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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 法務官来訪
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第48話『運命を変える深更』

ルキウス・マルキウス・ピリップスと セクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十一月初旬、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス 


 


 その日の夜半、異様な胸騒ぎで目を覚ました。

 屋敷に張り詰めた空気が、肌を刺すように冷たい。時刻は丑の刻を過ぎたあたりだろうか。月は雲に隠れ、星々だけが闇夜を見つめていた。ソフィアとデモステネスの寝息が規則正しく聞こえる中、一人だけが眠れずにいた。


 ──何かが起こる。


 転生者特有の予感というやつか。

 いやそんなものは今まで一度もなかった。それよりも現実的な不安が胸を締め付ける。セルウィリウスの査閲は明日で三日目。そして今夜、アスクルム市内に不穏な空気が漂っている。

 

 羊毛の外套を羽織りながら、この胸騒ぎが杞憂であってほしいと願いつつ、そっと寝室を出た。廊下の石床は素足には冷たく、歩くたびに小さな音が響く。屋敷の警備兵は夜番についているが、この時間なら誰にも遭遇することなく屋上テラスに出られるだろう。

 階段を上がり、屋上に足を踏み出した瞬間——遠くに赤い光が見えた。


 「火事?」


 いや、違う、あれは松明の光だ、しかも複数。市の南東部、セルウィリウスの野営地とは反対の方角から立ち上っている。松明を持った集団が、何らかの目的で夜中に移動している。


 胸に嫌な予感が走った。あの方角にあるのは——


 「リクトルの屋敷だ」


 心臓が早鐘を打つ中、急いで寝室に戻ってソフィアとデモステネスを叩き起こした。


 「若様? どうされました?」

 

 デモステネスは一瞬で意識を覚醒させ、表情を見て事態の深刻さを悟った。


 「松明を持った集団が市内を移動している。リクトルの屋敷の方角だ」

 

 「まさか……」ソフィアの顔が青ざめた。

 

 「パピリウス派の残党が何かを?」

 

 「可能性がある。急いで確認に行こう」



 最悪の事態が頭をよぎる中、夜具を乱暴に蹴り飛ばし、震える手で外出の準備を整えた。デモステネスは短剣を腰に差し、ソフィアも護身用のナイフを隠し持つ。正直、武器の扱いには自信がないが、いざという時のために木の棒を手にした。


 嫌な予感が的中しないことを祈りながら、屋敷を出て石畳の道を急いだ。夜風が頬を撫で、遠くで梟が鳴いている。アスクルムの夜は普段なら静寂に包まれているはずなのに、今夜は妙にざわついていた。家々の窓から微かに光が漏れ、住民たちも異変に気づいているようだった。


 ほんの数ヶ月前まで、この道を歩くときは違った感情を抱いていた。アスクルムに来たばかりの頃、石畳に響く自分の足音さえ異邦人のそれに聞こえて、居心地の悪さを感じていたものだ。それが今では——いつの間にか、この街の人々を守りたいと思うようになっている。

 

 リクトルとの最初の出会いも、この近くの広場だった。市民集会で彼が熱弁を振るう姿を見て、この男は信頼できると直感した。あの時の彼の言葉を思い出す。『アスクルムの未来は、我々市民の手で決めるべきだ』——その信念は、今も変わらないはずだ。

 

 転生者として冷静に歴史を観察するつもりだった自分が、いつからこんなにも感情移入するようになったのだろう。


 

 リクトルの屋敷に近づくにつれ、声が聞こえてきた。


 怒号。叫び声。そして——金属音。

 剣戟の音だ。


 「戦いが始まっています」デモステネスが緊張した声で言った。


 角を曲がる。

 目に飛び込んできた光景を認識した瞬間、血の気が一気に引いた。

 


 リクトルの屋敷前に十数名の男たちが集まっているではないか。松明の光で照らされた彼らの顔には、狂気じみた興奮が浮かんでいる。そして屋敷の門前では——


 「リクトル!」思わず声を上げた。


 リクトル・サルウィウスが一人、剣を手に屋敷の門を守っている。彼の白い衣は既に血に染まり、左腕には深い傷を負っているようだった。それでも彼は毅然と立ち、襲撃者たちと対峙していた。


 「出て来い、裏切り者め!」


 群衆の中から、見覚えのある声が響いた。パピリウス・ルクルスだ。説得したはずの彼が、なぜここにいる?

 俺の世界が一瞬で崩れ落ちた。まさか、そんなはずはない。彼は俺との約束を受け入れたはずだった。握手を交わし、互いの信念を認め合ったはずだった。


 それが——これが彼の答えなのか?


 胸に鋭い痛みが走る。裏切られたのは俺だ。信じていた俺が馬鹿だったのだ。怒りと失望が混じり合い、喉の奥で苦い味がした。

 

 「俺たちを売ったな、リクトル! ローマの犬に成り下がって!」


 パピリウスの声は酒に酔っているようにも聞こえた。いや、酒だけではない。何か別の、もっと危険な興奮状態にあるようだった。


 「売っただと? 私は一度たりとも信念を曲げたことはない!」

 

 「嘘をつけ! セルウィリウスと密会していたではないか!」


 リクトルが叫び、剣を構え直す。しかしまさかリクトルがセルウィリウスと密会だと? そんなはずはない。


 「そんな事実はない!」

 

 「嘘だというのか? では、この証拠はどう説明する!」


 パピリウスが何かを高く掲げた。

 松明の光。

 羊皮紙の束。

 

 「セルウィリウスに宛てた君の密書だ! 『アスクルム市内の反ローマ分子の情報を提供する』と書いてある!」


 群衆がどよめく。

 心臓が止まりそうになった。

 

 それは偽造文書だ、間違いない。リクトルがそんなことをするはずがない。だが、群衆は信じている。松明の光に照らされた彼らの顔には、裏切りへの怒りと復讐心が燃えていた。


 「偽造だ! 俺がそんなことを——」

 

 「言い訳は聞き飽きた!」


 リクトルが必死に叫ぶが、パピリウスの大声がそれをかき消した。


 剣を抜く音。

 群衆が動いた。


 斧。鍬。短剣。農具から武器まで、あらゆるものが月光に煌めく。

 これは計画的な襲撃だ。パピリウスは説得を受け入れたふりをして、別の計画を進めていたのだ。そして今夜、リクトルを裏切り者として処刑しようとしている。


 「待て!」


 思わず大声を上げていた。


 心臓の鼓動が耳の奥で太鼓のように響き、喉は砂を飲み込んだように渇いていた。夜風が頬を撫でていくが、全身から噴き出した冷や汗が背中を伝い落ちる。松明の煙が鼻を刺し、その向こうから立ち上る血の生臭い匂いが胃を締め付けた。


 石畳に響く自分の足音さえやけに大きく聞こえる。群衆の荒い息遣い、金属を握りしめた手の音、そして——リクトルの衣から滴り落ちる血が石に当たるかすかな音まで。恐怖で研ぎ澄まされた感覚が、この夜の全てを鮮明に刻み込んでいく。



 静寂。



 一瞬の静寂の後、群衆の視線が一斉に向けられる。パピリウスも驚いたような表情で見つめている。

 

 「ティトゥス・クリスプス……なぜここに?」

 

 「その文書は偽造だ。リクトルは、裏切り者ではない」


 俺の声が夜気に響く。手が震え足も震えている。だが、もう引き返せない。群衆の怒声と殺気が肌を刺す。恐怖が背筋を駆け上がった。

 しかし——リクトルの血まみれの姿が目に焼き付いている。あの男を見殺しにはできない。胸の奥で何かが音を立てて砕けた。同時に、鋼のような意志が芽生える。

 

 そうだ。俺はもう、ただ歴史を傍観する転生者ではない。

 

 覚悟を決めて群衆の前に歩み出た。ソフィアとデモステネスが後ろから支えてくれているのを感じる。パピリウスが嘲笑を浮かべた。


 群衆が波打つようにざわめき、殺意を宿した武器の切っ先が俺に向けられる。


 この瞬間、全てが繋がった

 ——これこそが「運命を変える事件」なのだと。

 

 俺は知っている。この時代の記録を、現代で学んだ歴史を。同盟市戦争の前夜、イタリア各地の都市で起こったことを。

 指導者同士が疑心暗鬼に陥り、殺し合い、市民が分裂して最終的に血で血を洗う内戦へと突き進んでいく——その悲劇的な道筋を。

 

 そして今、まさにアスクルムでも同じ悲劇が始まろうとしている。


 だが俺は転生者だ。未来を知る者としてこの流れを断ち切らなければならない。リクトルを守り、パピリウスの憎悪を鎮め、アスクルム市民同士の流血を防がなければならない。


 「証拠はあるのか? 君もリクトルと同じ裏切り者ではないのか?」

 

 「パピリウス。君は俺との約束を忘れたのか?」

 

 「約束?」

 

 「それを実現するためには、君にもリクトルにも生きていてもらわなければならない。考えてみろ」

 

 「リクトルを殺したとして、それで何が得られる?ローマの反感と、市内の更なる分裂だけだ。それが君の望む未来か?」


 「だが……この文書は……」

 

 「偽造だと言っている。そして、偽造したのは恐らくローマ側の工作員だ」


 群衆が静まり返った。松明の炎だけが、夜闇に踊っている。パピリウスの目に迷いが浮かび、剣が微かに下がる。ここが正念場だ。証拠はないが、論理的に考えればそれが最も可能性が高い。賭けに出るしかない。


 「セルウィリウスがアスクルムに来た真の目的は何だ? 我々を分裂させ、互いに争わせることではないのか?」


 群衆の間にざわめきが起こった。何人かが武器を下ろしている。


 「君たちが今夜リクトルを殺せば、明日にはセルウィリウスが『アスクルム市民は法と秩序を守らない野蛮人』として報告するだろう。そして、ローマはそれを口実にアスクルムを完全に支配下に置く」


 「それでは……」パピリウスの声が震えていた。

 

 「俺たちは何もできないというのか?」

 

 「できることがある。明日、セルウィリウスの前で団結を示すのだ。アスクルム市民は分裂していない、法と秩序を重んじる文明的な人々だと証明するのだ」


 長い沈黙。

 松明の炎が風に揺れる。影が揺らめく。

 そして——


 「……くそっ。また君に踊らされたな、ティトゥス・クリスプスよ」


 剣が鞘に収められた。群衆の緊張が一気に緩む。武器が下ろされ、松明が消され、人々は三々五々に散っていく。

 

 リクトルが門にもたれかかり、深いため息をついた。彼の顔には疲労と安堵が混じっていた。彼の家人も徐々にリクトルの周囲に集まってきた。どうやら屋敷全体を囲まれていたらしく、防戦一方であったようだった。


 「助かった。本当に……助かった」

 

 「傷の手当てをしましょう。服は脱げる?」


 リクトルがソフィアに向かって礼を言う。彼女が常に携帯している薬と医療用具を取り出すと、デモステネスは周囲を警戒しながら、耳打ちした。


 「若様、今夜の件は必ずセルウィリウスの耳に入るでしょう。対策が必要です」


 頷きながら、胸の奥に鉛のように重たい苦さが沈んでいくのを感じた。確かに、今夜の騒動を隠し通すことは不可能だろう。だが、それでも最悪の事態——市民同士の殺し合いは避けることができた。

 

 「……明日が正念場だろう」


 東の空が僅かに明るくなり始めていた。夜明けまであと数時間。そして、セルウィリウスとの最終的な対決まで、あと一日。



 張り詰めていた神経が緩み、膝が震えそうになった。やり遂げた。血を流すことなく、リクトルを救い、アスクルムの分裂を防いだ。


 だが、これはまだ始まりに過ぎない。明日からが本当の戦いだ。胸の奥で熱いものがこみ上げる。もう迷いはない。

 

 俺は歴史を変える。この手で、この意志で。アスクルムのために、そして——自分自身のために。


 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(ティトゥスが「ただ歴史を傍観する転生者」から「歴史を変える者」へと決定的に変わる転換点を迎えます)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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