第51話『陰謀の全貌と説得』
ルキウス・マルキウス・ピリップスと セクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十一月初旬、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
その日の午後、思いがけない情報が舞い込んだ。
商会の定期連絡でブリンディシウム支店から届いた報告書の中に、重要な一文があったのだ。
『近頃、ローマからの視察官が各同盟市を巡回している模様。アスクルム、フィルムム、ハトリア等への派遣が確認されている。目的は不明だが、軍事的準備を伴っている』
読み進めるうちに、さらに不穏な情報が続いていく。
『フィルムムでは視察官到着後、市内で親ローマ派と反ローマ派の小競り合いが頻発。ハトリアでは有力者の家屋が何者かに襲撃される事件が発生。いずれも偶然とは思えぬ一致である』
最初は何気なく読み流していたこの一文が、俺の血管を氷水が流れるような感覚を与えた。
‥‥‥セルウィリウスはアスクルムだけでなく、他の同盟市も巡回している?
そして、その全てで同じような工作を行っているのではないか? その事に気付き、ゾッとする。
そこまでやるのか……。頭の中で点と点が線になり、恐ろしい全体像が浮かび上がってくる。
市民同士を分裂させ、内乱状態に追い込み、それを口実に軍事介入する。これは組織的な計画だ。大したもんだ。まさに戦国時代だな、これは。
俺たちは巨大な歯車の一部に過ぎなかったのか。そう思うと、これまでの自分の判断がいかに甘かったかを痛感する。
「デモステネス!」
彼の名を呼んだ声が、震えていないか心配になる。
「至急にアルケウス長老に連絡を取ってくれ。重要な情報があるからお会いしたい、と」
「‥‥‥承知しました、若様。至急、ですね」
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一時間後、アルケウス長老と秘密会談の席についた。場所は長老の私邸の地下室。石造りの壁に囲まれた、盗聴の心配のない場所だ。
こんな部屋があったとは驚きだ。政治の世界の奥深さを改めて思い知らされる。俺はまだまだ浅いところを泳いでいるに過ぎないのだろう。
「なんと……」長老が報告書を読み終えて呟いた。
「セルウィリウス殿は我々だけでなく、他の都市でも同じことを……」
「恐らくそうだと思われます。昨夜の騒動も、彼の計画の一部だったのでしょう。また他にも気になる点があります。先月、ハトリアの有力商人が『ローマの意向に逆らう者は痛い目を見る』と脅迫されたという噂を耳にしました。そして今、フィルムムでも市民同士の対立が激化している。全て視察官の到着と時期が一致しているんです」
追加の報告をすると長老の顔がさらに青ざめた。
「つまり、セルウィリウス殿は各都市で意図的に混乱を煽り、それを口実に……」
「ローマの直接統治を正当化するつもりでしょう。『同盟市は自治能力を失っている』という名目で」
「……我々はどうすれば」
長老の顔に不安の色が浮かんでいる。この老練な政治家でも、ローマの組織的な陰謀には動揺を隠せないようだった。
「二つの選択肢があります」
感情を押し殺し、冷静な口調を心がけた。内心では心臓が早鐘を打っている。こんな重大な判断を、俺ごときが下していいのだろうか。
「一つは、セルウィリウス殿の策略を暴露すること。もう一つは、完璧な潔白を証明することです」
「暴露は危険すぎる」長老が即座に首を振った。
「証拠も不十分だし、ローマ全体を敵に回すことになる」
「では、潔白の証明に集中しましょう」
俺は既に練っていた計画をアルケウスに伝えることにした。だが、果たしてこの計画で本当にうまくいくのだろうか。不安が胸の奥で渦巻いている。
「明日の最終査閲で、アスクルム市民の団結と忠誠を完璧に演出するのです。セルウィリウスが何を仕組もうとも、我々は乱れることなく統一された対応を見せる」
「具体的には?」
「十七名家全員の協力です。親ローマ派も反ローマ派も、この日だけは結束する。そして、市民全体でローマへの忠誠を誓う」
長老の目に薄暗い光が宿った。その状況を想像したのだろう。どこか遠くを見つめる眼差しがこの世の風景を見ていないようで、少し怖い。。
「それができれば……」
「できます。しなければなりません。今夜、緊急に十七名家会議を開催してくださいませんか? 私が直接皆さんを説得します」
「君が? しかし、十七名家会議に商人の息子が正式に出席するなど……」
「前例のないことは承知しています。しかし、非常事態です。そして、リクトル殿やパピリウス殿を説得した実績があります」
驚くアルケウスに対して、虚勢を張らざるを得ないる。口では堂々と言っているが、内心では冷や汗が止まらないんだわ。
十七名家の当主たち相手に、俺が対等に渡り合えるのだろうか。身分違いを理由に門前払いされる可能性が十分高い。それでも、やるしかない。
アルケウスは長い間考え込んでいたが、やがて頷いた。
「分かりました。しかし、反対意見も多いでしょうな」
「……覚悟しています」
その夜、人生で最も重要な政治的演説を行うことになった。アスクルムの命運がかかった、一世一代の大勝負。
深く息を吸い込むと、胸の奥で決意が固まっていく。さぁ、博打の始まりだ。
△▼△▼△▼△▼△
夜が更けた頃、アルケウス長老邸の大広間に十七名家の当主たちが集まった。室内には数本のオリーブ油ランプが置かれ、その不安定な炎が石造りの壁に踊る影を作り出している。
厚い石の壁から滲み出る冷気が、秋の夜気と混じり合って肌寒さを増していた。普段なら厳格な序列に従って着席する彼らも、今夜は緊急事態の混乱で席順が乱れている。
部屋の隅に立っていた商人の息子である俺が、名家の当主たちと同席することの異例さを、誰もが感じていた。
室内の空気が重い。まるで俺の存在自体が場違いだと言わんばかりの視線が、あちこちから刺さってくる。ランプの炎がゆらめくたびに、当主たちの顔に光と影が交互に踊り、その表情を読み取ることがますます困難になる。喉が渇いて、唾を飲み込むのにも勇気がいるな。
「諸君」
アルケウス長老が会議を開始した。彼の声が石の壁に反響し、低く重い響きとなって室内に広がる。
「緊急事態につき、本日お集まりいただいた。詳細は若きクリスプス殿から説明していただく」
ざわめきが起こった。特に反ローマ派の当主たちは、明らかに不快感を示している。
「商人風情が、我々名家に何を説明するというのか」
カエシウス・セウェルス(反ローマ派第2位)が立ち上がった。軍人出身らしい、遠慮のない直言だ。
「俺は百戦錬磨の戦場で修羅場を潜り抜けてきた。小僧の理屈などを聞く耳は持たん」
胸の奥で怒りがふつふつと湧き上がる。だが、ここで感情的になっては全てが台無しだ。俺は深呼吸をして、平静を装った。
「確かに身分の差はあります。しかし、今夜お話しする内容は、十七名家全ての存続に関わる問題です」
「存続……具体的に何のことだ?」
ピナリウス・フラクス(中立派第3位)が身を乗り出した。商業で成功した彼らしく、『利益に関わる話なら聞く。ただし、時間の無駄は許さん』という計算高い態度が見て取れる。
埒があかないな。先に進めよう。
「皆さん、時間もないため本題から入ります」
まずは商会の報告書を取り出し、内容を読み上げた。
「セルウィリウス法務官は他の同盟市でも同様の工作を行っています。フィルムムでは彼の到着後、親ローマ派と反ローマ派の小競り合いが急激に増加。
ハトリアでは有力者の家屋襲撃事件が頻発しています。そして今、我々アスクルムでも昨夜の騒動が起きた。これらは全て偶然ではありません」
さらに追加で新しい情報も開示する。
「先月、ハトリアの商人が『ローマの意向に逆らえば痛い目を見る』と脅迫を受けたとの報告もあります。これは明らかに組織的な工作活動の証拠です」
話が進むにつれ、ランプの炎がいっそう静かになったかのように感じられ、室内の冷気が肌を刺すように冷たくなった。当主たちの息遣いまでもが聞こえるほどの静寂が広がり、緊張の糸が張り詰めている。
俺の言葉が彼らの心に届いているのかどうか、ゆらめく光の中では表情からは読み取れない。だが、少なくとも真剣に聞いてくれているようだ。これが俺にとっての希望の兆しなのかもしれない。
「つまり、我々は罠にかけられようとしている、ということか……土地を守るためには、どんな手段でも検討する必要があるな」
マギウス・ルフス(反ローマ派第4位)が重い口調で沈黙を破った。地主らしい慎重かつ怖ろしいことを平気で発言している。
「罠……その通り。その可能性が高いです。昨夜の騒動も、恐らくその一環でしょう」
当たり障りのない返答をしておこう。取りあえず。
「では、どうすればよいと言うのだ? 具体的な対策を聞かせてもらおう。手順と期限、責任分担も明確にしてほしい」
ユニウス・ブルータス(中立派第7位)が実務的な質問をしてくる。調整役らしい、事務的な口調だった。
さて、ここからが正念場だ。俺の提案を受け入れてもらえるかどうか、全てはこれからの説得にかかっている。
「完璧な団結を演出することです。明日の最終査閲で、アスクルム市民が一枚岩であることを証明するのです」
「団結? 我々反ローマ派と親ローマ派が手を組めというのか? ……ただ戦場では敵同士でも、共通の脅威の前では手を組むことがある。それが戦術というものだ」
カエシウスの冷笑を受け止めながら、俺は彼の瞳を真っ直ぐに見据えた。ここで怯んでは負けだ。
「そうです。少なくとも明日一日だけは」
その後会議室が再び騒然となった。賛成の声、反対の声、困惑の声が入り交じる。石の壁が反響を重ね、室内は混沌とした音響に包まれた。
まずい、このままでは話がまとまらない。俺は心の中で焦りを感じながらも、何とか局面を打開しようと必死に考えた。
「皆さん!」
大声を出して、皆の注意を引く。
「考えてみてください。もしセルウィリウスの策略が成功したら、親ローマ派も反ローマ派も関係なく、アスクルム全体がローマの直接統治下に置かれます」
「それは……」
何人かの当主の顔に動揺が浮かんだ。ランプの光が揺らめく中、その変化がより鮮明に浮かび上がる。手応えを感じる。
「十七名家制度も、市議会も、全て廃止されるかもしれません。そうなれば、我々の政治的特権も、経済的利益も、全て失われます」
「経済的な損失は? 具体的な数字で示してもらいたい。我が家の海運事業への影響は?」
ピナリウスが鋭く質問してくるが、未だ自家の利益のみか……。
室内が再び静寂に包まれた。今度は騒然とした後の沈黙で、その重さが石の壁に跳ね返り、さらに圧迫感を増していく。言葉の重みを、全員が理解し始めている。
「では、具体的にはどうすれば? 手続きの正当性を確保しつつ、法的リスクを最小限に抑える方法を教えてくれ」
セルウィリウス・アヒラ(親ローマ派第9位)が建設的な質問をした。法務家らしく『法的に正しく』と慎重な姿勢を見せた。
「明日の査閲では、全員が統一された見解を述べてください。『アスクルム市民は一致してローマに忠誠を誓う』と」
「しかし、我々の政治的信念は一体どうなる? 魂を売るような真似はできない。……しかし、仲間の命も大切だ」
サルウィウス・リクトル(反ローマ派第6位)が苦悩の表情で言った。純粋な理想主義者らしく葛藤を露わにした。彼は昨夜の襲撃事件の被害者でもある。
この質問は痛い。確かに彼らの政治的プライドを踏みにじるような提案かもしれない。だが、生き残るためには仕方がない。
「信念を捨てろとは言いません」
リクトルに向き合い、目を見て誠実に言葉を伝えた。
「ただ、生き延びてください。信念は生きていてこそ、実現できるものです」
長い沈黙が続いた。
各当主が深く考え込み、ランプの炎だけが静かに揺れている。石の壁からの冷気と緊張感が相まって、室内の空気がひりひりと肌を刺すようだった。そこに意外な声が響いた。
「この議論も興味深いが……」
クラウディウス・プルケル(反ローマ派第12位)が芸術家らしい独特の口調で口を開いた。
「演劇の舞台のようではないか。我々は皆、役者として完璧な演技を求められているのだな。なかなか面白い趣向だ」
そして、最後に意外な人物が口を開いた。
「……この小僧、いやこの少年の言う通りだな」
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(以前にも申しましたが、人が集まって行うことは全て政治になります。其れ其れに思いがあって、人生をかけています。利と義がないと手を繋ぐことができないのも、また人間の本質の一つです)
もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。
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