼす。

 

 「また値上げですか……どの程度の値上がりでしょうか?」

 

 「先月の1.5倍です。それでも仕入れができるだけましですが」

 

 戦争の影響で流通が不安定化し、投機的な買い占めも発生している。


 鍛冶屋では、鉄の調達が困難になっていた。

 

 「農具の修理も満足にできませんぜ。鉄が入手できないんでさぁ。商売あがったりだ」

 

 「鉄が不足ねぇ。理由はなんだと想定されてます?」

 

 「ローマ軍が優先的に買い占めているとのことですわ。武器製造のためでしょうな」

 

 親方が嘆いていたが、これも戦争準備の影響だろう。軍事物資の備蓄が民間需要を圧迫している。


 羊毛工房では、職人の一部が故郷に帰ってしまったらしい。羊毛工房の長が説明してくれたが、事態は深刻なようだ。

 

 「家族のもとに帰りたいという者が続出しています。戦争が始まれば、故郷がどうなるかわからないと」

 

 「残った職人で操業は続けられますかね?」

 

 「何とか続けてはいますが、品質の維持と納期を両立するのは困難ですな……」



 街を歩く度に、俺の胸は重くなっていく。商人として俺は市場の動向を分析し、利益を上げる機会を探すべきなのだろう。

 だが目の前にいるのは数字ではなく、生身の人間だ。パン屋の店主の困惑した表情、鍛冶屋の親方の落胆した声、工房長の不安げな様子――彼らの苦境を見る度に、胸に複雑な思いを抱く。


 特に深刻だったのは、井戸水の汚染問題だった。城内の主要な井戸の一つで鼠の死骸が発見され、赤痢の感染が報告されていた。

 俺はあるとき、市の衛生官に尋ねる機会を得た。

 

 「原因は何でしょうか?」

 

 「おそらく、井戸の管理不足です。しかし市民の間では『ローマが毒を入れた』という噂が広がっています」

 

 ケレン家では、幼児三人が相次いで衰弱死していた。家族の一人が涙ながらに説明した。

 

 「栄養失調で……。食料が高くて、十分に食べさせてあげられなかった」


 これを見た鍛冶場の若者たちが、怒りを爆発させていた。

 

 「ローマが外で焚く火を、俺たちは腹の内で焚いて死ぬのか!」

 「クリスプス様、何とかできないのですか?」


 

 根拠のない流言が市民の恐怖心を煽り始めている。彼らの一人が俺に詰め寄ったとき、つい言葉が喉に詰まった。何と答えればいいのだろうか、と。

 若者の眼差しは俺を責めているようにも、救いを求めているようにも見えた。

 だが今、目の前で幼い命が失われていく現実に、俺は無力感に苛まれている。クリスプス商会の三代目として俺にはもっとできることがあるはずだ。



 ある日の夕方、例のパン屋の娘が街角で小麦袋を焼いているのを目撃した。


 「どうして焼いているのか? 父親はどうした?」俺が尋ねると、彼女は泣きながら答えた。

 

 「父は首を吊りました。商売が上手くいってなかったのを家族には黙っていて……。こんな残り少ない小麦粉、ローマに渡すくらいなら、燃やしてしまった方がましです!」


 彼女は叫きながらその場に崩れ落ちた。黒章隊の少年たちが駆けつけて火を消し止める中、俺は彼女を抱きしめることしかできなかった。

 しかし、炎よりも激しく燃えている彼女の絶望を、俺たちは消すことができずにいた。



 △▼△▼△▼△▼△


 夜、一人で書斎に籠もる。先ほどの少女のことを思い出す時、俺の心に激しい怒りと悔しさが込み上げてくる。あの娘の絶望的な眼差し、燃える小麦袋、そして何もできずに立ち尽くす自分――すべてが俺の無力さを象徴しているようだった。


 父の手紙で明かされた、ストラボの野心とクラッススの策謀、ムレナとマリウスの対立、そして若きポンペイウスの政治的才覚。

 ――これらの重大な情報を知りながら、目の前の市民の苦しみを和らげることができない自分に、深い憤りを感じた。


 情報があっても、それを効果的に活用できなければ意味がない。俺は現代日本では普通のサラリーマンとして、またこちらの世界では商人の息子として、利益を求めることを教えられてきた。

 しかし今、その利益が何の意味を持つのかわからなくなっている。

 金があっても、情報があっても、人々の絶望を救うことができないなら俺は一体何のため、この世界に存在するのだろうか。



 祖父の言葉が蘇る。


 『真の商人は、必要な時には金も力も捨てて、信念を貫く』


 俺の信念とは何なのか。そして今、俺は何を貫くべきなのか。


 父からの機密情報は、戦争の真の構造を明らかにしていた。

 これは単なる反乱鎮圧ではない。ローマの権力者たちが私的な野心を実現するための、計算され尽くした政治闘争なのだ。アスクルムの人々は、その巨大な陰謀の犠牲者に過ぎない。


 俺はこの真実を知っている。だが、それを誰に、どう伝えればいいのだろうか。市民に話せば絶望が深まるだけだろう。名家たちに伝えても、彼らがどう動くかは分からない。


 結局、俺は暖炉の前で一人、重い沈黙の中に座り続けるしかなかった。炎の向こうに見える戦争の影は、もはや避けることのできない現実として、確実に近づいてきていた。


 

 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(戦争が始まる前はこのように予兆がある場合とそうでない時の2パターンあると。どちらも生活者には厳しいですが、それも政治の結果です。民主主義が独裁主義より唯一優っている点は、民衆は政治家を自ら選んでいるため責任転嫁できないこと、に尽きると思います)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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