第40話『アルケウスの警告』
ルキウス・マルキウス・ピリップスと セクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十一月初旬、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
「彼は最後の手段として、アスクルムを戦争に巻き込むことで主導権を掌握しようとしています」
蝋燭の炎をじっと見つめた。炎の中に過去のパピリウスの凶相がちらつく。彼の心境が痛いほど伝わってくる。社会の理不尽さ、家族の期待、個人的な屈辱
――これらは誰もが経験し得る感情だ。だが、それを破壊的な行動に転化させることは許されない。
「セルウィリウス法務官を挑発して、何を狙っているのだろう?」
「おそらく」ソフィアが推測した。
「法務官に無礼を働かせ、ローマの怒りを買うことで、アスクルムを反ローマの立場に追い込もうとしているのでしょう。彼としては、虐殺までは想定していないと思いますが……」
「しかし、一度火がつけば制御不能になる」デモステネスが警告した。
「パピリウス殿の思惑を超えて、本当の血の惨劇が起こる可能性があります」
ここまでの話でやるべきことが見えてきた。
「二人とも、よく調べてくれた」感謝を込めて言った。
「パピリウスの背景を理解できたことで、適切な対処法が見えてくる」
「どのような対処法を?」ソフィアが尋ねた。
立ち上がりながら窓の外へと視線を向けると、夜明けまでもう数時間しかないことが感じられる。パピリウスの暴発を防ぎ、アスクルムを守るためには、もはや行動を起こすしか道は残されていない。
「まず、明後日の法務官歓迎の場で、パピリウスが挑発的行動に出ることを前提とした準備を進める。ラビエヌスの自警団を活用して、騒動の拡大を防ぐ体制を整える」
「そして?」デモステネスが促した。
「パピリウス本人とも直接対話する必要がある」決意を込めて言葉を続ける。
「彼の動機を理解した今なら、説得の糸口が見つかるかもしれない」
「危険ではありませんか?」ソフィアが心配そうに言った。
「彼は既に後戻りできない状況にあります」
「だからこそだ」俺は振り返った。
「追い詰められた相手だからこそ、真摯な対話が効果を持つ可能性がある。彼の苦しみを理解し、別の道があることを示せれば……」
三人は夜明けまで具体的な対策を練り続けた。パピリウスの心理状態、予想される行動パターン、それに対する対応策――すべてを詳細に検討した。
「最悪の場合……パピリウスが完全に暴発し、セルウィリウス法務官への攻撃に及んだ場合はどうするか?」俺がそう問うと、デモステネスが厳しい表情で答えた。
「その場合は、アスクルム全体がローマの報復を受けることになります。我々の中立政策も、一瞬で破綻します」
「だからこそ明日は絶対に失敗できません」ソフィアが強調した。
二人の重い言葉を受けて、ゆっくりと頷く。
パピリウスの過去を知った今、彼を単なる敵として切り捨てることはできない。彼もまた、この時代の理不尽さに翻弄された犠牲者の一人なのだ。
しかし、同時に理解している。個人的な同情と政治的責任は別物だということを。アスクルムの未来、そして数万の市民の生命を守るためには、時として厳しい決断も必要になる。
「明後日の朝は歓迎式典だ」再度二人に告げた。
「その前に、パピリウスと個人的に会談する。明日の君たちはその間の警備と情報収集を頼む」
「承知しました」デモステネスとソフィアが同時に答えた。
蝋燭の炎が小さくゆらめき、夜明けの気配が窓の向こうに感じられる。運命の一日が、間もなく始まろうとしていた。
パピリウス・ルクルス――準名家の屈辱、父の遺志、個人的な挫折。これらすべてを背負った男との最後の対話が、アスクルムの運命を決することになる。
その運命の歯車が、ついに最後の局面へと回り始めている。明日という一日が、アスクルムという街の行く末を決定づける重要な分岐点となることは、今や誰の目にも明らかだった。
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夜明けと共に二人と別れた後、わずかな仮眠を取る。東の空が薄紅色に染まり始める頃、すでに身支度を整えてクリスプス家の門を後にしていた。
アスクルムの街並みには、まだ朝霧が漂っている。石畳の道を急ぎ足で歩きながら、アルケウス長老の邸宅へと向かう。セルウィリウス法務官の来訪が明日に迫る中、最終的な準備状況を確認しておくことは不可欠だった。
長老の邸宅は市の中心部にあるため、そこまで時間はかからず到着できる。格式ある門構えが、朝日を受けて威厳を放っていた。
長老は既に起床しており、書斎で各種の書類を整理していた。
「これはこれは若きクリスプス殿、お早いですね」アルケウスが振り返った。
「セルウィリウス殿への対応、最終確認でしょうか」
「はい」深い一礼を返しながら答える。
「特に、人質交換に関する証拠の準備状況を確認したく」
アルケウスは机の上の書類を指した。
「こちらをご覧ください。過去一年間の市議会議事録、十七名家の決議録、そして各家の印章が押された証明書です」
書類に素早く目を通すと、確かに人質交換に関する正式な決議は、一切記録されていないことが確認できた。
「これなら法務官セルウィリウスが何を言ってきても、市として正式な関与はないことを証明できます」
デモステネスと一度確認していた内容ではあるものの、改めてアルケウスという重鎮から正式に提示されることで、ようやく安堵感が胸に広がる。
「ただし」アルケウスが慎重に言った。
「パピリウス殿の独断行動については、完全に隠しきれない可能性があります」
「その場合は、市議会の承認を得ない個人的行動として説明しましょう。市全体の責任ではないと」
アルケウスは頷いた。
「やや説得力には欠けますが、それしかないでしょうな。ところで明日の役割分担ですが」
「はい。基本的にアルケウス殿が前面に立って対応していただき、私は後方で控えております」
「それで構いません。しかし」長老の表情が曇った。
「一つ気になる情報があります」
「何でしょうか?」
「セルウィリウス殿の人柄について、ローマの情報筋から詳細が届きました」長老が新しい書状を取り出した。
「かなり厄介な相手のようです」
差し出された書状に目を落とすと、そこにはセルウィリウスの経歴と性格が詳細に記されている。
「元老院でも評判の悪い男のようですね」その内容に眉間に深い皺を刻みながら呟く。
「傲慢で、同盟市民を露骨に見下している」
「それだけではありません」アルケウス長老が付け加えた。
「女性関係でも問題を起こしており、特に美しい女性を見ると品のない行動に出る傾向があります」
その言葉を聞いた瞬間、ソフィアの麗しい横顔が脳裏に浮かび上がる。
「それはまた……別の警戒が必要になりましたね」
「また、金銭にも非常に汚い男のようです」長老が苦虫をかみつぶしたような顔で言葉を続ける。
「贈り物や接待を露骨に要求し、それを断ると報復的な行動に出ることで有名です」
「……なるほど」俺も口に苦い物を投げ込まれたような面持ちで答える。
「つまり、正攻法だけでは対応できない相手ということですね」
「その通りです。品格ある対応だけでは、かえって軽蔑される可能性があります」
セルウィリウス個人に対する戦略を今得た情報を踏まえて練り直すことにする。やれやれ、厄介だが無視することはできないからな。
「では、適度な贈り物を用意し、表面的な敬意は示しつつ、決して舐められないよう注意する必要がありますね」
「そういうことです。特に……」アルケウス長老が声を潜めた。
「若い女性は極力遠ざけるべきでしょう」
となれば、ソフィアには明日は商会に留まってもらうほかないな。彼女の魅力が却って火種になりかねないぞ。法務官の安全を考えれば、彼女は商会に留まってもらうのが最善だ。
…大丈夫かな?
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(ローマの法務官はどこまで偉いのか。例えは難しいですが、あえて誤解を恐れずに言えば、日本が戦争に負けて占領されていた時代のアメリカ政府の高官が来日するようなものでしょうか。気を使いますよね、そりゃ)
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同盟市戦争直前のアスクルムでは、地方行政官はローマから派遣される官僚ではなく、地元の名士階層から選出される選挙制が採用されていた、との説があります。 ただし、重要な政策決定においてはローマの監督下にありました。また重大な刑事事件はローマに送致するなど、裁判権簸ローマが握っていたのです。
アスクルムは長年にわたってローマ軍に兵力を提供してきましたが、軍事貢献に見合う政治的見返りを得られずにいました。この軍事的不平等が政治的不満の根源となっていたと思われます。
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