第3話『グナエウス・ポンペイウス・ストラボ』
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)九月、ピケヌム地方アスクルム周辺、ストラボ
乾いたハドリアティクム海(現アドリア海)から吹き付ける風が丘陵を駆け抜ける。アスクルムの高い城壁に赤い旗がその風に翻り陽光が瞬いた。
私は グナエウス・ポンペイウス・ストラボ。ローマの軍司令官であり、前法務官の資格を備えた者である。
昨年にドルーススの阿呆めがローマ市民権の付与法案の成立に失敗したため、燻っていた同盟諸都市が昨年末に一斉蜂起した。とうとうイタリア国内でローマと諸都市間の戦争が始まってしまったのだ。互いに戦い方を知り尽くしている同士での争いでは、ローマ軍の強みが活かせない。結果、士気に劣る我々は年初から負け戦が続いている。
私は執政官プブリウス・ルティリウス・ルプスと共に北部戦線を担当していた。しかし六月に起きたトレヌス河畔の戦いでマルシ族の奇襲を受け、ルプス司令官が戦死。ローマ軍は大敗し、私が退路を確保し何とか壊滅を防いだ。以後、ピケヌム方面は私が事実上の単独司令官となっている。
ルプス司令官の仇は、マリウス将軍と共に討ってやったわ。単独での指揮は私の意思で作戦を決行できるため、非常にやりやすい。その後、二カ月足らずで私はピケヌムの諸都市を攻略してみせた。執政官であるルキウス・カエサルめが北部ヴェナフルム救援に失敗した帳尻も合わせてやった。奴は私に借りを作ったことが気に食わないようであったが、貸しは貸しだ。後で利子を付けてかえしてもらうことにしよう。
その後、スッラがカンパニア北縁でマルシ族追撃中のマリウス将軍と協調し、挟撃勝利を挙げた。私も負けてはいられない。私はこれからピケヌム地方の雄である、都市アスクルムとの戦いに挑もうとしている。
ここまで戦果を上げてきた私を私の軍団兵たちは「ピケヌムの槍」と呼ぶ。どこまでも私に付き従ってくれる可愛いヤツらだ、大事にせねばなるまい。
私の家門は神話の時代から続く貴族ではなく所謂、新参者であり、父祖の代から戦場で利を計算し機を見ては友を選び、結果だけを叩き出してきたのだ。だから、兵士達も私に付き従うのである。
私も同じやり口で、ここまでのし上がってきたのだ。シチリア総督としてやっと旨味を味わっていたところで降って湧いたこの戦争。ローマからの汚職私訴もかわすことができたのだ。コルフィニウム同様に、ここアスクルムでも結果を出す。
ここからだ。
何としても頂上まで駈け登って見せる。
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アスクルム。
ピケヌム地方でもっとも頑強な都市であり、ローマとハドリアティクム海岸を結ぶサラリア街道沿いにあるため、イタリカ(同盟市側)反乱軍の心臓とも言える重要拠点である。町の三方は山に囲まれており、都市は城壁に囲まれている。
そして都市の中には武装市民が想定で1万ほど。外壁は新しい石灰質のコンクリートブロックで補強され、以前にはない投石機の砲列も備えられていた。
たとえ精強な我が兵であっても、馬鹿正直な正面攻撃を行えば無駄に血が流れることだろう。また昨年に無理な戦いを挑んだ挙句、無様な失敗をしたルプスの轍を踏むわけにはいかない。
私の幕営に十七歳になったばかりの息子――グナエウス・ポンペイウスが控えている。昨年から正式に軍に所属している。傍に控えさせ動きを間近に見ているが若くして剣、文もそつがない。将としての十分な器をもつようである。このまま成長すればローマを背負う将軍となれるだろう。
だが……揺らぐ目をしている。
感情の襞が見えぬ。
私は時折、その底知れぬ目の窪みの中に真っ暗闇のような深淵を見出し、言葉を失う。
この瞳を覗き込むと、背筋が凍るような感覚を覚えるのだ。
私の指示に息子は無表情で頷く。命令を飲み込み、まるで水を器に写すように周囲へ配る。その滑らかさは誇らしくもあり、不気味でもあった。器が大きい分、中身があるのか私は未だ測れていない。
一方、軍のそのものに不安はない。副官らの動きも良くなってきており、統制と連携は取れている。
私はこのアスクルム攻略においては野戦ではなく包囲戦を選んだ。敵軍を誘き出し野戦で雌雄を決するなど愚の骨頂であろう。前回のように誘き出すつもりが誘き出されてしまえば、それこそ我々は愚物に他ならない。
この戦は兵站をアンコーナ経由の海路で確保しているため、兵の志気は高く軍内の雰囲気は決して悪くはない。そこで包囲を完成させる前に麓に環状の土塁を築き上げた。敵はそれを城壁から確認していたであろうが、手出しはしてこなかった。まぁ、できるはずもあるまい。出てくれば、野戦で粉砕するだけだからな。
土塁を築き、包囲網を完成させる。
情報を遮断し不安を煽る。
それで蟻一匹、外にも中にも出入りできまい。
私は城内の市民を的とした。ヤツらを飢えさせるのだ。
……十分に勝てる。
時間さえかければ勝利は間違いない。
だが私には、あまり時間をかけてはいられない事情があった。
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今日で包囲が完成してから十一日目となる。
私は昨日のうちに将官へ指示を出し、夜明け前に出撃できるよう準備させていた。
そして、夜は明ける。
兵は整然と城門前に陣を構えていた。
包囲戦であることは末端まで理解させているので、無駄な動きをする者は一人もいない。
内陸の塩気を帯びた風が頬を撫でても、胸の奥の炎は鎮まらない。
ローマは私の勝利を欲している。
グググッググッ…と城門が内側から微かな軋みを上げ、開き始めた。
兵たちは想定外の出来事に「突入か?」と殺気立ったが、私が右手を挙げると静まり返る。
門が完全に開いた後も、誰も一言も発しない。
――無音。まるで神託のように物音ひとつない。
私は思わず勝利の歓声を上げそうになるのを飲み込み、秘かに呟く。
〈あの城門は、私の武名を飾る宝石のひとつになるはずだ〉
私は軍旗を掲げず、兵をゆっくりと歩かせた。
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時は、四日前のことだ。
包囲七日目の午後、ある密書が私の前に運ばれてきた。
カエピオの添状があったのだから、どれほどの有力者がアスクルムにいるというのか。不思議でもある。
”血を流さず城門を開けよう。代償は、小麦商圏の優先権 ”
中身を読むと「アスクルム市議会」の代表なる者が送り主とのこと。
戦いもせず城門を開き、私に降伏するという。
条件を説明したいので、使節団を秘かに派遣させてほしいと書かれていた。
ふざけた話だ。
無血開城だと。そんなことできるものか。
だが、そこには無血開城を選択することの利点が我々ローマ軍だけではなく、アスクルムにもあると書かれている。
しかもその利点は、いくつも列挙されており、さらに証拠となる資料も同封されていた。
その資料<収穫高表>によれば、東岸航路に新たな倉庫群を築くことで、私は“ローマのパン窯”になれるそうだ。
凱旋式どころか、カイピオヌス法の土地分配にも影響を及ぼすことができよう。
数字の裏どりは必要だが、私の頭の中の概算とも、さほど異る点は見当たらない。
私はこれを読み、思わず唸ってしまう。
軍によるごり押しでの開城に比べ、期間もごくわずかで済むことから兵站の消費を抑えることができる。
私は、トランスパダニに市民権を授与するという約束を果たすため、執政官として早々に通さねばならぬ法案があるのだ。そのためには一度ローマに戻る必要がある。
またアプルティウムに残る連中への対応やウェスティニやパエリグニの者どもとも対峙せねばならぬ状況で、時間・兵・糧秣の支出を抑えることができることは間違いなく得策だ。
そして何より無血開城となれば、口うるさいローマ雀どもの私への評価も一変させることができるだろう。
まったく何故あ奴らは自らの祖父のみを誇り、自らの所業を見直すことをせぬのか。
何故、自らを磨くことに力を注がぬのか。
スッラは今年、スタビアエの街を破壊しノーラの近郊にあったサムニウム要塞の占領しよったわ。ポンペイの反乱者どもを打ち破り、ノーラに逃げ込んだ敵二万人以上を討伐するという戦果も挙げた。
スッラだけはローマの口だけ野郎どもとは一味違う。彼奴に対して油断することはできない。出し抜かれるわけにはいかぬのだ。
市民を皆殺しにすることは彼奴でもできる。
しかし無血開城という快挙と呼んでもよい成果を挙げることはできまい。
興味を持った私は、使節団と会うことを決め、副官セイヤヌスに指示を出す。
「童子は殺すな。生きて返せ」
「使節団を迎え入れる準備をせよ。話だけは聞いてやろう」
素早く命令を出ししつつ、内心では使節団の意図やその背後について思索を巡らせていた。
……黒幕は誰だ? 子供の遊戯とは思えんが、、
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(さて、第一部のメインキャラクターの登場です。彼はとっても素敵な男ですよ〜。この物語では大活躍しますので、乞うご期待! だってあのポンペイウス・マグヌスの父親なのですから)
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