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『オリーブと梟』第一部 アスクルムの戦い  作者: 岡田 平真 / オカダ ヒラマサ
〜 法務官来訪
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第34話『緊急評議会の決断』

ルキウス・マルキウス・ピリップスとセクストゥス・ユリウス・カエサルが執政官の年(紀元前91年)十月、ピケヌム地方アスクルム市内、ティトゥス



 

 商会に戻ると、アウレリウスが心配そうな顔で俺を出迎えてくれた。某野球漫画の主人公のお姉さんみたいだな。ハンカチを握り締め、口に咥えそうな勢いだった。


 「ティトゥス様、市場で何があったのですか? 大勢の人が集まって……」


 努めて簡潔に答えることにする。こちらが冷静さを失ってはいかん。

 

 「パピリウスの演説だ。予想通り、ドルーススの死を利用して急進的な行動を煽っている」


 「それで、市民の反応は?」


 「半々といったところだ。怒りに駆られて彼の主張に同調する者もいるが、まだ冷静さを保っている者も多い」


 アウレリウスは安堵の表情を浮かべた。


 「それなら、まだ制御可能ということですね」


 「そう楽観はできないな」首を横に振りつつ椅子に座った。


 「時間が経つにつれ、感情的な反応が強くなる可能性がある。特に若者たちの間では、既に過激な意見が広まり始めている」



 その時、デモステネスが入ってきた。手には新たな書状を持っている。


 「若様、追加の情報です」


 書状を受け取り内容をざっと確認する。送り主はテアテの情報収集員からだった。


 「マルシ族とサムニウム族が正式に軍事同盟を結んだようだな」


 書状中身をさっと読み上げた。このあとが肝心なのだが。


 「そして、コルフィニウムを首都とする『イタリカ』建国の準備が始まった」


 部屋の空気が一瞬で重くなった。これは単なる反乱や暴動ではない。組織的な分離独立戦争の始まりだった。


 「ティトゥス様。これは……もう戦争ですね」


 アウレリウスが青ざめた顔で言った。その通りである。世に言う同盟市戦争の始まりだ。宣戦布告は年明けだろうが。


 「そうだ。そして、アスクルムも選択を迫られる。イタリカに参加するか、ローマに恭順するか、あるいは中立を維持するか」


 「中立という選択肢はあるのでしょうか?」


 「実質的には不可能だろう」


 「どちらの陣営も、戦略上重要なアスクルムを放置することはない」


 窓の外を見つめた。美しい山々に囲まれたアスクルムが、間もなく血と炎に包まれる可能性がある。それを防ぐためには、自身で行動を起こさなければならない。


 「デモステネス、アルケウス長老に伝言を頼む。十七名家の緊急会合を明日の朝に開催してもらいたいと。そして」


 「俺も参加させてもらいたい、と伝えてくれ」


 決意を込めてそう伝えると、アウレリウスが驚いた表情を浮かべた。デモステネスの表情は変わらない。流石である。


 「ティトゥス様が直接?」


 「そうだ。もう迷っている時はない。アスクルムの未来のため、力を合わせなければ」



 その後、一人で商会の屋上いつもの場所に腰掛け星空を眺める。夜明け前のアスクルムの街並みを見下ろしながら、これから起こるであろう事態について考えを巡らせた。

 ドルーススの暗殺により、同盟市戦争は避けられなくなった。史実ではこの戦争で多くの都市が破壊され、十数万の人々が命を失うはず。もちろんアスクルムも例外ではない。しかし、まだやれることがあるはずだ。完全に歴史を変えることは難しくても、アスクルムの被害を最小限に抑えることはできるかもしれない。



 俺は死にたくない。

 せっかく手に入れた二度目の人生だ、簡単には手放せない。


 逃げてもよいが、その後の生活は今のレベルを維持することはできないだろう。


 そして何より――カエサル。

 あいつを救わないと。

 あいつを救うために、死地にも活路を見出さなくては。

 そのためなら。

 


 △▼△▼△▼△▼△

 

 夜が白み始める頃まで考え込んだ後、ようやく寝室に戻った。翌朝、デモステネスから緊急会合開催の返答が届く。アルケウス長老は即座に賛同し、各名家への連絡も完了したという。


 十七名家の会合がアルケウス長老の邸宅で開催された。集まったのは各家の当主または代理人で、俺は最年少の参加者だった。リクトルのサルウィウス家は代理人が出席しているようだ。本人は何処へ行っているのか。かなり気になる。

 

 会議室に足を踏み入れた瞬間、重い視線を感じた。ここに集まった人々は、アスクルムの政治的命運を握る実力者たちだ。彼らの前でどのような発言をするかが、今後の展開を大きく左右する。


 「諸君」アルケウス長老が会議の開催を告げる。


 「ご承知の通り、ローマでドルースス護民官が暗殺された。この事態を受け、我々アスクルムの対応について議論したい」


「議論の余地などない!」


 すぐにパピリウスが立ち上がり発言する。彼の声は怒りに震えていた。

 

 「ドルーススの死により、ローマとの平和的解決は不可能になった。我々に残された道は、武力による独立のみだ!」


 準名家の彼には、本来であれば意見を述べる資格はない。しかし今回は緊急事態でもあるため発言が許されている。その意見に一部の名家から賛同の声が上がった。しかし、多くの参加者は慎重な表情を保っている。


 「パピリウス殿の気持ちは理解できます。しかし、武力闘争の代償についても考える必要があります。ローマとの戦争に勝算はあるのでしょうか?」


 マギウス家の当主が口を開いて発言するも、パピリウスが鼻で笑ってすぐさま返答した。


 「勝算? すでにマルシ族とサムニウム族が同盟を結んでいる。我々も参加すれば、十分にローマと対等に戦える」


 「しかし、戦争になれば、この街の経済は破綻します。市民の生活はどうなるのでしょうか?」


 ピナリウス家の代理人が慎重に言った言葉に反応する者はいなかった。


 議論は平行線を辿った。急進派は感情論に訴え、穏健派は現実的な懸念を示す。この状況の中、じっと発言の機会を待った。


 「若きクリスプス。あなたのご意見をお聞かせください」

 

 アルケウス長老がこちらを見ながらそう発言し、さらに身体ごと向き直った。

 会議室内の全ての視線が集中する。この瞬間こそがこれまで準備してきたことの集大成だった。


 「皆さん」

 

 立ち上がり、静かに口を開いた。

「まず、客観的な事実を確認したいと思います」


 懐から書状を取り出して説明を開始する。

「これは各地の情報収集により判明した、現在の軍事情勢です」


 書状の内容を読み上げた。同盟市側の軍事準備、ローマ側の対応、各都市の動向。データに基づいた冷静な分析だった。


 「これらの情報から明らかなのは、確かに同盟市側は組織的な軍事行動を開始している。しかし、ローマ側も対応を準備しており、短期間での決着は困難だということです」


 パピリウスが割り込もうとしたが、手を上げて制した。


 「パピリウス殿のお気持ちは十分に理解しています。ドルースス殿の死は我々全員にとって大きな衝撃です。しかし、感情に流されて判断を誤れば、アスクルムの未来を危険にさらすことになります」


 さらに続けた。

 「現在、我々には三つの選択肢があります。第一に、同盟市連合への参加。第二に、ローマへの恭順。第三に、可能な限りの中立維持です」

 

 「中立など不可能だ!」パピリウスが叫んだ。


 「確かに完全な中立は困難でしょう。しかし、時間を稼ぐことは可能です。そして、その間に最適な選択肢を見つけることができるかもしれません」

 

 一呼吸置いてから、最も重要な点を述べた。

 「皆さん、我々が忘れてはならないのは、どの選択肢を選ぼうとも、市民の生命と財産を守ることが最優先だということです。戦争の大義も重要ですが、それ以上に大切なのは、アスクルムの人々が平和に暮らせる未来を確保することです」


 会議室内に沈黙が訪れた。この発言は、感情論ではなく現実的な利害計算に基づいており、多くの参加者が真剣に検討している様子だった。


「何か具体的な提案、お考えはありますか?」カエシウス家の当主が尋ねた。


「はい」と、準備していた計画を説明し始める。


「まず第一に、時間稼ぎと情報収集です。我々は『慎重な検討中』という立場を維持し、二、三ヶ月の猶予を確保します。その間、クリスプス商会の商業ネットワークを活用し、ローマ、コルフィニウム、周辺同盟市の全てから情報を収集し続けます」


 マギウス家の当主が身を乗り出し、眉をひそめた。

 「しかし、いつまでそのような曖昧な立場を維持できるでしょうか?」彼の声には不安が滲んでいる。


 「おそらく限界はありますが、その間に状況が変化する可能性があります」率直に答えた。


 ピナリウス家の代理人が険しい表情で割り込んだ。「それは危険ではありませんか?どちらからも疑われる可能性があります」彼の懸念は商人らしく現実的だった。


「確かにリスクはあります。しかし、情報なくして適切な判断は不可能です」


「第二に、市内団結と防衛準備です。十七名家による『アスクルム緊急評議会』を設立し、城壁補修や食料備蓄を『老朽化対策』『不作対策』として実施します。ラビエヌスの黒章隊も正式に市の組織として承認し、若者層の不満を建設的な活動に向けます」


 アルケウス長老の表情が明るくなった。

 「それは現実的ですね」


 一方で、パピリウスは苦々しく唇を噛んでいる。


 「資金面はどうしますか?」

 カエシウス家の当主が実務的な質問をした。その声には、軍人らしい現実的な懸念が込められている。


 「クリスプス商会が一部を負担し、各名家の拠出金と市の公金で財源を確保します」


 「第三に、柔軟な対応体制です。情報収集、内政調整、外交連絡の三部門を設置し、状況変化に応じて最適な選択を行います。ローマが宥和的になれば恭順路線を、同盟市が優勢になれば参加路線を——それぞれ最適なタイミングで選択するのです」


 会議室に重い沈黙が落ちた。多くの参加者が真剣に検討している様子だったが、パピリウスだけは憤然とした表情を隠そうともしない。


 「それは日和見主義ではないのか? 各方面との交渉を子供に任せてよいのか?」


 彼に真っ直ぐ視線を当て、真摯に答える。ここで目を背けてはならない。

 

 「パピリウス殿、これは日和見ではありません。市民の生命を最優先とした現実主義です。感情に流されて早急な決断を下し、取り返しのつかない結果を招くよりも、慎重に最良の道を探る方が責任ある選択だと考えます」


 「……それはわかった。でも交渉をお前が担当する理由は何なのだ?」


 「()()()な接触ですので、私が適任なのですよ。アスクルムにとって不利益になると緊急評議会が判断するのであれば、どうぞ私を切り捨ててください」


 会議室が水を打ったように静まり返った。

 一同が息を呑む気配が伝わってくる。アルケウス長老は驚愕の表情を浮かべ、マギウス家の当主は感嘆したように頷いている。

 

 「子供が勝手にやったことだ、と言えば済む話です」

 

 ニヤリと笑ってパピリウスに目を向けると、彼はまるで目の前の異物を見たくないかのように顔を背けた。


 「皆さん、我々の目標は明確です。アスクルムの独立と繁栄、そして市民の安全を守ること。歴史は結果によって判断されます。五十年後、百年後のアスクルムの人々が『先祖たちは賢明な判断を下した』と評価してくれるような選択をしようではありませんか」


 

 これが、ドルースス暗殺という歴史的転換点において、アスクルムのために提示した方針だった。完璧な解決策ではないかもしれないが、少なくとも破滅的な選択は避けることができる。


 会議はその後も数時間続いたが、最終的に提案した対応方針を基本とすることで合意が得られた。パピリウスは不満を示したものの、多数派の意見に従わざるを得なかった。


 これで、当面の危機は回避できたはず。しかし、本当の試練はこれから始まる。このあとローマから今年の法務官であるセルウィリウスの来訪が予告され、その対応策を巡りまたアスクルムに激震が走ることになる。



 本作品は生成AIを活用しつつ、作者自身の構成・加筆・編集を加えて仕上げた創作小説です。AIとの共創による物語をどうぞご覧ください。

 なお作者は著作権法上の問題はないと判断のうえ、投稿を行っております。安心してお楽しみいただければ幸いです。


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(緊急事態は、如何に素早く意思決定を行い、隅々までその意思を伝え、実行に移せるか、が鍵となります。その最たる組織が軍隊です。緊急事態条項はあらゆる組織で必要なルールですね)



もし物語の余韻が心に残りましたら、評価やブックマークという形で、想いを返していただければ幸いです。


第一部の登場人物一覧はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/1/


第一部の関連地図はこちら↓

https://ncode.syosetu.com/n4684kz/2/

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