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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 法務官来訪
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第42話『星空の下の決意』

ルキウス・マルキウス・ピリップスと セクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十一月初旬、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス 




 リクトルの屋敷を出てから、ラビエヌスの元に向かう。先日の石投げ事件の阻止以来、彼との関係は徐々に改善されていたが、まだ完全な信頼関係には至っていない。

 城壁南側の訓練場で、ラビエヌスは黒章隊の少年たちと共に歓迎式典の最終的な配置確認を行っていた。


 「ラビエヌス…」


 声をかけると、彼はゆっくり振り返った。汗で濡れた前髪を無意識に掻き上げながら、一瞬迷うような視線を俺に向ける。表情には以前のような敵意はないが、眉間に僅かな皺を寄せ、まだ完全な信頼も戻っていないことを示していた。

 手にした木剣をぎゅっと握り直す仕草に、彼の内心の緊張が滲み出ている。



 「…ティトゥス、どうした? 明日の件か?」


 「そうだ。最終確認をしたい」真剣な表情でそう告げる。


 「セルウィリウスという男は、想像以上に厄介な相手のようだ」


 ラビエヌスの表情が一変した。眉を寄せ、口元を真一文字に結んで俺を見つめる。拳を無意識に握りしめ、一歩前に身を乗り出す動作に、事態の深刻さへの理解と警戒心が現れていた。


 「どういう意味だ?」


 アルケウスから得た情報を簡潔に説明した。セルウィリウスの高圧的な態度、イタリア人への蔑視、そして挑発的な行動の可能性について。


 「なるほどな。つまり、向こうから挑発してくる可能性があるということか」


 「その通りだ。だからこそ、どんな挑発があっても冷静さを保つ必要がある」


 ラビエヌスは振り返ると、訓練中の少年たちを一人一人丁寧に見回した。その視線は保護者のように温かく、同時に指導者としての責任を背負った重さを宿している。少年たちも彼の真剣な表情を察し、自然と背筋を伸ばして注目していた。


 「連中にも言い聞かせておく必要があるな」


 「頼む。特に若い者たちは感情的になりやすい」


 「分かった。しかし、ティトゥス」


 「何だ?」


 「もし本当に暴動が起きそうになったら、俺たちはどこまでやればいい?」


 一瞬の沈黙が場を支配する。重要な判断を迫られていた。


 「市民の安全を最優先にしてくれ。ローマ兵との直接的な衝突は避けるべきだが、市民を守るためなら必要な行動は取ってほしい。」慎重に言葉を選びながら答える。


 ラビエヌスの目に、理解の光が宿った。

 「つまり、俺たちは市民の盾になれということか」


 「そうだ。君たちの勇気に頼るのは心苦しいが……」


 「いや。それこそが俺たちの役目だ。この街の人々を守ること。それは俺がリクトル兄貴から教わった、最も大切なことだ」


 その言葉に胸が震える。ラビエヌスの思いは本物だ。彼は確実に成長している。感情的な正義感から、真の責任感へと変化していた。


 「ありがとう、ラビエヌス。君のような仲間がいてくれて、本当に心強い」心からそう言うことができた。


 ラビエヌスは少し照れたような表情を見せた。

 「まあ、お前の考えも時には理にかなっているからな」


 その瞬間、二人の間に新しい理解が生まれたのを感じた。完全な和解ではないが、互いの価値観を認め合う関係が築かれつつあった。


 「ところで…パピリウスの動向だが、昨夜から姿を見せていない」


 「何? どこに行ったか分かるか?」


 「まだ確認中だ。だが、何か企んでいる可能性は高い」


 パピリウスが姿を消したということは、何らかの準備を進めている証拠かもしれない。彼との面談をセルウィリウス訪問前に行うことは難しいだろう。計画を練り直さなければ。

 

 「引き続き監視を頼む。できれば、明日の朝までに居場所を突き止めてほしい」


 「わかった」ラビエヌスが力強く答えた。

 


 △▼△▼△▼△△▼


 ラビエヌスとの対話で得られた新たな信頼関係に支えられながらも、パピリウスの失踪という不安要素を抱えたまま商会へと足を向けた。

 夕日が城壁の石畳を赤く染める中、明日という重要な日を前にした最終準備に取りかからねばならない。そのまま商会に戻り、デモステネスとソフィアに最終的な指示を出した。


 「ソフィア、明日は商会に留まってくれ。セルウィリウスという男は、女性に対して品のない行動を取る可能性がある」率直にそう切り出した。


 ソフィアの表情が一瞬凍りついた。手に持っていた巻紙をぎゅっと握りしめ、その白い指先に力が入る。

 美しい瞳に影が差し、過去の嫌な記憶を思い起こしているような表情を見せる。しかし、すぐに深く息を吸って気持ちを立て直そうとする強さも感じられた。


 「ローマの法務官なのに……彼はそのような人物なのですか?」


 「残念ながら…そうらしい」なぜ俺が申し訳ない気分にならなきゃならない…。


 「彼の安全を考えると、直接の接触は避けるべきだ」


 「承知いたしました。では裏働きに徹しましょう。商会から情報収集と後方支援を行いますね」


 ソフィアが決然と頷くと、彼女の瞳に冷たい光が宿った。普段の穏やかな表情とは打って変わって、口元に鋭い笑みを浮かべる。その表情は、過去に何らかの辛い経験を持つ女性の、静かな怒りと決意を物語っていた。両手をゆっくりと組み合わせる仕草に、彼女なりの覚悟が込められていた。


 この手の男を蛇蝎のように嫌っているからな……。余計なことをしないとよいのだけれど。


 「デモステネスは一緒に来てくれ。アルケウス長老のサポートが必要だ」続けてデモステネスに声をかける。


 「承知しました。ところで、セルウィリウス殿が贈り物を要求してきた場合の準備はいかがしますか?」


 デモステネスが慎重に確認してくる。その点については考えていたが、結論は出していなかった。確かに、適度な贈り物は必要だな。クリスプス家としても準備をしておいた方がよいだろう。


 「そうだな。イリリウム産の香辛料と、上質な葡萄酒を用意してくれ。ただし、露骨な賄賂と受け取られない程度に」


 「分かりました」デモステネスが答えた。


 「それと、もし事態が悪化した場合の脱出経路も確認しておいてくれ。最悪の場合、アルケウス長老と共に市外に避難する必要があるかもしれない」


 デモステネスは眉間に深い皺を刻み、普段の冷静さを保ちながらも、指先で机を軽く叩く癖が出ている。

 ソフィアは息を飲み、両手を胸の前で組み合わせて祈るような仕草を見せた。二人とも言葉は発しないが、その表情と身体の動きから事態の深刻さを改めて理解し、覚悟を決めようとしている様子が手に取るように分かった。


 「ティトゥス様…本当に大丈夫でしょうか?」


 ソフィアが一歩前に出て、心配そうに俺の顔を見上げた。普段の落ち着いた表情に代わって、眉を僅かに寄せ、下唇を軽く噛む仕草を見せる。その仕草は、大切な人を案じる女性の自然な表れであり、同時に自分も何かできることはないかと考えている様子が窺えた。


 「正直に言えば、分からない。だが、できることはすべてやった。後は運と、皆の協力に頼るしかない」



 △▼△▼△▼△▼△


 商会での準備を終え一時の安堵感に包まれていが、その静寂は長くは続かなかった。月が中天を過ぎた頃、街の向こうから駆けつける足音が聞こえてきた。ラビエヌスの緊迫した表情が、新たな危機の到来を物語っていた。

 パピリウスの居場所が判明したのだ。

 

 「どこにいた?」急いで尋ねた。


 「市外の古い神殿跡に、若者たちと共に隠れていやがった」ラビエヌスが答えた。


 「武器を持った一団と一緒にいるようだ」


 血の気が引くのを感じた。やはり、パピリウスは武力行動を企てているようだ。


 「人数は?」


 「約二十名。アスクルムの若者だけでなく、近隣の村からも集まっているみたいだな」


 「武器の種類は?」


 「剣、槍、それに投石器も数台」


 ラビエヌスの声が僅かに震え、額に汗が浮かんでいる。手を何度も拭きながら報告する姿に、普段の堂々とした態度とは異なる動揺が見て取れた。

 それでも視線はしっかりと俺を捉え、責任感の強さを物語っている。足を肩幅に開いて立つ姿勢は、既に軍人と言っても過言ではなく、緊迫した状況でも規律を保とうとする意志の現れだった。


 「本格的な戦闘準備をしているようだな」


 思わず頭を抱えたくなる。これは予想以上に深刻な事態だった。しかし二大隊に二十名やそこらで一体何をするつもりなんだ。理由がわからん。


 「今夜のうちに阻止できるか?」


 「難しいだろうな」


 ラビエヌスが首を横に振る。それを目の端で捉えながら、デモステネスに顔を向けると彼はこちらを真正面から見ていた。


 「若様、彼らは神殿跡を要塞化しており、正面から攻めるのは危険です」


 「では、明日の朝、セルウィリウスの到着前に何とか……」


 「それも難しいでしょう。おそらく、彼らは法務官の行列を襲撃するつもりなのでしょう」


 全くここまで来たって言うのに……。深い絶望感が胸を覆う。これまでの準備がすべて水泡に帰する可能性を前に、抗いようのない無力感に襲われる。過去にも似たような挫折を味わったことがあった。重要な計画を土壇場で覆された苦い記憶が蘇る。

 昔、サラリーマン時代にもこんな風に社内のライバルに大きなプロジェクトを邪魔されたことがあったっけか。


 「しかし…一つだけ方法があります」


 「……何だ?」


 「パピリウス本人と直接交渉することです。彼が諦めれば、若者たちも従うでしょう」


 一瞬躊躇した。パピリウスとの直接対話は危険だが、他に選択肢はないかもしれない。


 「分かった。夜明け前に一人で神殿跡に向かう。もちろん、武器は持たない」


 「危険すぎます!」ソフィアが悲鳴に近い声を上げ、反対した。


 「しかし、他に道はない。ラビエヌスは黒章隊と共に、市内の警備を続けてくれ。パピリウスを説得している間に、何かが起これば対応してほしい」


 「若様のご意志に従います。パピリウス殿への書状を準備します」


 「頼んだ、デモステネス」


 デモステネスと事務的な話をしている横で、ラビエヌスは立ち尽くし複雑な表情を浮かべていた。


 「ティトゥス……」


 「何だ?」


 「気をつけろよ。お前が死んだら、この街の未来はどうなる?」


 その言葉に、心が温まるのを感じる。ラビエヌスが心から心配してくれている。

 

 「ありがとう、ラビエヌス。君がいてくれるなら、この街の未来は大丈夫だ」



 △▼△▼△▼△▼△


 その夜、一人で商会の屋上に上がった。


 パピリウスの武力行動という最悪の事態が明らかになったことで、これまで積み上げてきた準備がすべて無駄になる可能性が出てきた。深い疲労感を覚える。しかし、絶望に身を委ねている時間はない。


 明日の朝には、アスクルムの運命を決する一日が始まる。パピリウスとの決戦に向かう覚悟を固めなければならない。そしてセルウィリウスの来訪をどう乗り切るか。すべてが明日にかかっている。 


 星空を見上げながら、決意を新たにする。

 アスクルムの平和を守るため、そして多くの無辜の民を救うために。できれば楽をしながら果たしたいところだが、そうとばかりは言っていられないだろう。


 どのような困難が待ち受けていようとも、この街と人々を守り抜く。それがやがてカエサルを守ることにも繋がるはずだった。

 星空の下、決意を新たにしながら、運命の朝を待つ。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(無敵の人への対応は、社会保障や就労といった世間全体の課題として捉えないと解決は難しいと思っています。ここでもやはり政治パワー、即ちその社会が持つ力が問われていると思います。被害に遭われた方々へのフォローや補償も含めて)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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