第2話『最悪の結末』
ルキウス・ユリウス・カエサルとプブリウス・ルティリウス・ルプスが執政官の年(紀元前90年)九月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス
屋敷に奴隷と使用人がいるような、騎士階級に属する裕福な商人の家に生まれたことはとても幸運だったと思う。
家はとても居心地がよく、俺はゆっくりとこの時代に慣れ親しむことができた。もちろん日本に比べれば生活環境は劣悪この上ないが、奴隷の子でも下層民の子でもない家に生まれつくことが出来たのだから。
最低限の安全と、教育の機会は約束されていたのだから、存在するかもしれない神さま(俺をこの世界に呼び込んでくれたあんちきしょう)に感謝しようと思ったくらいだ。
父 ──マルクス・アエリウス・クリスプスは穀物商人であり有力な騎士階級に属する人間であった。
小麦と倉庫の湿度と数字を愛し、剣よりも計算を信じる男だ。彼の人脈は軍団兵たちの盾より堅く、元老院議員の後援者を何人も抱えていた。
普段はローマに単身赴任中で、月に一度フィルムムに帰ってくる。気苦労の絶えない父は、帰宅直後は眉間の皺が深いことが多い。
しかし家族と接しているうちに寛いでくるのか、笑顔が増えてくる。俺は、父に会うときはいつも緊張してしまう。しかし父は優しく俺を受け容れてくれている。
母 ──アウレリア。学者を多く輩出した家系の出で、確実な教養を身を持つ女性だった。いつも静かにニコニコしていて、ある意味つかみ所がない。
俺には非常にストレートにデレてくるので、こっちが気恥ずかしい。しかし普段は留守をしている父マルクスに代わり、クリスプス家を差配している才媛だ。
今でも鮮明に覚えているが、俺が助けた女性は今の母・アウレリアによく似ていた。
……これは偶然ではない。伏線だ。
いずれ、何か重大な意味を持つはずだと、心のどこかで信じることにしている。だって、そんな展開だったら楽しいだろ?
祖父──ガイウス。クリスプス家を一代でイタリア半島内にいくつも支店を持つ大商会に育て上げた人物である。
俺には気の良い爺さんにしか見えないが、フィルムムでは一目置かれた存在だ。祖父は、アエリウス氏族がフィルムムに最初に移住した一族であることを誇りにしており、何かにつけてはアエリウスの誇りを忘れるなと叫んでいる。と言っても、いつもニコニコしており、俺に対して小言らしいことは何一つも言わない。
この祖父に怒られた記憶は前世と違い全くなかった。好きなことを好きなだけさせてくれる人だった。
あとは六歳年上の姉の大アエリアと、二歳年下の妹の小アエリアがおり、そこに祖父ガイウス合わせて六人家族だった。
家庭教師を付け本格的に勉強を始めるのがとても早かったのは、祖父が父に進言したためだと姉から聞いた。また父もこの頃はまだ俺の異常さをそこまではっきりとは気づいておらず、単純に経済人としての後継者を育てる気だったようだ。
祖父ガイウスは俺のことを時々不思議そうに、興味津々に見つめることがあったが、今のところ普通の市民生活を送れていると思う。たまにヒヤッとすることもあったが。
最初はもちろん言葉もわからず苦労した。
まぁ赤ん坊からのやり直しだからな、ゆっくり覚えたよ。実は魔法とか使えるのかな?と試したこともあったが、もちろんできない。そんな話をしているのものもいなかったので、5歳のころには諦めた。残念だったな。
その頃には徐々に「ラテン語」も耳に馴染んできていた。家庭教師のデモステネスがギリシア語も使うと気づいた時点で、「ここが古代ローマだ」と確信した。
言葉を発し始めるのも異常に早かったから周囲はずいぶんと驚いていたな。何にでも興味を持ち、祖父はもちろんのこと母や使用人、姉の家庭教師に何でも質問していた。
勉強は好んで取り組んだ。知らないことばかりだったしね。やらないと不安でしかたなかったものあるけど、面白かった。算術など一般的な教養については直ぐに習得できた。そりゃそうだ、日本で学んでいたのだから。
一方、知識に偏りがあるのか、一般常識がないのか、たまに頓珍漢なことを言って家庭教師たちを笑わせていた。なお家庭教師は二人おり、共にギリシア人帰化民でデモステネスとソフィアと言った。夫婦だという触れ込みだったが馴れ合う素振りは全く見せない。ツンデレなのか?
デモステネスは背がやけに高い漆黒の髪と鋭い黒目を持つ大男で、普段は口数が少ない。
でも真面目で俺には優しく丁寧や接してくれ、修辞学、論理学そしてギリシア語を教えてくれた。剣術も指導できるようで、基本的な身体の使い方はデモステネスから教わった。
一度水浴びをした際に見た身体つきは、細マッチョの称号を与えるに相応しいほど鍛え抜かれていた。
現代人も舌を巻くほど論理的で、その思考力はピカイチである。どこでどう育てばこのような男が育つのかちっとも想像できなかったが、目の前にスーパーマンは存在する。
父は何処で彼を見つけてきたのだろうか。一度デモステネスにそれとなく知識や技術を身につけた経緯などを聞こうと思ったことがあったが、止めておいた。俺だって過去を詮索されたら気持ちよくないしね。
ソフィアは気っぷの良いべらぼうな別嬪さんだ。だが言葉遣いが妙に強い、というか近い。家庭教師としては一般教養担当だったが、俺がすぐに飲み込んでしまうから教えることがなくなってしまったらしい。そこで俺に様々な薬草や毒物、簡単な治療法などを教えてくれた。こんなことは日本でも習えなかったから、とても面白かった。
また格闘術はデモステネスではなく、ソフィアから習う機会が多かった。デモステネスはおそらくソフィアより強いのだろうが、教えるのはソフィアの方が上手いようだ。
確かに彼女は感覚を人に伝えるのが上手なのかもしれない。だって日本では武術など殆どかじったことのないおれが、それなりの護身術を身につけることができたのだから。
地道な訓練を楽しんでやっているのを見て、ソフィアは俺がたぶん普通の子供ではないと気づいていたのだろう。ソフィアは、俺のことを「奇妙な子供」と呼んでいた。普通それを本人の前で言うかね。
一応、俺は貴女のご主人様よ?
──だが、まぁ、彼女が俺を奇妙だと思うのも当然だろう。
俺には二千年後の世界の知識があったのだ。数字、物理、経済、政治、歴史 ──曖昧ではあるが断片的な未来の知識が俺の頭の中に残っていた。成長するにつれて、俺は過去の知識を武器に生きる術を身につけていった。学問に励み、剣術や格闘術もほどほどに。
しかし、未来の記憶が時にマイナスに働くこともあった。奴隷制度の残酷さ、パトロネス(親分)とクリエンテス(子分)の相互扶助の重圧、アウレウス(金貨)、デナリウス(銀貨)の価値変動、その他諸々…………。
目の前の現実と、過去の知識断片や常識とが、俺の頭の中でぶつかり合う。たまにあまりにその差があるときには、俺の脳は勝手にフリーズしてしまい母やソフィア、姉を驚かせてしまうこともあった。徐々に慣れてはきていたが、頭の裏側で警告を鳴らすことがあり、頭痛に苦しむことも多かった。
あるとき、盗みを働いた奴隷を始末したことを知ったときは、とても大きなショックを受けてしまった。わかってはいたが、流石に死体を見たのは初めてだったからさ。あれには慣れたくないな、ホント。
その前後くらいから、目立つのが苦手になってしまったのか、知らない人の前ではあまり話さないようになってしまった。やはり現代日本とは異なり死がかなり身近にあるのも事実。とにかく生き抜くことだけを考えて毎日を必死に過ごしたさ。
もちろん、すべてを無防備に晒すことはしなかった。この世界では、異端は簡単に排除される。
だから、目立たず、目立たず。
それが、生き残るための第一条件だった。
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8歳になったとき、父の意向で初めて俺は生まれ育った街の外へ出ることになる。それまでに覚えた言葉から俺の生まれた場所は、イタリア国内であり、ローマの東側にあるピケヌム地方(現マルケ)のフィルムム(現フェルモ)という都市だと知った。
父は、年々商売を拡大させていった。
あるとき、その商業網が情報ネットワークとしても活用されていることに俺は気づいた。
彼は、ピケヌム地方の穀物流通を握っており、地方の騎士階級の中でも大きな発言権を持つようになっていた。それを武器に一部の元老院議員にまで融通を図るようにもなっていた。
デモステネスは、ソフィアと交代で俺の家庭教師役を務めていたが、徐々に家庭教師から父と俺とを結ぶ秘書のような役割を一人で担うようになってきた。俺はデモステネスを通じて、父の情報ネットワークに自然と活用できるようになっていた。
しかしデモステネスとソフィアは、体格も身のこなしも何というか雰囲気が忍者っぽいんだよね。体育も完璧に教えられて、かつ秘書も兼任できるってどんだけ優秀なのかしら。マジで日本だったら部下にヘッドハンティングしてたね。美男美女だから立ってるだけで絵にもなるし。
ソフィアは口を開かなければ完璧。デモステネスはもう少し喋った方が、その魅力が世の奥様方に伝わると思うんだけどなぁ。
二人とももったいない。
「お前はここから遠くへ学びに出る。まずはローマだ」
荷車の帆布を捲りあげ、埃舞うサラリア街道の起点を指さし、父は俺にそう告げた。
父と共にローマへ。
この世の中心、元老院と市民たちのうごめく巨大な都市。そこで数ヶ月間、俺は見聞を広めた。血と金と暴力が支配する世界、ローマの力をこの肌で感じた時間だった。人生を変えるほどの大きな出会いもあった。
しばらくローマに滞在した後、俺たちはフィルムムに戻ってきた。
それからすぐに、俺は同じピケヌム地方にある同盟都市、アスクルム(現アスコリ・ピチェーノ)へ留学することが決まった。
「お前はアスクルムで学べ。外の世界を見てこい」
この頃の父の言葉は命令であり、俺の人生に安らぎをもたらす防壁であった。
そして谷あいに白壁をめぐらしたこのアスクルムに辿り着く。ピケヌム人の誇りとサムニウム人の闘志が混在する独特の空気を醸し出すこの街は、俺の中にある過去の記憶に強く響くものがあった。
<ここ、ローマに略奪され、滅亡する都市じゃなかったっけか>
本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。
なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。
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(説明回はここまで。このあと、タイトルにもなっているアスクルムの戦いへの道のりが始まります。しかし0歳からやり直すって良くも悪くも色々あり過ぎて……やっぱり大変ですよねぇ。神さまにお願いしたいような、したくないような気分です。主人公はエラい!)
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第一部の登場人物一覧はこちら↓
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