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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 法務官来訪
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第46話『霧に包まれし朝、炎に暴かるる夜』

ルキウス・マルキウス・ピリップスと セクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十一月初旬、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス



 

 外は朝霧に包まれており、アペニン山脈から吹き下ろす冷たい風が霧を運び、石造りの建物を白い薄衣で包んでいた。東の空がようやく紫から薄紅へと移ろい始め、市場の鶏が遠くで時を告げる。まだ太陽の恵みは弱々しく、議会場の柱の影は長く伸びたままだ。陽の光はあまり市議会場内へは届いていない。

 

 薄暗い会場は、異様な重苦しい空気や緊張感で満たされていた。通常の木製長椅子に加え、セルウィリウス用の特別な席が設けられている。十七名家の代表者たちもいつもに比べ、より正装で臨んでいた。


 アルケウス長老はやや緊張した面持ちで座っている。額に浮かぶ汗が光り、手がひざの上でわずかに震えているようだ。その隣のデモステネスはそのアルケウスとは対照的に、いつもと変わらない落ち着きを払った様子だった。背筋を伸ばし視線はゆるやかに会場全体をなぞっている。大したものだ。


 ちなみに俺は会場の隅で蝋板を片手に、息を潜めて事態の推移を見守るつもりだ。今日の主役はアルケウスであり、出番はない。デモステネスには昨日に引き続き通訳を行う役目がある。そのために同席が許されたようなものだからな。


 正刻と共に、セルウィリウスが副官フォンテイウスと護衛を伴って入場した。四十代半ばと思われる痩身で、わりと精悍な顔立ちに鋭い目つきが印象的だ。紫縞の入ったトガを身に纏い、法務官の威厳を十分に示している。フォンテイウスは中肉中背の至って普通の男で、特別な印象は受けなかった。ただ、薄ら笑いを浮かべている様子が不快だった。何がそれほどおかしいのだろうか。


 

 「アスクルム市民諸君」


 セルウィリウスの声は会場全体に響いた。訛りの強い口調だが、威圧感は十分だ。


 「私はローマ市民クィントゥス・セルウィリウスである。法務官を務めている者でもある。元老院と民会の委任により、諸君らの状況を査閲するために、隣にいる副官フォンテイウスと共に参った次第である」


 アルケウス長老が起立し、皆を代表して挨拶を返した。


 「セルウィリウス閣下、改めましてアスクルムにようこそおいでくださいました。我々は閣下のご来訪を心より歓迎いたします」


 しかし、セルウィリウスの表情は硬いままだった。手振りで座ることを指示したうえでアルケウスの言葉を遮った。鋭い眼差しのまま、彼は会場をゆっくりと見渡した。 誰もが息を潜めているのが、手に取るように伝わってくる。

 

 「歓迎の言葉は既に受けているので、早速と本題に入ろう。私は諸君に対して単刀直入に聞きたいことがある。近頃、アスクルムが反ローマ的な動きを見せているとの報告がある。諸君はこれをどう説明するのか?」

 

 空気が凍りついた。予想していたとはいえ、いきなり核心を突いてくる。会場が騒めくなか、アルケウス長老が立ち上がり冷静に答えた。


 「閣下、それは誤解です。アスクルムは、一貫してローマとの同盟関係を重視しております」


 「誤解? では、マルシ族の少年を密かに招聘したのも誤解か? 人質交換の話も誤解なのか?」


 セルウィリウスの声がさらに低くなった瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた。やはり彼は詳細な情報を掴んでいる。

 俺の右手が無意識に剣の柄を探していることに気づき、慌てて蝋板を握り直した。今日は武器の携帯を禁じられている。喉が渇く。唾を飲み込もうとしたが、口の中はからからだった。

 アルケウス長老の顔には一瞬の動揺が見られたものの、すぐに冷静さを取り戻した。事前に想定していた問いであり、準備は済んでいたのである。予習済みだからな。


 「マルシ族の少年、ルキウス・マルスクスの件でしょうか。あれは教育交流の一環で、政治的意図はございません」


 「教育交流? 同盟諸都市が各地でローマに対して反旗を翻す最中、市の主導者が、反乱都市の首謀者どもと『教育交流』だと?」


 セルウィリウスが冷笑したことで、十七名家の代表者たちの間に動揺が広がった。反ローマ派の名家代表たちは色めき立ち、親ローマ派は困惑の表情を浮かべている。


 「そして人質交換についてはどうだ? 我々は確実な情報を得ている。アスクルム内部に内通者がいることもな」


 セルウィリウスの追い打ちに会場がざわめいた。内通者という言葉に、誰もが隣の人物を疑いの目で見始める。


 「閣下、人質交換など正式に検討されたことはございません。市議会の議事録をご確認いただければ――」


 「議事録……公式記録に残るような愚かな真似をするわけがなかろう。だが、我々は事実を掴んでいる」


 セルウィリウスの攻勢は予想以上に厳しく、その背後には確実な情報源を押さえていることが窺えた。フォンテイウスは鼻で笑っている。実に不愉快な男である。

 こちらは歯を食いしばりながら状況を立て直すしかあるまい。アルケウスは一度こちらを見ると軽く頷いた。オブザーバーとして俺が同席していることを意識しているのかもしれない。


 「閣下、もし具体的な証拠がおありでしたら、ぜひお示しください。アスクルムは常に法と正義に従って行動しております」


 長老の毅然とした態度に、セルウィリウスも一瞬たじろいだ。証拠もなしに糾弾するわけにもいかないのだろう。



 「……この件については、今後も注視していく」



 セルウィリウスが矛を収めると、会場の緊張が僅かに和らぐ。

 その後の査閲は形式的なものとなった。各名家の代表者が順次報告を行い、セルウィリウスが質疑応答する。しかし表面的な手続きの裏で、各名家の微妙な立場の違いが如実に現れていた。

 

 ピナリウス・フラクスは、商業収支の報告中、何度もセルウィリウスの顔色を窺っていた。経済的実力者である彼らは、ローマとの関係悪化による商機の喪失を明らかに恐れている。報告を終えると早々に着席し、以後は沈黙を保った。

 

 マギウス・ルフスは、土地税収の報告で声が震えていた。ドルースの土地再分配案への言及を避けようとする様子が痛々しい。彼らは反ローマ派に属しながらも、明らかにセルウィリウスの雰囲気に呑まれていた。


 注目されたのは、サルウィウス家のリクトルだった。彼は簡潔に市内の教育事業について報告したが、俺との約束通り余計な理想論は一切語らなかった。セルウィリウスが挑発的な質問を投げかけても、「詳細は文書にて提出いたします」と事務的に応じるのみ。その抑制された態度に周囲は困惑の表情を浮かべていた。

 

 興味深かったのは、法務に長けたコルネリウス家とセルウィリウス家の態度だ。両家の代表は手続きの正当性を強調し、「すべては法に則って」という言葉を繰り返した。リクトルの行動から明確に距離を置く姿勢は、今後の政治的再編を予感させるものがあった。

 

 下位のカルプルニウス家とルタティウス家の代表者たちはほとんど発言せず、ただ頷くばかりだった。財政的困窮が彼らから発言力を奪っている。しかしその沈黙の中に、現状への不満と変革への渇望が透けて見えた。パピリウスが彼らに接近しているという噂も、あながち根拠のないものでは無さそうだった。要調査だな、蝋板にメモしておこう。


 俺は視線を会場全体に巡らせた後、蝋板に目を落とした。書き付けた文字が汗で滲んでいる。再び顔を上げると、今度は一人一人の表情を丹念に追った。特に興味深かったのは、反ローマ派名家の代表者たちの反応だ。セルウィリウスの威圧的な態度に、彼らの反感は明らかに高まっている。しかし、同時に恐怖も感じているようだった。


 

 太陽が天空の頂きに達し、フォルムの日時計が正午を示す頃、査閲会は終了した。秋の陽光は力強さを失いつつあったが、それでも石畳は温もりを帯び、議会場から出た者たちは眩しさに目を細める。影は足元に縮こまり、アスクルムの街は一日で最も明るい時刻を迎えていた。セルウィリウスは釘を刺すよう、最後にこう述べた。



 「アスクルム市民諸君、ローマは常に諸君らを見守っている。賢明な判断を期待する」



 その脅迫とも取れる言葉を残し、法務官は足早に退場していった。



 △▼△▼△▼△▼△


 その夜はアルケウス長老邸での歓迎会が予定されていた。十七名家の主だったメンバーも参加する正式な宴だ。招待を受け、デモステネスと共に参加することになっている。市議会場から商会事務所に戻り昼食を済ませたあと、歓迎会の準備をしているところで一つ問題が発生した。アルケウスが緊急の用事といい使者を寄越したのである。


 「誰か祝宴に出席できる女性を紹介していただけませんか? 実は、他の名家の夫人方が次々と体調不良を理由に欠席されまして。このままでは男性ばかりの殺伐とした宴になってしまいまして」


 手紙の奥で苦笑いを浮かべているアルケウスの姿が想像された。実はこうした正式な宴に若い女性が同席することはなく、出席するのは既婚女性か老婦人そして奴隷の給仕のみが許される。

 通常であればソフィアの参加はあり得ない。しかし以前セルウィリウスの性格について警告してくれたのは長老だぞ……。それくらい困っているのだろうが。


 だが彼女を危険な場へ送り込むことになるこの提案を、受け入れることはできないな。他に適した女性がいるわけでもないので、申し訳ないがここはお断り一択だな。


 「デモステネス、悪いが断りの返事をアルケウス殿の使者に……」


 「大丈夫です、ティトゥス様」そこへソフィアが言葉に被せるように微笑みながら答えた。


 「こういう場の経験も必要でしょう。それに、セルウィリウス殿のような人物を実際に見ておくことも勉強になります」


 「でもな……」


 「いざという時は、ティトゥス様が守ってくれるのでしょう?」


 「それはもちろんだが」


 「なら大丈夫です」


 結果的に、ソフィアを給仕兼護衛として宴へ連れて行くことになった。大丈夫かな……。

 

 

 西の空が黄金から茜色へ、そして深い紫へと染まり始める頃、松明に火を灯す時刻となった。アスクルムの街並みは夕闇に溶け込み始め、家々の窓から漏れる灯りが星のように瞬き始めた。

 祝宴に出席する準備を整えたソフィアと共に、デモステネスと三人でアルケウスの邸宅まで足を運ぶ。周囲はローマ兵が警備しており物々しい雰囲気となっている。受付で挨拶すると顔見知りの使用人がいつもの打ち合わせを行う書斎ではなく、会場である大広間へ案内してくれた。


 宴は豪華な内容だった。アルケウスが総力を挙げて準備したようで、イリリウム産の香辛料で調理された羊肉、上質な葡萄酒、そして南方からの珍しい果物まで用意されている。広間には蜂蜜入りワインの甘い香りが漂い、ガルムで味付けされた豚肉の濃厚な匂いと混じり合っていた。壁際の燭台から揺らめく炎が、参加者たちの顔に踊るような影を落とす。

 クリナエと呼ばれる寝椅子に横たわる客人たちの談笑は、時折爆笑とともに天井高く響き渡った。給仕が運ぶ銀の盆が松明の光を反射し、一瞬まばゆい光を放つ。リュラ奏者の調べが会話の合間を縫うように流れ、宴の高揚感を静かに支えていた。

 

 セルウィリウスは上座に着き、アルケウス長老の隣で宴を楽しんでいた。昼間の威圧的な態度とは打って変わって、社交的な笑顔を見せている。しかし、その目の奥には相変わらず感情が読み取れなかった。副官のフォンテイウスも昼間とは異なり至って真面目な表情で口を引き締め、セルウィリウスの側に静かに立っていた。


 「これは素晴らしい葡萄酒ですな」

 セルウィリウスがアルケウス長老に向かって言った。


 「ピケヌム産でしょうか?」

 「はい、我が地方の誇りです。閣下のお気に召していただき光栄です」


 表面的には和やかな会話が続く。骨付き肉を切り分ける音が時折響き、陶製の杯が触れ合う澄んだ音も会話に彩りを添えた。給仕たちが新たな料理を運ぶたび、ローズマリーとタイムの香りが広間を満たし、客人たちの食欲をそそる。

 松明の煙がゆらゆらと天井に向かって立ち上り、薄い靄となって梁の間を漂っていた。誰かが葡萄酒をこぼしたのか、甘酸っぱい香りが足元から立ち上る。


 だが宴に参加している十七名家の代表者たちの表情は硬い。特に反ローマ派の面々は、明らかに居心地の悪そうな様子だ。

 ソフィアと共に下座の方に席を取り、目立たないように振る舞っていた。しかし、セルウィリウスの視線が時折、ソフィアのいる場所へ向けられていることに気づいた。



 「君は随分と美しい女性を連れているね」



 突然、セルウィリウスが話しかけてきた。宴の途中で席を移し、近くまで来たのだ。彼が近づくにつれ、高価な香油の匂いが漂ってきた。

 ナルドの花から採った香料だろうか。その甘く重い香りは、宴会場の食べ物の匂いを一瞬かき消すほど強烈だった。足音は絨毯に吸い込まれ、まるで忍び寄る獣のように静かだった。


 「若きクリスプス殿、でしたね? 君の評判は既にローマにも届いている」


 「光栄です、閣下。しかし私はまだ若輩者に過ぎません」


 「謙遜はよい」

 

 心臓の鼓動が耳の奥で響いている。左手をさりげなくソフィアの方へ伸ばし、必要なら即座に彼女を庇える位置を確保した。テーブルの下で右足に力を入れ、いつでも立ち上がれる体勢を整える。


 俺が警戒を隠しながら答えると、セルウィリウスはゆっくりと葡萄酒を口に運んだ。その仕草は優雅だが、獲物を品定めする猛禽類を思わせた。

 周囲の会話が一瞬途切れ、緊張が広がる。セルウィリウスの視線が再びソフィアに向けられた。


 

 「それにしても、この美しい女性を紹介してもらえないかな? アスクルムにこれほどの美しい女性がいるとは、ローマでは知られていないのでな」



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(どこの世界線にもはこのテの方はいらっしゃいますね。本人にその認識がないことが一番の問題かと。まぁ、分かっててやってたら、タチが悪いだけですが)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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